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線上のウルフィエナ

17 - 第十七章 無力であろうと

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16

2023年12月02日

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夜の足音が迫る中、森に囲まれた平原で二人は相まみえる。

 傭兵のウイルと、魔物のオーディエン。

 殺すために。

 褒め称えるために。

 その意思が交わることは決してないが、こうして向かい合った以上、両者は己の意思を貫く。


「殺す!」

「ファファファファ! スごい、すごイ。マた腕を上げたネ。ヴァサーゴが手を焼くわけダ。ウうん、ソんなナマクラでなければ、きっと君が殺せたよネ。素晴らしい、素晴らしいヨ!」


 冷静さをかなぐり捨てて、傭兵は猛獣のように襲いかかる。体の周囲には歪みのような何かが発生しており、現象としては蒸気とも闘気とも思えない。漏れ出た殺気がそう見せているのか、単なる錯覚なのか、本人ですら解明不可能だ。

 対する魔物だが、斬撃の全てを避け続けるばかりか、その最中にもウイルの成長を喜ぶ姿は、狂人かピエロのそれだ。

 前触れもなく始まった戦闘に、居合わせた面々は凍り付くことしか出来ない。

 魔女の長でありエルディアの母でもあるハバネは、この中の誰よりも恐怖している。


(本能に響く、まとわりつくような気持ち悪さは何? 四十五年生きてきたけど、間違いなく最悪の部類……。ただの魔物じゃない。もっと別の何か……)


 言葉を話すばかりか、顔や手足は人間の女性そのものだ。そういったちぐはぐさからも、オーディエンが普通でないことは誰の目から見ても明らかだ。

 その男もまた、魔女とは違う観点でこの魔物に怯んでしまう。


(ウイル君はオーディエンと呼んでいたか? どうあれ、間違いない、例の魔物だ。過去に軍を単独で壊滅させた、炎の魔物……。なるほど、第三先制部隊の隊長として今なら断言出来る。一つ、二つの軍隊では決して足りない。これはそういう化け物だ)


