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ザアアアア……といきなり降ってきた雨は、すぐにも制服を濡らし、ずしりと鉛のように衣服の重みが増した。



(天気予報では晴れだって言ったじゃねえか)



部活は休み。

夏には引退というのに、練習量がかなり少ない気がする。最後の大会も備えているというのに、これでいいのかと、ここ最近部活動を頑張り始めた俺はガラにもなくそんなことを思った。中距離走、そしてハードル走。二つの種目を交互にやってきたが、俺は一人前を向いて走ることが好きだった。何も考えずひたすら決められたコースを踏みしめること。障害を跳び越えて前に進んでいくこと、それが爽快で、まるで自分の人生みたいだった。

俺の人生の道は全然安定していないし、いきなり足を引っかけられるような暗闇だった。だが、俺のやっている2つの競技に当てはまるところだっていくつかはあった。ただひたすらに走り続けること。どれだけ前が見えなかろうが、兎に角俺は歩みを止めなかった。後ろを振向かなかった。後ろから誰かが追いかけてくるとか、隣の奴にこされたとか、そういうのは気にしずに、ただひたすら過去の自分をその場においていくように、前へ前へとかけていく。



「雨宿りできる場所……」



今日は、叶葉との約束は無い為、いつも待ち合わせている公園を見かけたが素通りしようと思った。だが、俺は公園のベンチに座っていた人物を見つけると自然と足が止ってしまった。走っていたが為に聞えていなかった雨の音が、耳に戻ってくる。



「綴……?」



そのふわふわとした白髪は相変わらず目立っていた。白いジャケットに、紫色の独特な結び方をしているマフラー。間違いなく綴だった。あれが綴じゃないなら、一体誰だというのだろうか。幽霊でもあるまいと、俺は無意識のうちに公園の敷地内に入っていく。

いつもなら、人の気配を感じれば気づくはずの綴は呆然と空を見上げたままそこで黄昏れていた。

綴の横まで何の障害もなしに、逃げられることもなくたどり着いた俺は、綴に何て声をかけようかと考えた。あの日以来まともに喋れていないのに、今更声をかけるのも何だと思ったからだ。スクし戸惑っているのかも知れない。俺が間違っていたと後ろめたさと罪悪感があるから喋れないのかも知れない。でも、このチャンスを逃したら、もう次はないような気がして、俺は固く閉じていた口を開こうと必死に唇に力を入れた。すると、開いていたアメジストの瞳がゆっくり閉じられ、綴の方から口を開いた。



「何だよ。梓弓」

「綴……こんな所にいたら風邪引くぞ」



スラムにゴミ溜めで育った綴はこんなことで風邪など引かないと分かっていたが、何となく会話の切り口としてこう言葉をかけるのが正解だと選んだが、綴は俺の方を向こうともしなかった。そんな偽善者みたいな言葉、誰でも言えるだろうと、言ってくるようで。

現にその言葉に似合うような傘もない。

雨の音ばかりが増していき、さらに俺たちの関係を冷たくしていく。



「……綴、俺が悪かった。あの時は、お前の気持ちを考えずに。気が動転していた」

「…………」

「お前を傷つけた自覚もあった。だから」



言い訳だ。耳が痛くなるような誰でも考えつくような言い訳に、自分で言っていて口が腐りそうだった。なら、そこでやめれば良いものの、どうにか綴の機嫌を取ろうとする。俺がかつて、クソ親父にやったみたいに、相手に怒られないようにと、機嫌取りの相手が望んでいるような言葉を。

だが、綴がこんな言葉を望んでいないことぐらい分かっていた。綴はそんな奴じゃない。それは、俺が一番分かっている。



「……つまんねえ、言い訳。聞いてて、耳が腐りそうだぜ」

「綴」

「今更謝りに来たか? 一年も時間あって、今更。奇跡的にも、クラスは一緒で席も隣で、あーもう、きっても切り離せないんだなあって、僕は思った。だけどなあ、梓弓。お前のそのクソ雑魚優柔不断依存メンタルのせいで全て台無しになったんだよ!」



カッと目を見開いて、綴は俺を睨み付ける。殺意の籠もったアメジストの瞳に俺は身動きが取れなくなる。

綴の言うことは、ごもっともだった。

俺は、何もかもが中途半端なのだ。今も、誰かの言葉があって、背中を押されているようなものだった。

でも、俺が綴に話し掛けたのは、そんな誰かが後を推してくれたからじゃない。グッと奥歯を噛み締めて、俺は口をどうにか開いた。



「俺は……確かに弱くなったと思う。だが、それは――ッ!?」

「言い訳聞くのは、僕に勝ってからにしろよ。久ぶりに殺ろうぜ、梓弓」



頬をかすったナイフが、傷口からツゥと赤い血が流れ出した。



「……分かった。殺りあってやる」



いつもの俺なら、こんなことはしなかっただろう。



「矢っ張り、接近戦は苦手かよ! 梓弓!」

「……ッチ」



綴に渡されたサバイバルナイフで、一対一の本気の殺し合いが始まった。雨で人通りが少ないとは言え、誰かが通るかも知れない公園で、通報されたら何て言われるか分かったもんじゃないのに、俺達はそこで戦っていた。暗殺者は、ターゲットに気づかれることなく任務を遂行出来ることを求められている。俺達がやっているのはただの殺し合いだった。

