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私の目の前に幻の光景が現れた。


いや、これは頭の中で私の記憶が再生され、あたかも幻を見ているかのように錯覚しているのだ。


そこは月の明かりもささない闇夜の黒百合の花畑。吹きすさぶ風は冷たく、亡者の嘆きの様な風音を鳴らしていた。


「父上、母上……うわあああああああああああ!」


少年の泣き叫ぶ声が響き渡る。


年の頃は12歳くらいだろうか? 可愛らしい黒の獣耳とモフモフの黒尾が特徴的だった。


彼は大きな墓標の前でうずくまり、泣きじゃくっていた。


「僕に王なんて無理だったんだ……! 一人はもう嫌だ。本当の僕は誰よりも臆病者で、魔物だって本当は怖いんだ。父上、母上、助けて、僕を助けてよ!」


少年は叫びながら、怒りをぶつけるように何度も地面を右手で叩きつけた。土に石が混じっていたのか、叩いた瞬間に怪我をし、痛みに顔をしかめた。


「ボクはなにをやっているんだ……? 地面を叩いたってなにも変わらないのに、あまつさえこんな怪我までして情けないにもほどがある……!」


その時、黒百合の花畑に近づく小さな影があった。


少年はその気配に気付くと、狼狽した様子で振り返った。


「誰だ⁉」


そこには白銀の髪のなびかせた幼い少女の姿があった。


間違いない。これは幼い頃の私だ。


私は不思議そうに首を傾げながら、泣きじゃくっていた少年に話しかける。


「あなた、どうしたの? なにをそんなに泣いているの?」


「こ、これは、その、違うんだ!」


少年は慌てた様子で涙を拭う。


私は彼の右手から血が流れているのに気付くと、慌てて駆け寄った。


「あなた、怪我をしているじゃない⁉ ちょっと私に見せてみて!」


私はそう言うと、強引に彼の右手を掴み上げる。


少年は獣耳や髪の毛を逆立てると、険しい表情で私を威嚇して来た。


「いきなりなにをするんだ⁉」


その時、少年の左手の爪が鋭利な刃物のように鋭く伸びた。


私はそれに構うことなく彼の右手を握ると、両手に神聖魔力を込め始めた。


「怖くないから大丈夫よ。ちょっと待ってて。私が治してあげる!」


彼の傷を癒したいという願いが神聖魔力に変換され、柑子色の光が溢れ出す。


治って、と祈りの言葉を心の中で呟くと、癒しの光が彼の右手を包み込んだ。


彼の傷は一瞬で癒えた。もともとかすり傷だったのだ。ヒールを使うまでもなく、きっと獣人の回復力なら一日もかからず完治していたに違いない。でも、幼かった頃の私はそのことを知らず、必死に彼の傷を治してあげようと必死の思いでヒールをかけたのだ。


「これでもう大丈夫よ」


「君は傷を治せるの⁉」


「ええ、でもまだ初歩のヒールしか使えないんだけどね」


誰かの役に立つことが出来てとても嬉しくなって、私はニッコリと微笑んだ。


すると、彼の表情から険相が消失すると、真紅の双眸が憧憬によく似た輝きを発し興奮した様子で私に話しかけて来る。


「十分凄いよ! だってボク、こんな凄い魔法、初めてみるもの!」


「そう言ってくれると私も嬉しいわ。誰かに喜んでもらえるのって、それだけで心が温かくなるから」


「あの、よければ君の名前を教えてくれないかい?」


「私? 私はミアよ。あなたは?」


「ボクの名前はルーク」


「ルーク? 素敵な名前ね」


心からそう思い、私は何だか嬉しくなって微笑んだ。


すると、ルークは褒められて照れ臭そうに頬を染めた。


「あ、ありがとう。ミアこそ素敵な名前だと思うよ」


「ふふ、ありがとう」


私達はお互いの名前を褒め合うと、無邪気に微笑みながら見つめ合った。


ライセ神聖王国の姫という立場と聖女の肩書のせいで私には友達と呼べる存在がいなかった。周りにいるのは身の回りの世話をしてくれる侍女や教育係の神官や先生だけ。他には護衛の衛兵と騎士くらいしかいなかった。同年代の子供と話す機会もほとんどなかった。


だからなのかもしれない。私はルークに名前を訊ねられて本当に嬉しかった。故国では私のことを知らない人間はいなかったから、生まれて初めてだったかもしれない。名前を訊ねられたのも同年代の男の子と対等の立場でお喋りしたのも。


その時、そよ風が私の頬を凪いだ。そよ風は黒百合の花の甘い香りを私の元に運んでくる。


「あれ? そう言えばここは何処なの?」


黒百合の香りに気付いたおかげで、ようやく私は見知らぬ土地にいたことに気付いた。


「え? 何処って……夜の国だけれども?」


ルークは目を丸めながらそう言うと首を傾げて見せた。


彼の黒い獣耳がぴょこぴょこ動くのが見えた。


その時になって私はようやくルークが獣人であることに気付いた。


「ここが夜の国? それならまさかルークって獣人さんなの⁉」


夜の国も獣人も全てお伽噺の存在だとばかり思っていた私は、心の底から驚くと共に、まるで絵本の中からヒーローが現れたかのような気になってとても嬉しくなった。


一瞬、ルークから殺気立ったような尖った空気が漂って来る。彼は警戒したように身構えると、私の全身を見回した。


しかし、すぐに警戒を解いたかのように穏やかな表情を浮かべると、ルークはニッコリと微笑んだ。


「実は、ボクはこの国の王様なんだよ」


夜の国や獣人が実在していたことだけでもビックリだったのに、更に目の前の素敵な男の子が王子様ではなくて王様であることを知って、私の驚きは限界点を超えた。


驚きの連続で心が弾んだ。こんなに楽しい時間は初めてだった。


「えええええ⁉ ルークって凄く立派で偉い人だったのね⁉」


私は瞳をキラキラ輝かせると、尊敬の眼差しでルークを見つめる。


しかし、私の予想に反して、何故かルークは寂しそうに視線を下に落とした。


「ボクなんて立派でも何でもないよ。王だってのに初歩的な炎魔法しか使えないし」


そう呟くルークの顔に悲痛な色が浮かんだ。苦しそうに顔を歪め、ギリギリと歯噛みする。


「ボクはあまりにも弱すぎる……本当は誰よりも強くならないといけないのに……!」


ルークは唇をキュッと結ぶと、辛そうに俯きながら拳を握りしめた。


私はその時、ルークがとても悲しんでいるように見えた。


だって、私もそうだったから。ニーノのことを考えている時の自分とルークの姿が重なった。


ルークを慰めてあげたい。そう思い、私は自然と彼の頭を自分の胸に引き寄せていた。


私の突然の抱擁に対し、ルークは唖然となりただ固まる。


「泣きたい時は思いっきり泣くといいわ」


「でも、ボクは夜の国王で、誰よりも強くならないといけなくて、他人に涙を見せるわけには……⁉」


「よしよし、ルークは良い子ね。でも、ここには私しかいないから、泣いても大丈夫よ」


ルークはそれでも抵抗を試みるようにプルプルと身体を震わせた。


私は更に腕の力を強めてギュッとルークを抱きしめた。


次の瞬間、堰を切ったかのようにルークの鳴き声が響き渡った。


その時、私はルークを愛おしいと思った。


子供ながら母性にでも目覚めたのかもしれない。


私はルークが泣き止むまで彼を優しく抱擁し続けた。


心は優しさと愛に満たされ、私も心地良さに浸るのだった。

汝に我が尾と獣耳を捧げよう──。

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