 長身の軍人はガダム。掴みどころの無い男だが、その表情は悔しそうに歪んでいる。

 現れた魔物に心当たりがあるのだが、そうであろうと加勢など不可能だ。足を引っ張るだけだと自覚しており、それどころか巻き込まれるだけで致命傷を負いかねない。

 そう思いたくなるほどには、ウイルの戦い方は滅茶苦茶だ。がむしゃらに短剣を振り回す姿からは、防御や回避行動を投げ捨てているようにさえ見える。

 だからこそ、その攻撃は一つ一つが強烈だ。

 速いだけでなく、躊躇がない。殺すためだけに刃は振られており、その暴力はあらゆる命を断ち切ってしまえる。

 そのはずだが、炎の魔物にはかすりもしない。怒り狂うウイルよりも、オーディエンの方が実力で上回っている。それだけのことだ。


「ネエ、何かあっタ? 別人のようだけド。キっかけとかあったのなら教えてヨ」

「うるさい! それよりも! ヴァサーゴってそいつのことか⁉」


 突然、質疑応答が始まるも、傭兵はスチールダガーで斬りかかることを止めない。

 残念ながら斬撃は完全に見極められており、灰色の短剣は何十、何百と空を切り続ける。


「ソうだヨ。デーモンのヴァサーゴ。一番弱い子を選んデ、ワタシが連れてきタ」


 その発言が、ウイルを含む全員を凍り付かせる。

 攻撃が止んだのだから、魔物も連動するように立ち止まるも、その挙動は心底楽しそうだ。


「ニンゲンを殺し尽くさないようニ、ナにより、キミが殺されないためニ、イっちばん弱い個体を選んであげたヨ。ソれがヴァサーゴ、ソういう名前のデーモン族」


 にわかには信じ難い内容だ。恩着せがましい口ぶりには苛立ちさえ覚えるも、居合わせた人間達はそれどころではない。

 ウイルは乱れた呼吸を整えつつ、ひとまず疑問点を問いただす。


「連れてきたって言ってたけど、どこから?」

「秘密。今のキミには早すぎるからネ。ソの時が来たら、教えてあげル。ウウン、知ることになるのかナ」


 言葉のキャッチボールは成立しない。そうであろうと、この少年は臆することなく次の質問を投げかける。


「あんなのが、他にもウジャウジャいるってこと?」

「ソうだヨ。ダけど安心しテ。ワタシかアルジが連れてこないことには、コっちの世界に来れない連中だかラ。ア、でモ……」

「でも?」


 大勢に見守られながら、ウイルだけが化け物と対話を続ける。軍人や魔女らが口をつぐむ理由は、オーディエンに気圧されていることと未だに理解が及んでいないためだ。


「ヴァサーゴ以外にも三体、コっちの世界に連れて来ちゃっタ」


 その笑顔はどこまでも無邪気だ。

 生首が浮いているようにも見えるが、事実その認識で正しい。体を兼ねる炎は実態を伴わなない火球でしかなく、頭部も四肢も人間を模倣してそれらしい場所に配置されているだけだ。

 燃える頭髪の下で、美しくも面妖な顔が申し訳なさそうに笑っている。オーディエンはあくまでも指示に従っただけであり、人間を必要以上に減らしたいとは思っておらず、ましてやウイルの存命を願っているのだから、許されるのなら反対したかった。

 それでも、そうせざるをえない。この魔物も従者に他ならず、不本意ながらも四体の異形をこちらの世界、すなわちウルフィエナに招集してしまう。


「残りの三体は、強いの?」

「ヴァサーゴよりはネ。ア、ダけど安心しテ。ソいつらには待機を命じているかラ。ダって、ソうしないとキミ達、滅びちゃうでしょウ? ソれはダメだ、あまりにモッタイナイ」


 見下すように。

 憐れむように。

 オーディエンは少年とその後ろの人間達を見定める。実力不足だと見抜いており、とりわけウイルには演者らしく最後まで抗ってもらわなければならない。

 ここで死なれるわけにはいかないのだから、魔物達を解き放つタイミングには吟味が必要だ。

 にわかには信じ難い内容だが、彼らはそれぞれの感想を抱く。

 二人の魔女は、喉元に刃物を押し付けられたかのように動けない。


(意味がわからねー。ミケットが殺されてそれどころじゃないってのに、チクショー、私達も王国連中も殺されるってか?)

(前途多難ね。王国が滅びたら、あの人も死んでしまう。それだけは避けたいのに……)


 サンドラとハバネは冷や汗を拭わず、茫然と立ち尽くす。逃げるという選択肢は無意味だと本能的に察しており、死を覚悟しながらも見守ることしか出来ない。

 軍人達の背筋も凍り付いており、そんな中、先頭の男だけは冷静さをかろうじて保てている。


(黒い魔物以上の化け物が、三体も攻め込んで来る……だと? 一刻も早く情報を持ち帰り、対策を練らなければ……。俺でさえ手を焼く以上、軍団長の出撃もあり得る。これほどの非常事態は血の千年祭以来か)


 癖毛が覆う頭皮から、汗が滴り灰色の鎧を濡らしていく。非常事態だと理解しながらも体は動くことを拒絶しており、事の成り行きを見守るしかない。

 五人の部下達も同様だ。むしろ、二本の足で立てていることを褒めるべきだろう。凡人なら卒倒するか、本能的に先手を打って自害を選びかねない。

 絶望的な状況下において、彼女らだけは平然としている。


(これがオーディエンかー。私よりずっと強そうだなー。ハクアさんが口酸っぱく、関わるなって言うわけだ。でも……、戦ってみたいなー。それにしても、さすがウイル君。戦闘センスは私以上だ)


