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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「晴、気持ちはわかるけど」

「分ってない!分かってないよ雨兄。確かに嫉妬してる側面もあるし薬盛ったのも信じられないくらい腹が立つけど、けど…。雨兄の平穏な時間を一緒にいられなかったのが悔しくて仕方ないのよ」


絞り出すようにそう言った晴に思わず手を離した雨はハッとしてその光景を思い出した。もう一年も前の出来事、連日不眠不休で夜勤バイトを続ける雨が朝方帰宅すると晴に泣きつかれたことがあった。


「ぐす…もう行かなくていいよ雨兄。働きすぎだよ」


涙を流して腰に抱き着き腹に顔をうずめた晴をどう元気づけたものかと頭を悩ませた結果、こんなことを口にした。


「それは難しい相談だね、なにせ私は晴と一緒にいる時間のために働いてるわけだから。晴、良い事、私の寝る時間やゆっくりする平穏な時は晴と一緒にいたい。私はそう望んでるよ」


泣きやむことはなかったものの何度もうずめた頭を頷づかせていた。私はそれにクスリと笑みをこぼして晴の背中をぎゅっと力強く抱きしめた。小さくて細い体は、思っていた以上に儚かったのだ。晴の言葉を心の中で反芻してこそばゆさを覚える一方で、言った半分の事すらできるか分からないのがもどかしくて仕方なかった。


忘れていた、激務の日々だったなど言い訳にはならない。実際晴は私との時間を渇望して毎日を過ごしていたのに、私はそれに気づかないばかりかこうして裏切る結果となった。愕然としても何か言わなければと思索する雨は、深く眉根を寄せて大きな目を潤ませている晴を見つめる。何事か喉をつきあがって言葉にしようとしてもそれを声に出せなかった。


「晴ちゃん」

「…何?」


悔しげに、そして嫉妬の怒りに燃える瞳で鋭く瑞野を射抜く晴の顔は、年相応とは思えないほど貫禄に満ちて、意志の硬さを彼女に理解させた。瑞野はウっとたじろいだものの穏やかな笑みを崩すことなく声を紡いだ。


「雨さんを許してはくれないかな?」

「貴方がそれを言うのか!」

「落ち着いて、たった一回、たったの一回雨さんの傍に居られなかっただけでそんなに怒ってると雨さん仕事にもいけなくなっちゃうよ」

「ッツ!」


咄嗟にこちらを見るの目はすがるようだった。私は困ったように肩をくすませて晴に笑いかけた。


「晴、ごめんね。次は約束するから」

「…約束だよ、絶対に反故しないでね」


睡眠薬の行いの結果すら雨がかぶることになり、少し彼は不満げだったがこれで二人のわだかまりも収まるのならそれもよしとせざるを得なかった。


「よし、完成」

「ふ、福良雀《ふくらすずめ》!可愛い!」


雨はストラップサイズの木彫りの福良雀を崇め奉るように持って変な舞を始めた瑞野に苦笑して道具を片付けた。ずんぐりむっくりした妙に愛嬌のある福良雀は、晴の物と差別化するために顔の作りこみを細かくした。晴はそれを見てぷくーと頬を膨らませたが、これはお礼の品も兼ねているので我慢してもらう。


「優さん、それお守りだから」

「え?どういうこと」


瑞野は意味がわからないようで、福良雀を指さした雨を怪訝な目で見つめる。


「その福良雀、ちょっとした魔除けと露払い程度ならできるから。あと、一割程度だけど敵対モンスターの動きに制限をかける」

「え!これが?またまたあ、雨さんもう少しましな冗談をついてよ」

「ちなみに晴に持たせてある方は私の針の権限を一部移譲してあるから下層モンスターでも瞬殺するよ」


何故か誇らしげに胸を張った晴は言ってなんだがこじんまりしている。実のところ

使った木は下層モンスターの血液に漬けて濃厚な魔力をまとっている。それで雨のスキルで守りに特化したものに造り上げた。飛び交う針で木を削っていく様は瑞野にはアハ体験のように感じられた。


