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「徒花は~♪嗤う~♪」
ドドドドドドドドドドドドドドドドオーン!
雨は慣れない鼻歌を歌いながら敵対モンスターを補足しては爆殺を繰り返していた。ガラガラと通路が崩れて四肢爆散したモンスターの骸がそこらじゅうに転がっている。はあ、もう少し素材の品質を上げようかな。何でもかんでも爆発させるのはよくないよね。欠片サイズになってしまった鱗を拾い上げてとほほと肩を落とした。
晴からの要望で使える素材を持って帰るように言われてしまった雨は、これまでの方法で爆殺していてはまともに回収できるものがなくなってしまう事にどうしたものかと新しい武器を考えていた。主体戦術の針は変えることなく爆発に代替する殲滅能力が必要になるね。徹甲、ダムダム、毒、植手、高熱。シンプルに質量攻撃で串刺しにしても良いかも。
周囲に淡く光をまとう針を浮かばせながら雨は顎に手を当てて思索にふける。両手は空けておきたいから短刀を一本、いや、それなら素手のほうが早い。ああ、悩ましい。
ドオーン!
あ、ドルグが引っ掛かった。ドルグは地中をを進む魚類のモンスターであり、地面壁天井を破壊しながら敵を飲み込んでいく巨大なナマズである。そんなナマズも雨が事前に地中深くに設置していた針の小爆発によって地上へ押し上げられた。雨は空中に浮遊して無防備になったドルグへ手をかざした
「物差し」
ドドドドドドドドドオーン!
360°から突き刺さった針は即座に爆発してドルグを悲鳴すら鳴かせることなく物言わぬ魚肉の塊に変えた。何でもかんでも飲み込むこいつ、一回飲み込まれて胃酸で溶かされそうになった時の恨みは忘れない。一匹残さず狩り尽くしてやる。目に入れば反射的に体がドルグを殺すように動いてしまうようになった雨はハッとして飛び散る血しぶきに苦笑した。
「やっぱ普通の針でいいや」
爆発は封印か。通路、後から通る人は嫌だろうなあ。まあ、こんなとこ来る人だったら気にする人もいないでしょ。
こうして今日も雨はパートに時間を費やして夜が更けていった。
「はーいみんなー千紗だよー!今日は前回失敗した下層探索を道中護衛と解説してくれる案内人が来たよー。それではお願いします」
「はいこちらパート警備員の小野崎さんだよ。今日の配信の件《けん》をダンジョン庁に話したら何がなんでも出てこいとか言われ、パートの仕事じゃないだろって思いました」
「…雨さん」
「わかってるよ千紗さん。依頼に関しては真面目にするから散歩の気分でゆっくりして貰えると良いよ」
そう、一応は了解した身。例え本人の意思確認なく命令してくるダンジョン庁であっても爆破したくなってなどいない。フフフと虚空をギラギラとした目で睨み付け、口角をつり上げて三日月のような形で恐ろしげに笑う雨に、真面目に転職をおすすめしようと深く心に誓った瑞野は雨の顔を見て自身の頬がひきつるのを感じたが、カメラの前であることを忘れることなく進行していく。
『怖すぎるだろこのパート員!』
『黒い!黒すぎる!』
『そんなに怒ることなの?』
『おい馬鹿やめろ。ソロハイランナーの人だぞ』
『前この人に助けられた!』
『てかさらっと下の名前で呼び合ってる』
「こ、今回は何層まで潜る予定でしたっけ雨さん」
スッと笑みをひそめた雨は隣に立つ黒色短パンに半そでのラフな格好をした瑞野をチラ見して通路に視線を戻した。雨も目立たない黒色の長ズボンに半そでの姿なので、スニーキングミッションでもやってんのかと思われそうであるがこれには理由がある。
「えっと今日は下層上域の70層から中域の入り口90層までの計20層が探索予定です。結構襲ってくるモンスターは少ないほうですけど、血しぶきとか飛んでくるので黒い服を用意してもらいました」
「事前にそんなこと言われたときは困惑で頭がはてなで埋め尽くされましたからね」
雨はそう言って自分の服装を見下ろしながら裾を引っ張ている瑞野を一瞥して自分の装備を確認した。腰にはスライド蓋を閉じた桐箱、念のためにベルトバックルに二本の針を挟んでいる。両手は空けておく、その方が早く反応できる。
『お、千紗ちゃんの生足!』
『キモ!』
『そう言ってやるな、男の性だ』
『何気に小野崎さん千紗ちゃんのチャーミーな仕草を自然にスルーしてる』
『極まり過ぎた警備員笑』
「そろそろ出発しましょうか」
「そうですね。千紗さん、一つ言っておきます」
「?なんですか?」