 エルディアもまた、冷静なようで狂っている。この状況下においても、内から湧き上がる欲求に葛藤中だ。

 もう一人。自分達の置かれた状況を最も理解出来ていない少女が、凍り付いた空気を物ともせずに口を開く。


「おなか、へってきた。おにいちゃん、そのひとやっつけた?」


 ミイラのようにやせ細ったパオラにとっては死活問題だ。

 ウイルもそのことを重々承知しており、オーディエンを睨みながら提案する。


「ちょっとタイム」

「ウん」


 戦闘は一時中断だ。体の周囲に発生していた揺らぎのような現象も消え去り、傭兵は魔物に背を向けトコトコと歩き出す。

 息詰まる緊張感は未だ健在ながら、その二人だけは朗らかだ。ウイルはパオラの眼前で跪くように腰を落とすと、背負っていた鞄を正面にスライドさせ、白茶色のパンを一つ取り出す。


「はい。ライ麦ロールパン。ところどころに硬いのがあるから、ゆっくり噛むんだよ」

「わかた」

「素朴な味って言っちゃうと作ってくれた人に悪いけど、僕は好きなんだよね。むしろ最低限な味だからこそ、毎日食べても飽きないみたいな。あ、今日は監視哨で寝泊まりするつもりだから、飲み物はそこまで我慢してね。きっとそこの軍人さん達がアイランおごってくれると思うし」


 手渡された丸いパンをつまむように食べる少女。

 その様子を眺めながら、マジックバッグを背負い直す傭兵。

 本来ならば微笑ましい光景のはずだが、居合わせた大人達は皆息を飲む。ウイルが笑顔を作りながらも、淡々と戦いの準備を整えたからだ。

 オーディエンからは死角ゆえ、悟られるはずも、少年はゆっくりと立ち上がると礼を述べることから始める。


「待ってくれてありがとう。だけど……」


 言い終えるよりも早く振り向いた理由は、返事を待つつもりなどないからだ。

 その動作と同時に腰の鞘を投げつければ、強制的に戦闘は再開される。

 当然ながら、付け焼刃な投てきなど通用しない。正確に顔面へ迫る金属を、オーディエンは首を右へ折り曲げることで平然と避けてみせる。

 そうなることは百も承知だ。ウイルの狙いは別にあり、魔物は身をもって思い知る。

 投げた鞘を追いかけるように。

 宿敵を葬るために。

 傭兵は既に相手との距離を詰め終えている。

 次の一手は必然だ。鞘は手元にないのだから、その刃で斬りかかる以外の選択肢はありえない。

 狙うは、火球の上に浮かぶ女の顔。人間のような顔立ちであろうと迷いなど生じず、左から右への斬撃は後方の観客すら見逃しかねない一閃だ。

 牽制を織り交ぜた、有無を言わせないコンビネーションだったが、魔物は笑みを絶やさない。短剣の長さは把握済みなため、刃先が届かない程度に顔を後退させれば、先ほどまでのように空振るはずだ。

 そのはずだった。

 右頬、鼻、左頬の順に肉が斬られ、赤い鮮血が噴出する。


(アレ?)


 オーディエンが驚いた理由は二つ。

 刃の長さは百も承知だ。散々避けてきたのだから、今更間違えるはずもない。

 なにより、刃こぼれだらけのスチールダガーに傷つけられるほど、この肉体は軟弱ではなく、そういう意味では斬撃を避ける必要などなかった。それでも回避に徹した理由は、この人間の成長を見極めるためだ。