「こ、これが…」

「意思を持ってるわけじゃないからね」


手のひらの上で図々しく鎮座した福良雀をまじまじと見つめていると、雨から注釈が入った。


「ねえ、雨さん。この子どうやって攻撃したりするの?」

「突進だね」

「と、突進」

「侮るなかれ。突進と言っても有効攻撃は対下層モンスターを想定したものだから、普通の人なら反応すらできずに衝突個所どころか体全体を吹き飛ばされる。つまり」

「私のダンジョン配信には持っていけない」


あれ?確かに。やっちまったと頬を掻きながら気まずそうに笑う雨に瑞野もしょうがないなあと軟化した。


「…雨兄」

「これは想定外だった。いやほんとにただのお守り程度に考えてたから」

「いつも下層モンスターレベルの危機を想定した物ばっかり作ってるからそうなるんだよ」

「面目ない」


趣味で木彫りの彫刻を作っては誰彼構わずに渡してるから家が溢れる心配はない。しかし、彫刻が突然動き出したと苦情を言われることもしばしばだった。時間が経てば付喪神のように意思が宿って動き出すのもありえなくはない話だった。


「一応もらっておくけど、日中しか身につけられないねこれ」

「ははは」

「乾いた笑いでごまかしても無駄だよ雨さん。まったく、どうやってそんな風に作ったのかすら分からなかったんだけど」

「やって作る過程は私のスキルの領域だからね。それに関しては企業秘密だから誰にも話せないよ」


ガクリと肩を落とした瑞野を両脇から背中をさする雨と晴は生ぬるい笑顔を浮かべるばかりだった。


「注文してもらえば適切な料金で相応かそれ以上のものを作れるから、気が向いたら電話してね。あ、素材の質以上の効果を期待されてもできないからね」

「あ、うん」


流れるようなしぐさでLin○を交換した雨と晴、瑞野はその後何事もなく一日を終えた。


「お邪魔しました」

「暇になったらいつでも来ていいよ」

「雨兄…そんな実家のおばあちゃんが言いそうなことを」

「プッあはは、うん。気が向いたら連絡するね。晴ちゃんもお休みなさい」

「またね、優さん。次は雨兄に薬盛らないでね」

「は、はい!失礼します!」


バタンと閉められた扉に名残惜しさを感じた雨はおもむろに隣に立つ晴のつむじを見下ろした。


「いっちゃったね」

「うん、また来てくれるかな」

「どうだろ、もしかしたら来ないかもよ晴」

「…嘘つき、雨兄がそういう時は絶対に反対のことが起こるんだから」

「ハハハ」

「もう、誤魔化さないでよ。全部わかってるんでしょ」


自然に核心をついてくるのだから正直に答えそうになってしまったが慌てて口をふさぐ。あぶねえ、益々トーク技術が上がってるぞ晴。得意げな目で私を見上げてくる晴になんだか負けた気がしたが、そんなことに反骨精神を発揮するような性格でもないので穏やかに頬を緩ませる。強かになっていく晴の成長が見れて何とも喜ばしい。


「むう、そういうところが早熟って言われるんだよ雨兄」

「一見早熟に見えるのは経験が足りていないと思われてるからで私にそれは当てはまらないよ」

「そうやって温度のない返しをするのも若い熱情がないと思われるんだよ」

「…そっか、もう私若くないんだね悲しい」


悪辣な大人と話すことが多かった雨は、自身と晴の利益を守るために総合的な思考力が発達して嘘や本音を見抜く能力や、老獪な考え方を獲得した。


「ああいや、そう言いたいわけじゃないけど。どうしても焦ったところか見せないじゃん?」

「焦っても仕方ないことが多いからだよ。突然の問題も驚いてる暇があったら解決策考えるほうが有意義だと思うからね」

「だからそういうところが、はあ、もういいよ。雨兄の恥ずかしがってる顔とか一生見れないかも」

「そんなことないよ。晴が結婚するときとか私スピーチで涙すると思う」

「…馬鹿、私が雨兄以外好きになるわけないじゃん…」


最後は小さく呟きすぎて言葉を聞き取ることは難しかった。静かで穏やかな時間が部屋の中に流れて緊張を緩和させてくれる。居間に戻り、茶をすする雨には晴の頬を赤らめてうつむいた時にぼそぼそとつぶやいていた言葉は分からなかったが、それが悪い感情ではないと判断しているからか朗らかに口元をほころばせて羞恥に悶える晴を愛おしげに見つめていた。


—————————

ここまで読んで下さりありがとうございました!

続きが気になる、面白いと感じた方はもし宜しければ★や♡をお願いします。

執筆の励みになります。それでは次の話でまたお会いしましょう!

平穏願望の雨さん〜道具に拘る警備員は今日もモンスターを狩り尽くす〜

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