雨で足下が泥濘んでいる上、苦手な接近戦で上手く立ち回れるはずもなく、ナイフを受け流すことで精一杯だった。その上、跳んで跳ねてと遊具を利用しての攻撃には、俺は成す術もなかった。



「……ッ!」

「ほら、どうしたんだよ。そんなんじゃ一生かかっても勝てないぞ?」

「……うるせえ」



綴は楽しそうに笑いながら、俺に向かってくる。まるで、遊ばれてる気分だ。だが、綴は俺の攻撃をかわすことなく、すれすれのラインで辺りに来る。

綴の異常性癖だ。

興奮すればするほど神経が研ぎ澄まされるとも聞く。そうやって自分を追い詰めて昂ぶらせた方が暗殺者にとってはいいのかも知れない。だが、その後の反動を考えると簡単には使えない。脳を一時的に活性化させる薬のようなものだ。



(……動きはいつも通りキレているが、殺しにきてるって感じではない)



いつもならもっと殺し合いを心から楽しんで笑っているような奴なのに、どうもそれを今日は感じなかった。まるで、迷いがあるような刃に違和感を覚える。

だが、避けなければ死ぬのには変わりない。

俺は、綴が攻撃してくるであろう場所に狙いを定めて、ナイフを振るう。

ガキィと鈍い音がして、綴に止められる。綴は、俺の振るったナイフを止めると、フッと乾いた笑みを漏らす。



「おい、梓弓。お前、本気で僕を殺すつもりあるのか? さっきからずっと防御ばかりじゃねえか」

「……」

「……ああ、そうか。そういうことか」



綴は何かを悟ったように目を細めると、俺から距離を取る。そして、手に持っていたナイフを仕舞う。

雨が降っていて良かった。相棒が泣いているのに気づかないふりを出来たから。

綴は、きっと俺を殺したくないのだ。そして、この瞬間だけ、殺されたくはないのだと。



「僕の好きだった鈴ヶ嶺梓弓はもういないって事か。矢っ張り僕は――」

「んなわけないだろ! 目の前にいるんだよ!」



俺はそう言って駆けだし、綴に自分の持っていたナイフを握らせ、自分側に引っ張った。そうして、俺の頬をかすり、地面にナイフが突き刺さる。俺の上に倒れる形で乗り上げた綴は、何が起きたのか信じられないというように目を丸くしていた。



「俺は、お前の孤独に気付いてやれなかった。お前は、ずっと死にたいとばかり思っていたからな」

「は、は、何言い出すんだよ。急に、僕はそうだ。そう、梓弓が教えてくれただろうが! 僕は死にたがりだって、死に場所を求めてるって……それをお前が否定するのかよ!」

「お前にはあったんだ!」

「は?」



俺の言葉に呆気に取られた綴は、ぽかんと口を開けていた。

俺の言った言葉の意味を理解していないようだった。

でも、それで良いと思った。俺は、綴に知って欲しかったんだ。似たような境遇で育ったこいつに、誰かといる温かさを知って欲しかった。

俺が友人から貰ったこの温かさを、今度は俺が誰かに教えてやる番だと。



「お前の時は、あの紛争から、子供の時に止っちまった。お前が死に場所を求めるようになったのも、仲間がしんだから! お前には、その仲間を思いやる心があったんだよ! 残ってたんだ! だから、一人は寂しいって思ったんだろ!? 俺が空澄の元に行って、離れていくのが、お前には耐えられなかったんだ、また一人に戻るのが」

「あず……ゆみ」

「だったら! ……だから、俺は…………あの時俺は、お前の孤独に気付いてやれなかった。一年間凄く後悔した。自分の未熟さと、視野の狭さに……お前の顔をしっかり見てなかった」

「…………」

「許してくれとは言わない。殴りたきゃ、殺したければそれでもいい……殺されたいんだったら、殺してやる。だが、お前が望んでいるものを与えてやれるのは、今この世界で俺たった一人だ。どうする、綴」



脅し文句だな、と思いつつ、自分の語彙力のなさに撃沈もした。

伝えたい言葉があった。出もその言葉を上手く形に出来ない。感情に乗せても稚拙で、その幼稚さが浮き彫りになってしまう。でも、伝えなければただの思いだ。思いを言葉にして伝えることで、ようやく相手に伝わるものだ。

俺は、綴を抱きしめて、優しく彼の白髪を撫でた。ふわふわとしたそれは、雨の中でも柔らかい感触を伝えてくる。

綴は、抵抗することなく大人しくしている。ただ、俺の肩口に顔を埋めて小さく震えているだけだった。

綴は、しばらく黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。

雨音にかき消されそうなほど小さな声だったが、確かに笑っていた。



「何だよそれ」

「綴?」

「馬鹿みたいな、相棒《恋人》のプロポーズ、僕が受け取らないわけないじゃないか」



そういった綴は顔を上げて、無邪気に笑っていた。

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