 しかし、今回の結果だけは異なる。宙に浮く顔は浅いなりにも切れ込みを入れられ、そこからはマグマのような赤色が溢れ出る。

 避けきれなかった。

 傷つけられた。

 その事実がオーディエンを唖然とさせるも、ウイルはその隙を見逃さない。

 種明かしはまだ早いと主張するように、傭兵は振り切った右腕を方向転換させ、一歩を踏み出しながら斬りかかる。

 容赦のない追撃は必中であり、必然だ。

 母親を殺そうとした魔物に対して、手加減などありえない。あらゆる手を使ってでも滅ぼすつもりでいる。

 この一撃は四年間の集大成だ。誰であろうと、避けられない。

 そういった事情を嘲笑うかのように、銀色の刃は立ち止まる。

 顔を斬られてもなお、それは平然としており、迫る剣身を左手であっさりと掴んでしまう。


「ソういうこト……。器用に持ち替えテ」


 オーディエンの言う通りだ。

 ウイルは先ほどまで灰色の短剣を握っていたが、今は違う。刃は鏡のようにきらめいており、全長はナイフの類よりずっと長い。


「鞘を投げたのモ、シまえないのだから引き続き使うだろうと思い込ませるためのフェイク。ナるほど、あそこにダガーを捨てテ……。素晴らしい工夫だネ」


 銀色の剣身を受け止めながら顔だけを動かせば、状況確認はあっさりと完了だ。

 パンを食べているパオラの足元には、ボロボロなスチールダガーが横たわっている。

 それだけではない。一回り大きな鞘が置かれており、本来そこに収まるはずの武器は抜き取られ、ウイルとオーディエンが握っている。

 片手剣のミスリルソードだ。マジックバッグから食べ物を取り出す際、ひっそりとこれも引っ張り出した。

 刃の長さが異なるのだから、短剣のつもりで回避しようものなら、剣先が肉を切り裂いて当然だ。

 殺しきれればそれで良し。

 そうでなくとも追い打ちで仕留める算段だったが、ウイルの作戦は実らない。


「くっ、なんて馬鹿力……!」


 押すことも引くことも出来ない。片手剣は完全に拘束されており、握る手ごと切り裂いてしまいたいが、それすらも不可能だ。


「血を流すなんて何百年ぶりだろウ? ア、そう見えるだけで炎なんだけどネ! ファファファファファファファ!」


 顔を負傷したオーディエンだが、横一線の傷口からは火が漏れ出ている。傷を負ったことには違いないが、体の仕組みは人間とは明らかに別種だ。

 痛覚もなく、だからこそ痛がる素振りすら見せない。


「離せって言ったら離してくれる?」

「イいヨ。デも、その前ニ……」


 交渉は成立するも、無条件というわけにはいかない。

 無情にも鳴り響く破砕音。バキンという騒音の発生個所は、二人の間で傾いていた銀色の剣身だ。細い腕がわずかに力んだ結果、鉄よりも遥かに硬い金属が悲鳴と共に破壊される。

 その光景は恐怖そのものだ。部下が青ざめる中、隊長のガダムも震えずにはいられない。


(ありえない! ミスリルなんだぞ⁉ ひっかき傷ならまだしも……。)


 ミスリルは非常識な金属だ。銅は当然ながら、鋼鉄すらも凌ぐ硬度を持ち合わせており、その上軽いのだから傭兵なら誰もが憧れてしまう。

 ミスリルの剣なら、あらゆる物を斬れる。

 ミスリルの鎧なら、あらゆる攻撃から身を守れる。

 傭兵や軍人の常識であり、疑う者はどこにもいない。

 だからこその絶望だ。

 魔物は笑みを浮かべ、少年は飛び散る破片を眺めながら硬直する。


「コれで終わりかナ?」


 オーディエンがそう思った理由は、ウイルがミスリルソードを手放したからだ。折れた片手剣は落下を始め、遂にはカラカラと金属音を響かせる。

 不快な高音は決着の合図だ。

 勝者は満足そうに音源を見下ろすも、その浅はかさは油断と共に断罪される。

 音もなく輝く、蒼色の一閃。マジックバッグに潜ませていた最後の切り札が、女の顔を縦に切り裂いた瞬間だ。

 今度こそ、勝負ありだ。後方の観客達もそう思わずにはいられない。


(抜刀から振り下ろしまでが速すぎる。娘がべた褒めするわけね)