「貴方がこの前襲われたときは、私の願掛けで襲ってくるモンスターにずっと弱体化がかかってました」
「えっとそれはどういう事ですか?」
「この前とは比べ物にならないくらい過激になるので離れたらいつの間にかミンチになってたり」
意地の悪い笑みを浮かべた私は口に手を当てながら優さんの方を振り返った。案の定優さんは顔を真っ青にしてガクガク震えている。ちょっとカメラの前だから調子に乗って脅かしただけなんだけど、効きすぎたね。
「冗談です」
「…散歩気分は?」
「八割本気です」
「残り二割は?」
「不幸にも『いいです!』…そうですか。じゃあ出発しましょうか。あ、カメラはできるだけ近くに浮遊させといてください」
「はい!」
ダンジョン配信の案内をすると言っても出てくるのはいつものモンスターなので、よそ見していても問題ない。今も薄暗い通路をカメラのライトで明るくしながら進んでいるが、まだモンスターは出てきていない。適当に雑談しながら優さんと通路を歩いて行くと螺旋階段についてしまった。
『出た、どこまで続いてるかわからない螺旋階段』
『上層中層下層の判別がこれでなされてるんだから本当に世の中おかしなもんだよ』
『最下層はどこまであるんだろう』
「前も思いましたけどこの螺旋階段ってほんと不思議ですよね」
「まあ、元々一階一階を攻略しないと下に降りられないなんてどこのダンジョンでも同じでしたからそこまで違和感はないんですけどね」
「私70層から90層まで一度もモンスターに会わずに鹿を皮切りとして一気に襲われたんですよね」
「願掛けにも限度はありますから、ほんとならクラウンディアーの攻撃にすら反応できずに肉塊になっていたので私のスキルに感謝ですね」
石造りの階段を降りていくと変わり映えしないが所々苔むした通路についた。いつもはこの階層でモンスターの襲撃に備えているので今日もぼちぼちノルマを達成して配信に貢献するついでに業務も終わらせよ。スライド箱を開いて中から青白く光る無数の針を出す。針は雨と瑞野の周囲を取り囲み、特に瑞野の周りに集中していた。
「一旦ここ、85層でモンスターを待ち伏せますよ」
「ほああ、こうしてじっくり見てみると幻想的ですね」
空中を泳ぐ小魚の群れにでも見えているのかキラキラした目でその様子を実況し始めた瑞野に苦笑した雨は、通路の奥の暗闇へ向き直った。そろそろかな?。針の光が深海のチョウチンアンコウの餌を引き寄せる時の光と同じ役割を持っているので、すぐにモンスターは現れる。
『確かにじっくり見てみると綺麗かも』
『分かる、別世界みたいだよな』
『そして向こうで奥を見つめる小野崎さん笑』
「!来た」
「え、なんですか?」
「クラウンディアーです。絶対に吹き飛ばされないでくださいね。あ、補足された」
ドオオオオオン!
次の瞬間、巨大なヘラジカの双角が雨の周りを浮遊していた針に衝突して周囲に轟音と暴風を巻き起こした。雨は悠然と立ってクラウンディアーを後ろで手を組みながら正眼しているが、瑞野は風に負けそうになったカメラが吹き飛ばされないように球体を胸に抱いていた。
無機質な目で全身の関節に針が突き刺さったクラウンディアーの頭を見下ろした雨は、無造作に手を上げると勢い良く振り下ろした。針はクラウンディアーの動きが止められた瞬間に即座に動きを封じるために、双角を受け止めていたものとは別のものが音速を超える速度でクラウンディアーに突き刺さっていた。手が振り下ろされた時、上空から滝のような針の数々がクラウンディアーを刺し潰した。
血しぶきすら銀色の針に飲み込まれて地面には大量の血液が広がっていた。針は何故か血が付着していないようで何事もなく再び浮き始めた。針で見えていなかったクラウンディアーの巨体が見えてくると、こうした場合でもドライに実況できる瑞野でもウっと顔をゆがませた。
『これは放送していいのか?』
『いいんじゃない?ダンジョン配信って結構そこ緩めだから』
『針が圧倒的過ぎた』
『なんかいつの間にかでかいヘラジカが小野崎さんの前で頭を垂れてるって思ったら針のハンマー?みたいなもんで叩き潰された』
『やべえ、早すぎてまったく追いつけんかった』
『一気に夢から覚めた感じ』
「あ、雨さん?」
「大丈夫ですよ、いつものことです。あ、でも今回は爆発はさせませんよ」
「そういえばそうですね。…なんか別次元て感じですね。私あれから逃げ切ったんだ」
