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ーその世界は病んでいた。幽かに、女の声がする。
「ねえ、私のために泣いてよ」
それは、繰り返し聞こえ、闇の中で震えていた。
「ねえ。私のために泣いてよ」
読経が声と重なる。
「南無阿弥陀南無阿弥陀南無阿弥陀 ねえ、あたしのために泣いてよ 南無阿弥陀南無阿弥陀南無阿弥陀 ねえ 南無阿弥陀南無阿弥陀 あたしのために 南無阿弥陀南無阿弥陀 泣いてよ 南無阿弥陀ー」
赤黒く滴り落ちる液体。
鉄の臭いと腐敗臭。
指に出来た切り傷と絆創膏。
指先は水膨れになって、白くふやけた皮が捲れ上がる。
剥き出しになる白銀の骨。
美しく輝く。
血の世界で溺れている。
女の首が見える。
縄が掛けられる。
左右に揺れる女の身体。
3人の子供たち。
女の脚を無邪気に引っ張って弄ぶ。
筆が走る。
「怨」「救」「裏通」「三峯」「水」「炎」「死」「念」「枡」
次々と浮かんでは消えていく文字。
絡み合う舌。
男女の激しい息づかいが聞こえる。
顔は見えない。
蛇のように蠢く真っ赤な舌は、怪しげな糸をひきながらくねる。
ぬめる。
ゆれる。
その糸は、白から赤へと変化した。
「ペッ」
千切れた舌が足元に落ちる。
炎がヌラヌラと広がる。
その中央に、炭化した人間の身体が棄てられている。
両手脚を天に掲げているそれは、風に吹かれて灰になって消えた。
鈴が鳴る。
朱色の鳥居が現れる。
再び鈴が鳴る。
鳥居の陰に、痩せた女の姿が浮かぶ。
泣いている。
首に縄をかけられたまま、ただ泣いている。
鈴が鳴る。
女は、鳥居の真下に立った。
「ねえ」
女の足下に穴が開く。
鳥居と女の首とを結ぶ縄が、一直線に伸びる。
ギリギリと生々しい音が聞こえる。
「行かなくちゃ…」
水面に、蓮の花が浮かんだー。