俺には特技がない。勉強も、スポーツも、ゲームでさえも得意じゃない。これは、そんななんの取り柄もない俺のお話。
太陽がギラギラ輝いている季節はあっという間に過ぎ、木々が色づいて来た頃、俺は入学式以来、2回目の学校へ行った。他の生徒から異様な目で見られることは承知の上で、廊下をひたすら静かに歩いた。教室について、控えめに扉をガラガラとゆっくり開けると、音に気づいたか、存在に気づいたか、何人かの生徒がこちらを向いた。多くの人が、「誰だっけ…?」という顔で見ている。そりゃあそうだろう。入学式の一回しか来ていないのだから。この高校は、ただ偏差値が俺にあっただけの学校。別に何かしたいわけでもないから帰宅部だし、学科も普通科。唯一の趣味はクラスメイトを眺めて似顔絵を描くことくらい。それも別に上手くない。そんなことを考えながら、俺は自分の席へ行った。…あれ?席替えしてる…?まじか…。席替えをしていることに気づき、硬直した。どうしようかと困っていると、誰かから肩を叩かれた。
「山村和真くん、だよね?君の席はこっち!」
その明るい少女は俺が来なかった間に来た転入生らしい。まぁ、どうでもいいので「ふぅん…。」と返しておいた。どんよりした雨が降りそうな曇り空を見つめていたらチャイムが鳴り、机に目を落とした。
ー昼休みー
「んぁーっ!やっと昼ご飯だぁー!」
俺の方に伸びをしながら少女が言った。
「山村和真くん!一緒に食べようよ!」
と言って机を合わせてきた。なんだこいつ。しかめっ面を返すと、にこっという効果音がつきそうなキラキラした笑顔を向けてきた。まぁ、仕方ない、と思いながらも少し嬉しかった。
「山村和真くんのお弁当美味しそうだねー!」
本当に美味しそうと思っているのだろう、よだれが垂れそうになっている。変なやつだなと思いながらも、少女のお弁当を見てみる。だし巻き卵とタコさんウインナーが入っている。ご飯の上には顔のように貼られた海苔があった。キャラ弁というやつか?
「ねね、ちょっと頂戴!私のタコさんあげるから!」
「何がほしいんですか?」
彼女が「これ!」と言って指さしたのは少し焦げた唐揚げ。焦げてるけどいいの?と訊いても、元気よく頷くもんだから、一つだけあげた。代わりにもらったタコさんウインナーはすごく美味しかった。彼女も俺の失敗した唐揚げを幸せそうにほうばっていた。ふと、何を思いついたのか不思議な顔になって訊いてきた。
「このお弁当、山村和真くんが自分で作ったの?」
「そうだけど…。」
するとパァッと顔を輝かせて、
「すごーい!料理上手なんだね!」
と言ってきた。俺が料理上手…?そんなの誰にも言われたことがない。父にも母にも妹にも、料理を振る舞ったことがあるが、何も言われなかった。そんなこと言ってくれるのはこの少女が初めてだ。
「山村和真くん、これからも一緒に食べようよ!」
食べ終わったのか、こっちを向いて前のめりに言ってきた。不思議と嫌ではなかったし、むしろ嬉しかったから、快く了承した。
ー放課後ー
俺は何もすることがないので、さっさと家に帰る支度をした。出席日数が危ういから、明日も来なければいけない…。憂鬱感で肩を落としていると、またあの少女が俺のところにやってきた。と言っても彼女は俺の前の席だが。
「山村和真くんは部活とか入ってないの?」
こくんと頷くと、すごく驚いた顔をするもんだから、こっちも驚いてしまった。そんなに俺が何か部活をしているように見えるだろうか?
「やっぱりそうなんだ!」
やっぱりって。少しだけ傷ついた…。俺が落胆した顔をしているにも関わらず、彼女は、にこやかな笑顔で話しかけてきた。
「私も、部活入ってないの!一緒に帰ろー!」
なんと。こっちのほうがびっくりだけどな。…あ。こいつ転入生か…。
「いいですけど、俺そんな喋りませんよ…。」
と返すと、「いーの!」と言って俺の腕を引っ張った。何故かその時、こりゃ、明日も少し期待しても良さそうだな、と思った。