 手汗を赤い服で拭いながら、魔女の長は目を見開く。常軌を逸した攻防に、もはや唸ることしか出来ない。

 ウイルはその瞬間に、いくつもの動作を実行してみせた。

 砕かれたミスリルソードから手を離し、オーディエンの眼球がそれを追いかけるや否や、右手を背負い鞄の口へ移動させる。

 そこには鍔だけが既に顔をのぞかせており、長い鞘ごといっきに引き抜くも、準備としては不十分だ。

 バンザイのような体勢へ移行し、左手で黒色の鞘を投げ捨ててやっと整う。

 抜刀の余韻もなしに、振り下ろしながらの斬撃だ。

 当たらないはずがない。

 その証拠に、魔女達の魔眼は敗者がどちらかを見極めている。


(腕の瞬発力は私よりずっと上だなー。素振りの成果ってすごいんだなー、言ったの私だけど……)


 ウイルの実力を最も知る人物はエルディアだ。この三か月間は別行動を余儀なくされたが、長い年月を共に過ごしたのだから、彼の成長曲線には頭が下がる。

 努力の賜物だ。毎晩、汗を散らしながら腕を振り続けてきた。

 その到達点がここなのだろうと、感心せずにはいられない。


「ウ? ウゥ……?」


 オーディエンがよろめく。二本の生足は軸がぶれ、もつれるように自身を後退させる。

 面妖な顔は正中線から左右に分断され、裂け目からは血液のような炎が噴出中だ。

 人間のような四肢と胴体を司る炎は無傷だが、頭部が致命傷を負ったのだから、決着を疑う余地はない。

 それでもウイルはその刀を構え直す。姿勢を低くし、鞘に収納するように左側面へ刃を運べば、攻撃準備は完了だ。

 距離を詰め直し、青色の殺意を走らせる。

 細く、長く、鋭いこの刃に斬れない物はない。ならば、二本の脚も切断出来て当然だ。追撃として手足を切り落とす算段ゆえ、先ずは自由を奪うことから始める。

 やるなら徹底的だ。ウイルも傭兵として重々承知しており、握る右手にためらいなどない。

 しかし、その思惑も、一瞬の歓喜も、当然のように踏みにじられる。

 そういった理不尽こそがオーディエンという化け物であり、人間達が抱いた幻想は無残にも砕かれる。

 ガシンと響いた激突音。魔物の足裏と、青い刃と、茶色い大地が衝突した結果だ。

 正しくは、オーディエンが刀を踏み抜いた音であり、ウイルは唖然としながらも、ひれ伏すような姿勢で硬直してしまう。


「くそ! これでも殺しきれないなんて……」


 睨むように見上げると、魔物の顔は損壊したままだ。

 そうであろうと、左右に分かたれたままで笑みを浮かべており、刀の刃先が届かない程度に後退すると、両手でその顔をぐっと押さえ始める。


「ア……、ア、ア、アー。ウん、元通リ」


 絶望だ。刀に斬られた顔が、回復魔法も無しに復元してしまう。左右から押し付けただけなのだが、オーディエンには常識など通用しない。

 この事態がウイルの心を折るも、立ち上がり武器を構える理由は、両者の不思議な間柄に起因する。

 ウイルだけは殺される心配はない。

 この少年に執着しており、むしろ生かそうとさえしている。

 だからこそ、一方的に仕掛けることが可能だ。


「何度でも斬ってやる。ミスリルの剣が通用するなら、アダマンの刀ならもっとだ。当たれば……、当てさえ出来れば……」


 その通りではあるのだが、強がり以外の何物でもない。

 奥の手は出し尽くした。これ以上の奇策は講じれず、ここからは正攻法で攻めるしかない。


「キラキラしてて綺麗ダ。ソれはカタナ? 剣とは少し違うようだけド、創意工夫だとしたラ、トても素晴らしいヨ。ウうん、君というニンゲンが最高なんダ。デもネ……」


 魔物は黙ってしまう。言いたいことをあえて残して、眼前のウイルをじっと眺める。

 背は低く、十六歳とは思えないほどに童顔だ。短い髪は白っぽい灰色をしており、頭上の薄暗い空とどこか似ている。

