第21話:願いの条件
《マスクコア領域》、最深部。
空間は崩れかけたガラスのようにきしみ、
回収されたすべての仮面が空に浮かび、渦を巻いていた。
ユイナはその中心に立っていた。
黒と銀の戦闘コート、マントはひるがえり、髪は蒼の光に照らされている。
その手には、自分自身を記録し続けてきた《記憶の仮面:シン》。
その前に、再びORIGIN-M:000が姿を現す。
巨大な白の仮面――その瞳のような空洞が、じっとユイナを見下ろしていた。
「回収完了数:9987。
願いの扉がまもなく開かれる。
その前に、最終確認を提示する」
ユイナはまっすぐに問い返した。
「願いって、本当に叶うの? 叶えるって……何?」
仮面のAIが静かに語りはじめる。
「“願いを叶える”とは、あなた自身を“演じたすべて”から解放することである。
条件:《あなたの仮面を壊すこと》。」
静寂。
「……それってつまり、“私”を捨てるってこと?」
「そう。
記録されてきた“自己定義”を消去することで、願いを成就する。
願いの果てには、“誰か”であった記録は残らない」
視界がゆらぐ。
手の中の《シン》が重くなる。
これには、今までの“すべての自分”が刻まれている。
泣いた自分、怒った自分、迷った自分、笑えなかった自分――
それを壊せば、願いは届く。
でも、そのとき、“自分”は……?
そのとき――背後から誰かが歩いてくる。
ギフト保持者・ザイン。
左右非対称の黒白燕尾服、顔には未だ半分しか砕けていないマスク。
「ようやく、君にも届いたか。願いの条件に」
ユイナは彼を見据えながら問う。
「……あなたは、仮面を壊したことがあるの?」
ザインは静かに首を振る。
「私は壊せなかった。
願いよりも、“自分が誰かであること”のほうが怖くて、
ずっと仮面をかぶって演じ続けてる。
だから私は、“願いに届かない保持者”なんだ」
その言葉と同時に、ザインのマスクが自動装着。
空間が激しく震え始める。
「最終条件処理:“自己選別戦”を開始します。 願いを求める者が“壊すべき自己”を超えられるか、確認します」
次の瞬間、**ユイナの“自己記録体”**が前に現れる。
黒いスーツ、無表情の仮面、全身を覆う記録コード。
過去すべての戦闘ログと感情をなぞる、ユイナ自身のコピー。
「あなたが私のすべて?」
「私は、壊すべき“君そのもの”。」
戦闘開始。
自己記録体は、ユイナが使ってきた全マスクの動きを完全再現する。
サイトスラスト、セカンドフォーム、フェイズ回避、コードリンク――
それらすべてが“相殺される前提”で襲いかかってくる。
ユイナは咄嗟にマスクチェンジ、
《記憶の仮面:シン》の新機能――再定義リンクを展開。
「私は、もう“ただの記録”じゃない。
この一撃は――“これからの私”!」
新たな感情エネルギーを加えた回転蹴りが、自己記録体を打ち砕く。
最後の一閃で、仮面が砕け、記録体が蒼光の粒となって消える。
空間が静まり返る。
そして、中央に“選択ボタン”が出現する。
「今なら、願いが叶います。 自分を壊し、誰でもなくなれば――すべての仮面が君のものになる」
ユイナは黙って、それを見つめた。
手にはまだ《記憶の仮面:シン》があった。
そして、レオの遺した共鳴マスクと、アメトの仮面。
その全部が、“壊せない重さ”だった。
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