テラーノベル
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#切ない
#長編
草凪葉月🌙⭐️🐈⬛@活休中?
第十話 銀鈴
地下室へ続く階段の上から、無数の足音が響いていた。
「朝倉朔也!!大人しく出てこい!!」
怒号が地下へ反響する。
朔也は静かに息を吐いた。
懐には、銀鈴の日記。
これを奪われれば終わる。
「……絶対に渡さない」
低く呟く。
提灯の火が揺れる。
その時だった。
リン——。
鈴の音。
朔也は顔を上げる。
地下室の奥。
暗闇の中に、白い影が立っていた。
銀鈴だった。
「……こっちです」
静かな声。
朔也は迷わず駆け出した。
地下通路のさらに奥。
そこには、細い抜け道が続いていた。
「こんな場所が……」
「昔、遊女たちが逃げるために使っていた道です」
銀鈴は前を歩きながら言う。
その姿は昨日より薄く見えた。
今にも消えてしまいそうで、胸が痛む。
「銀鈴」
呼びかける。
彼女は振り返らない。
「お前、消えるのか」
一瞬だけ沈黙が落ちた。
「……分かりません」
小さな声。
「でも、もう長くはない気がします」
朔也は唇を噛む。
「なら尚更、勝手にいなくなるな」
銀鈴は少しだけ笑った。
「困った人ですね」
「誰のせいだと思ってる」
その言葉に、彼女は泣きそうな顔をした。
抜け道を進んだ先は、川沿いの倉庫裏だった。
外は激しい雨。
夜明け前の薄暗い空。
「これからどうするんですか」
銀鈴が静かに問う。
「決まってる」
朔也は懐の日記を握る。
「全部暴く」
天野屋。
奉行。
吉原の闇。
銀鈴を殺した連中を。
「危険です」
「今さらだ」
銀鈴は目を伏せた。
「……やっぱり、止められないんですね」
「当たり前だ」
朔也は真っ直ぐ彼女を見る。
「お前が命を懸けて残したものだろ」
雨音の中。
銀鈴は静かに笑った。
「ありがとうございます」
その笑顔が、あまりにも綺麗で。
だからこそ、苦しかった。
三日後。
江戸中に、一つの噂が広がった。
『天野屋に幕府の役人が踏み込んだ』
遊女の売買。
不正な金の流れ。
消された人間たち。
すべての証拠が表へ出た。
黒瀬忠明は捕らえられ、天野屋も取り潰しとなった。
だが。
清継だけは消えた。
まるで最初から存在しなかったみたいに。
「逃げたか……」
朔也は橋の上で呟く。
空には、薄く春の光が差していた。
事件は終わった。
なのに。
胸の奥には、ぽっかり穴が空いたままだった。
その夜。
朔也は、初めて銀鈴と出会った部屋へ来ていた。
静かな座敷。
窓の外では、桜が揺れている。
「……終わったよ」
誰もいない部屋で呟く。
返事はない。
もう現れない気がしていた。
銀鈴は、役目を終えた。
きっと。
もうこの世に留まる理由はない。
「……馬鹿だな、俺」
笑おうとした。
だが声が震えた。
「結局、お前を救えなかった」
俯く。
拳を握る。
悔しかった。
どれだけ真実を暴いても。
どれだけ戦っても。
銀鈴は戻ってこない。
その時だった。
ふわり、と香が漂う。
甘く、懐かしい香り。
朔也はゆっくり顔を上げる。
窓際。
月明かりの中に、銀鈴が立っていた。
「……銀鈴」
彼女は静かに微笑む。
「泣かないでください」
「泣いてない」
「嘘です」
少しだけ昔みたいに笑う。
朔也は立ち上がった。
今度こそ消えてしまいそうで。
「行くのか」
銀鈴は静かに頷く。
「はい」
その姿は淡く透けていた。
もう時間がない。
朔也は唇を噛む。
言いたいことは山ほどあった。
なのに。
何一つ言葉にならない。
銀鈴はそっと目を細めた。
「私、幸せでした」
静かな声。
「朔也様に出会えて、本当に良かった」
胸が締め付けられる。
「だから、お願いです」
彼女は優しく笑った。
「生きてください」
またそれを言う。
朔也は苦しそうに目を伏せた。
「……簡単に言うな」
「ごめんなさい」
「お前がいないのに、どうやって」
声が震える。
銀鈴の瞳にも涙が浮かんでいた。
「それでも、生きてほしいんです」
桜が舞う。
月明かりの中で、銀鈴はあまりにも綺麗だった。
まるで最初から、この世の人じゃなかったみたいに。
「朔也様」
最後に、彼女は小さく笑う。
「愛していました」
その瞬間。
涙が零れた。
銀鈴の姿が、桜の花びらみたいに崩れていく。
「待て……!」
伸ばした手は届かない。
リン——。
鈴の音だけが響く。
そして。
銀鈴は、静かに消えた。
春。
それから数年後。
吉原跡地には、小さな桜の木が植えられていた。
朔也はその木の前に立つ。
風が吹く。
桜が揺れる。
その時。
どこかで鈴の音が聞こえた気がした。
朔也は静かに目を閉じる。
忘れた日は、一度もない。
叶わなかった恋。
救えなかった人。
それでも。
確かに愛していた。
この、美しくて残酷な世界で。
ただ一人。
君の名前を、呼び続けながら。
ここで、ヨハクからコメント!
次回が、「宵に咲く、君の名を」の最終話となります。
ぜひ、最後まで応援していただけると嬉しいです。
コメント
1件
いよいよ次が最終話なんですね……。第10話、涙が止まりませんでした。銀鈴が姿を消す瞬間の描写が美しすぎて苦しくて、何度も読み返しました。「愛していました」の一言に、全てが詰まっていると思いました。朔也が生きていく決意をしてほしいという銀鈴の願いも切なくて。最後の桜と鈴の音の伏線が、また心に刺さります。最終話、しっかり見届けますね。ここまで紡いできてくださって、本当にありがとうございます。