 みすぼらしい革鎧は使い古した証拠であり、一方で握っている武器は宝石のような青色だ。

 半袖半ズボンのどこにでもいる子供のようだが、そうではない。その若さで四年ものキャリアを積んだ傭兵だ。

 眼前の魔物は自分を殺さない。そういったアドバンテージを活かし、追撃を試みるつもりでいるのだが、その甘さを嘲笑うようにオーディエンがそこから姿を消す。


「なっ⁉」


 驚いた時にはもう遅い。

 ウイルの目と鼻の先炎が移動し終えており、その右腕が刀を掴むさまを茫然と見つめることしか出来なかった。


「スっごく硬いネ。コの時代のニンゲンも侮れないナァ。デも、アルジに報告するほどじゃなイ」


 強がりではないと主張するように。

 人間の努力を否定するように。

 オーディエンが力を籠めると、青い刃はパリンとへし折れる。

 刀が横方向からの圧力に弱いが、そうであろうとこれはアダマン製だ。イダンリネア王国の設備では、精錬も加工も不可能なほどの強度を誇る。

 手のひらだけで曲げたり折るなど、絶対にありえない。あってはならない。

 しかし、事実だ。この魔物はそれをやってのけた。

 この出来事を受け止めながら、刀の持ち主は肩を落とす。


「ハ、ハクアさんが言ってた通りだ……」


 折れた先端を眺めながら、脱力と共につぶやいてしまう。

 一方、魔物は目を輝かせる。その名が飛び出した以上、反応せずにはいられない。


「ナんてなんテ?」

「おまえには絶対に立ち向かうな、って。この時代だと、やりあえるのは私しかいないって……」

「ソうだと思うヨ? デも、正しいとも思えないナ。ダって、キミはワタシを許せないんだよネ? ダったら、強くならないト。ソして、越えてくれないト」

「うん、おまえだけは僕が絶対に殺す」

「ダけど、今じゃなイ。全然足りなイ。ワタシの見込み以上に育ってくれテ、とても喜ばしいけド。アルジも、ワタシも、ソんなところにはいないヨ? マだまだ、時間はかかりそうだネ」


 女の声が辺りを包むも、少年は沈黙を選ぶ。実力不足を痛感したのだから、反論の余地などない。

 今のままでは決して勝てない。この三か月でさらに成長してみせたが、オーディエンからすればどんぐりの背比べだ。


「デも、待ってあげル。ハクアは相変わらず探してるようだけド、本に選ばれたキミこそガ……、ワタシが選んだキミこそが千年前の戦いを再現出来る唯一のニンゲンなんだかラ」


 演じるように。

 道化のように。

 オーディエンはふわりと宙に浮くと、ウイルだけをじっと見つめる。

 言葉の意味を知る者は、この場には二人だけ。

 ウイルとエルディア。ハクアという魔女から頼まれ、適合する人物を探していたのだが、オーディエンはその行為を嘲笑う。

 探す必要などない、既に見つかっているのだから。それこそがウイルという傭兵なのだとうそぶくも、当人も含めて納得はしていない。

 ゆえに、少年はゆっくりと否定する。


「それは違う。そういえばおまえには言ってなかった。ハクアさんが探していた真の超越者を、セステニアを殺せるであろう最強の人間を、僕達はついに見つけた」


 その発言が、オーディエンの笑みを凍らせる。

 一泡吹かせられたことに満足したいところだが、ウイルは話すのを止めない。


「その子は親に捨てられ、とても苦しんだ。今も死にそうなくらい弱ってる。だけど、生きたいという気持ちは本物だ。現にこうして……」


 この瞬間、少年は青ざめる。浮かれていたのはオーディエンだけでなく、自分もそうだと気づかされたからだ。


(パオラを……、戦いに巻き込んでしまっても良いの? 最終的には、こいつ以上の化け物に戦えって、僕が命令する? そ、そんなの……)


