ナジュ父は拳が上がりきらなくなっていた。拳を腹の位置に持っていくのが精一杯。顎に何発かもらっているからか、脚も少しふらついている。
しかし、気迫は今までよりも増しており、それだけでムツキを震わせることもできていた。
「まったく本気でないことくらい、拳を交わせば分かる! 婿殿は実に強い! わしなんか足元にも及ばんことくらい分かる! だが、わしは婿殿を本気にできぬ漢ということか!」
「そんなことはありません! ですが!」
「にゃ、にゃ、にゃ、にゃー!」
ムツキが本気を出せば、大地さえも真っ二つに割れたかと思うくらいに大きな崖ができる。それを生物が受ければ、一たまりもないのは誰もが理解できる。
「ならばあ……本気の一発で来い! でなければ、ナジュは返してもらうぞ!」
「な、ナジュは返しません!」
「本気も出せぬ男に女が守れるか!」
「後悔しても知りませんよ!」
「舐めるなっ!」
「分かりました……いきます! はあああああああああああああああああああ」
「にゃにゃっ!? にゃーっ!」
ナジュ父の気迫がムツキの本気を誘発する。ムツキの周りの大気や大地が震え、魔力の高まりが感じられる。ネコさんチームは怯え気味に全員が集まって団子のように固まる。
「え、分かりました、じゃなくない!? ちょ、ちょっと、ダーリンの本気!? 今まで本気出さないように気を付けていたのに、姐さんパパに完全に感化されてるよ!」
「ちょっとマズいぞ……すっかり2人とも場に呑まれてる……姐御の父上はタダじゃ済まないぞ!」
「どう考えても、確実に死にますわね……あれだと……いくらナジュミネさんのお父様が強いと言ってもダメージも受けすぎていますし。というか、ここにいること自体がマズいかもしれませんよ!」
「カイ、とめなさい! ムッちゃん、やめて!」
「マスター、終わりです! それはいけません! この試合は終了です!」
「にゃあ! にゃあっ!」
女の子たちが口々に男2人を止めようとするが、語らいに夢中になり過ぎているのか、その声が彼らの耳に届くことはなかった。
「あああああああっ! おらあああああああっ!」
「来おおおおおおおいっ!」
溜まりに溜まったムツキの渾身の一撃がナジュ父に向かって、放たれようとしている。2人の距離が一気に縮まり、風圧だけでナジュ父が吹き飛んでもおかしくはなかった。
「旦那様! お父さん!」
「あなた! ムツキさん!」
「む!」
「はっ……」
突如、2つの怒りの声が聞こえる。ナジュミネと、今しがた到着したナジュ母の声だった。ムツキの拳は直前に虚空に向かって放たれ、その瞬間に凄まじい風が巻き起こっていた。もしこの一撃がナジュ父に放たれていたら、間違いなく息の根が止まるだろう。
さらには、村も周りの皆もタダで済まない事態に陥っていることは想像に難くない。
「正座!」
「正座!」
「むむ……」
「はい……」
ナジュミネとナジュ母の声が重なる。ムツキは静かに言われた通りに正座をする。ナジュ父も言葉に従ったのか、体力が尽きかけているのか、膝が地面に着き、正座のような姿になる。
「2人ともいい歳をして、何をしているのかな?」
「拳の語らいだ……」
「そう、その、拳の語らいを……」
ナジュミネの問いに、ナジュ父は淡々と答え、ムツキは少し慌てた様子で答える。
「程度を弁えなさい! 治るものならまだしも! あなた……そりゃ、あなたは後悔しないでしょうよ! けど、残された方が後悔することになります!」
「本当に心配したんだからね! お父さんのバカ! 旦那様のバカ!」
「むむむ……」
「…………」
ナジュ母やナジュミネが目尻に涙を浮かべながら言い放つので、ナジュ父もムツキも返す言葉が見つからずにほぼほぼ黙っていた。
「ムツキさんもムツキさんです!」
「は、はい……」
「だいたい、旦那様はなんで……キルバギリーが止めた時に、なんでやめないの!」
「お義母さん、ナジュ……その、ちょっと、あの……」
ムツキに体裁を考える余裕はなかった。ちらりと、リゥパやサラフェ、キルバギリー、コイハ、メイリを見るが、彼女たちもジト目で怒っているので、助け舟など出るはずもない。
「いや、婿殿は悪くない。わしが言ったからだ」
「お父さんには聞いてない! 黙ってて!」
「むむむ……むぅ……」
ナジュ父がムツキをフォローするも、ナジュミネにそのフォローは一蹴された。ナジュミネは涙をボロボロと流しており、さすがのナジュ父も狼狽えている。
「むぅ、じゃありません! あなたを叱るのは私です! こっちを見なさい!」
「むぅ……」
その後、ナジュ母はナジュ父を、ナジュミネはムツキを、とめどなく叱り続けている。この頃には、リゥパたちは段々と不憫に思ってきたのか、ムツキとナジュ父に少しだけ同情していた。
「あー、姐さんというか……あの母娘には……逆らっちゃいけないね……」
「カイは昔ね、最強と言われた時期があるらしいのよ……」
「つまり、先代(?)最強と当代最強が正座させられている上でお叱りを受けているのですね……」
「最強を屈させる母娘か……」
その後、大の男が2人して小一時間ほど説教を受ける。もちろん、酒の席があるわけもなく、ムツキは怒りと涙が収まらないナジュミネとほかの女の子たちを連れて、家に帰ることになった。
「ナジュ……ごめんな……」
「……知らぬ! 妾の気持ちも分からぬ旦那様など知らぬ! ふんっ!」
帰ってからもナジュミネの機嫌が直るまで、周りに促されて彼女にくっついて謝っていたムツキだった。
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