テラーノベル
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雑貨屋の入り口に吊るされた風鈴が、カラカラと軽い音を立てた。
店内はこぢんまりとしていて、可愛いカラフルなアクセサリーや文房具、ちょっとしたインテリア雑貨がところ狭しと並んでる。
こういう場所は正直、俺ひとりじゃ入れない。でも今は――
『出水先輩、これ!見て!猫の形のマグカップ〜』
「おー、なんか、ナマエっぽいね。ちょっと気まぐれそうな顔してる」
『え?ディスってる?』
「褒めてんだけどな〜」
笑い合いながら、俺たちは店内を見て回った。
ナマエのテンションは高めで、さっきの訓練帰りよりもずっと自然に見える。
でも、そう思った矢先だった。
「……あっ、これ……姉ちゃんに頼まれてたやつじゃん。めんどくせ〜」
そうぼやきながら、俺は棚の隅にあったアロマオイルのボトルを手に取った。
そのとき。
ふいに、隣のナマエの気配がすっと静かになった。
さっきまで騒がしかった彼女の声も動きも止まって、まるで空気が変わったようだった。
「……ん?」
なんてことない会話のはずなのに、急に沈んだような沈黙。
「……ナマエ?」
「ん?なに?」
笑って返す声は、いつもと同じトーン。
でも俺の目はごまかせなかった。
さっきまであんなにきらきらしてた目が、今はうすく曇ってる。
あれは、意識的に“笑ってる時”の顔だ。
(……やっぱ、なんかあるよな)
確信に近いものを胸に抱えながら、俺はなるべく何気ない風を装って言った。
「……ナマエってさ、兄弟とかいるの?」
「んー?お兄ちゃんがいる!と言ってもマイペース満喫してるから!」
「そっか。じゃあ……家族とは、仲いいほう?」
一瞬だけ、ナマエのまつ毛がわずかに揺れた気がした。
けれど。
「んー……よくわかんない!」
ナマエは笑いながらそう言って、猫のマグカップを持ち上げた。
『ねぇ先輩、これおそろいで買お?“おうちを充実させ隊”ってことで!』
「ああ……うん、いいよ」
“よくわかんない”。
その言葉の裏にあるものを、見せてくれない。
それでも俺は、彼女が無理に笑ってることに、もう気づいてしまった。
(……踏み込むのは、今じゃない)
(でも。いつか――)
俺は、笑顔のまま小さな猫のマグカップをレジに差し出した。
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