 不可能だ。彼女の同意を得ていないだけでなく、その道のりはあまりに険しい。ウイルやエルディアでさえ幾度となく死にかけたのだから、同じ目に合わせたくないと心の底から思ってしまう。

 干からびた死体のような容姿は、超越者であるがゆえの不幸そのものだ。

 生まれた時から超常の才能を持ってしまったがゆえに、母親は代償に死んでしまう。

 その結果、父親は狂気に飲まれ、一人娘を見捨てる。

 飢えに苦しみながら、家の中に閉じ込められた人生。そこに幸福などあるはずもなく、けれどもそれらから解放されたのだから、ここからは子供らしい幸せを掴むべきだ。

 それは、魔物と戦うことではない。

 そんなことはウイルもわかっており、だからこそ、浮かれていた自分に青ざめる。

 パオラは、ハクアとオーディエンが探し求めていた超越者だ。白紙大典からもお墨付きをもらえている。

 それゆえに、彼女が健康な体を取り戻した暁には、ハクアに送り届けるつもりでいた。

 最強の魔女が天性の超越者を鍛えるのだから、並の傭兵や軍人などあっという間に抜き去るだろう。

 ウイルですら、一年で追い抜かれてしまうらしい。嘘か本当かはわからないが、千年を生きる古書がそう言うのだから、信ぴょう性は高いはずだ。

 そうであれ、魔物との死闘を強いるべきではない。パオラの人生はパオラのものであり、生き延びることが出来たのだから、今後は新たな両親の元で幸せに暮らすべきだ。

 無垢な少女を大人の争いに巻き込んでしまった。このタイミングでそのことに気づくも、もう遅い。


「アそこにいるってことかナ? アルジを殺せるほどのイツザイが」


 オーディエンが、静止するウイルから遠方の集団へ視線をずらす。

 魔女が三人。

 軍人が六人。

 そして、パンをついばむ小さな少女が一人。

 魔物でさえ、消去法で即座に察してしまう。

 傷一つない女の顔が笑みを浮かべた以上、ウイルに出来ることは己の迂闊さを呪いながらの懇願だけだ。


「ま、待って……」


 残念ながら、その要望は受け入れられない。言い終えるよりも先に炎はそこからいなくなり、次の瞬間にはあっさりと到着だ。

 居合わせた実力者達でさえ、誰一人として反応出来なかった。それほどまでにその移動は速く、ウイルにしても一瞬ながら完全に見失ってしまう。


「コんな小さなニンゲンが、アのニンゲンの再来? トてもそうは見えないけド、ソういえばウイルも小さいシ、関係あるのかナ?」


 火球を起点として、頭部と四肢が配置されているのだが、その内の一本でもある細腕が少女の頭へスッと動く。

 こうなってしまっては、手遅れだ。

 オーディエンの右手が瑠璃色の長髪に到達した以上、パオラは人質になり下がる。魔物がほんの少しでも腕を動かせば、やせ細った人間など即死だ。

 もそもそとパンをかじる当事者だけが何もわかっておらず、異形な存在が目の前に現れてもなお驚かない理由は、無知ゆえの必然なのだろう。


「は、離せ……」


 この震え声はガダムによるものだが、一歩は踏み出せない。魔物の右手は少女の頭頂部に触れており、迂闊な行動は厳禁だと理解している。


「いざとなったら……」


 一児の母として、ハバネが覚悟を決めた瞬間だ。ウォーボイスを使えば、十秒間だけオーディエンの攻撃対象を自身に固定出来る。そのことに意味があるのかどうかまでは定かではないが、少なくとも死ぬ順番だけは変更可能だ。