「願掛けですね。…これは誰にでも言うことなんですけど、中層と下層ではモンスターの危険度が跳ね上がります。中層では一般の探索者でも感覚器官で見えたり察知して攻撃を避けたりできますけど、下層では基本的に防御からのカウンターが主体になってきますから、それに反応できなくていつに間にか死んでたなんて話は尽きません。超人的な反応速度と何者をも粉砕できると自負できるくらいの実力を備えてからが下層探索の入り口といっていいほどです」
そうだ、下層探索をなめていたら何も知覚することなく死んでしまう。油断していても大丈夫な奴なんてそうそういない。初撃を防ぐことの難しさは体験していけばいいが、その途中で死んでいく者が多すぎる。傲慢が過ぎて笑いも出てこない。クラウンディアーの死体を睥睨する雨を後ろから球体を抱いて見つめる瑞野は、雨の背中が積年の苦しみにとらわれているように見えた。
「ちなみに雨さんってどれくらい警備員を続けてるんですか?」
「かれこれ五年ほどですかね。幼いころからダンジョンで素材稼ぎをやって小遣いを稼いでいたのでいつの間にかスキルも戦闘技術も磨いてしまっていたようで、偶々出会ったダンジョン庁所属の探索者の方に警備員になってみないかって誘われてそれからずっと」
咄嗟に出た質問に対して振り返ることなく答える雨の表情は瑞野には分からなかったが、空しく沈んだ雨の口調に更に強く球体を抱きしめた。
『なんか、下層探索って危険なんだな』
『そうだ、中層で無双できただけで下層では像の足元にいる蟻と変わらないことに気づかなくて死ぬ人が多いんだ』
『リアルな下層探索って結構重いね』
『そんな中で何年も警備員続ける小野崎さんはどう思ってるんだろうね』
『きついんだろうなあ』
『そりゃあ、モンスターだけじゃなくて人の貪り食われた死体も回収しなきゃいけないからな。誰もしたがらないわけだ』
「他のソロの探索者なら誰が死んでても気にしない人たちばかりなので、私もそうすべきなんですけどね。警備員という職業上の性質からかな、割り切れないんです」
「そんなに死亡する人が多いんですか?」
苦しげに口を歪める雨は瑞野の目を見つめて渋々頷いた。瑞野もその表情には複雑な面持ちで顔をうつむかせた。
「年間120人、私が下層の警備について毎年見てきた平均の死者数です。どれだけ長時間この通路に滞在しても、私の幼い容姿に油断して押し通る人達もいましたし、本物のソロハイランナーなら一見して雰囲気で分かるのですが、嘘をついて通ろうとする人たちもいました」
「それで」
「後で潜ると、一人残らず死んでいました。肉が残るのはいいほうです、大概が血だけを残して散り散りの肉になります。…私の願掛けでもどうしようもなく。命からがら私の元に来れた人は下半身がありませんでした。まあ、四肢を生やす程度で助かるのですから僥倖なものです」
そう言って歩き出した雨にぴったりついていく瑞野は死んでいった探索者に思いを寄せた。
「死んでなければいいんです。愚かにも四肢を食いちぎられたとか足が焼き尽くされたとかならどうとでもなるんです。しかし、私のいない間に死んでしまえば私でもどうすることもできない」
「…雨さんはどうして欲しいですか?」
「どうして…か。私を認めさせるくらいには強くなってからじゃないとここは通せません。だから、初めて下層に訪れるなら私のいるここに来てほしいです。中層探索を乗り越えた皆さんへ、くれぐれも下層で中層と同じように行くと思わないように心に刻んでください」
瑞野の胸に抱かれたカメラの大きなレンズに向かってそう言った雨の目は、ドロドロとした闇が渦巻いていた。
『いいかみんな、これが下層ダンジョン警備員だ』
『ああ、俺たちは先達の教訓を深く胸に刻むだろう。何せこんな目で見つめられるとマジだって分からせられるからな』
『俺上層だけど中層攻略したら小野崎さんとこ行くわ』
しんみりとした空気の中、通路を進んでいく。雨が今回の依頼を受けた理由は単に命令されたからではない。雨が意図してダンジョン配信に移りこんだのは針の操作が狂わないようにするためではない。無表情で進む雨を隣から見上げる瑞野は、彼がなぜ警備員を続けるのかが少しだけ分かった気がして、不謹慎にもそれが嬉しくて小さく笑みをもらしてしまった。
「到着しましたね90層。結局モンスターと遭遇しなかったのですが、雨さん何かしてましたよね」
「通路の直線状から接近してくるモンスターを地に拘束して刺殺してたぐらいですね」
「だから妙に状態のいい死体がそこらへんに転がってたんですか!」
ひょうひょうと答える雨は、既に悦に入って楽しげに瑞野を見やっていた。
『やっと通夜の雰囲気から脱した』
『この重い十分間は何だったの?』
『私達は教訓を得た』