 その他大勢から声をかけられようとも、魔物の興味は眼下の人間のみに向けられる。

 同時に、気づかされる。


(フ~ん、確かに嘘じゃなさそうダ。姿かたちは全然違うけド、命の光が似ていル……。ナナシンを真似るなラ、ソういう匂いがするってところかナ。アれ? 見えるだったかナ? 久しく会ってないから、モう忘れちゃっタ)


 強者だからこそ見抜けるのか。オーディエンはパオラの奥底に、他の人間にはない何かを感じ取る。

 外見こそ死体のようだが、生命力は周りの大人達でさえ霞むほど膨大だ。

 生まれつきの超越者。ウイルの発言は正しいのだろうと納得せざるをえない。

 ハクアと共にそういった人間を長年探してきたのだから、本来ならば喜ばしいはずだ。

 そのはずだが、オーディエンは全く別の感情を抱く。


(ダけど、ワタシの本命はキミだヨ)


 この魔物は己の直感を信じている。

 四年前。

 場所はイダンリネア王国の上空。

 目障りだったとある人間を排除するため、毒を使用したその日にそれは起こった。

 家の地下からあふれ漏れた魔力には見覚えがあり、それこそがもう一つの探し物、白紙大典だ。

 契約した少年こそがウイル・エヴィ。当時はまだ十二歳の、肥満気味な子供だった。

 オーディエンは歓喜するも、その時はこの人間を使い捨てるつもりでいた。

 与えた役は配達少年、つまりは脇役だ。そうであろうと貴族の子供に務まるはずもなく、その証拠にウイルは一歩目から頓挫する。

 それでも役割を果たせた理由は、エルディアの存在が大きい。傭兵試験の合格も、目的地手前までの旅も、彼女無しではありえなかった。

 しかし、エルディアは道半ばで力尽きる。巨人族との戦闘に負け、致命傷を負うばかりか、殺されかけてしまう。

 その様子を大空という客席から眺めていたのがオーディエンだ。

 ウイルとエルディア。二人の人間はここで殺されるだろう。そう考え、期待通りのバッドエンドを待ち望むも、予想は裏切られる。

 自分よりもずっと長身な女性を、背負って逃げようとする少年。涙を流しながら、這いずるように歩く姿は滑稽でしかなかったが、この魔物は奇跡を目撃する。

 奪い返した魔法と、急成長と、機転。なにより、諦めない心が巨人族からの逃亡を成功させる。

 この瞬間、オーディエンは心奪われる。魅了されたと言っても過言ではない。

 長年、探していた人間が見つかった。そう思わずにはいられなかった。

 否、そうだと断定している。

 ゆえに、眼下の小さすぎる人間が超越者であろうと、そんなことはどうでも良かった。


「コのニンゲンを殺したラ、ウイル、キミが代役を務めてくれるのかナ?」


 振り向きながら、嘲笑うように言ってのける。オーディエンの紛れもない本心であり、名指しされた傭兵はその提案に引きつるしかない。

 もしも目の前でそのような凶行を許してしまったら、ウイルの心は破壊されて、二度と立ち直れない。

 軍人も魔女さえも、絶望に飲み込まれてしまう。圧倒的な力量差を前に出来ることは、沈黙か傍観だけだ。

 夜の足音が迫る、ジレット大森林。

 ここは魔物の縄張りながら、今だけは戦場だ。

 命を奪うか、奪われるか。

 相手を殺すか、殺されるか。

 残念ながら、今回は二者択一ではない。彼らに選択肢は提示されておらず、死以外は選べない。

 後に、赤色の災厄と呼ばれる魔物。

 それに立ち向かう少年の名は、ウイル・ヴィエン。

 舞台の上に立たされた、もう一人の道化師。

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