そこは、不思議な空間であった。
真っ暗な空間にコユキは一人で立ち尽くしていた。
いや、立っていると言う表現は正確では無いかもしれない、何しろコユキの足元には床や地面の様なものは存在せず、周囲と同じ様に真っ暗な空間があるだけだったのだ。
その空間の中に、只コユキは浮かぶでもなく、じっとしたままで存在していたのである。
何も無い空間に向けて、コユキは不安そうに声を掛けた。
「すみません! 誰かいませんか? ここはどこですかぁ?」
コユキは辺りをキョロキョロするが、返事は返ってこなかった。
益々不安な気持ちが高まったコユキは逃げ出そうとするが、そもそも言葉を発する意外、体はピクリとも動かすことが出来ないのだ。
不安は恐怖に変わり、今にも泣き出しそうになった瞬間、目の前の闇から、浮かび上がるように三つの人影が姿を現した。
人影は同時に現れた長机に並んで座っていて、それぞれ別々の行動をしていた。
向かって左の人影は、長机の上に置かれたノートPCに向かって、何かを入力している様で、一瞬だけコユキの方へ視線を移すと、
「へっ!」
と馬鹿にした様に言って、また画面へと視線を戻してしまった。
真ん中の人影は長机の上に片肘を付いた姿勢のまま、目の前に置かれたタブレット用だろうか、スタイラスペンをクルクル指先で回し続けている。
コユキには一瞥(いちべつ)もくれないで、時折、不機嫌そうに溜め息を洩らす度に、頭にちょこんと乗せたベレー帽が大きく動いている。
右端の人影は、数枚のコピー用紙の束と、赤いボールペンを持ち、なにやら真剣な表情で書き込んでいるようだったが、そのままの姿勢で誰へとも無く口を開いた。
「ふ~ん、『クソ運営』、ねえ……」
一瞬、何の事を言っているのか分からなかったコユキが声を掛けようとすると、それより早く右側の人影が言葉を続けた。
「あとは、『禄(ロク)でもない』に『馬鹿運営』っと、へえぇ~」
そこまで聞いて、漸(ようや)くコユキは思い当たった、今日幸福寺を出る前に自分が、世を儚んで口にした言葉である。
「ふんっ!」
真ん中のベレー帽が、スタイラスペンをタブレットの上で滑らせながら、不機嫌そうな声を出した。
すると、コユキのふっくらとした体が縦に細く伸ばされて行き、締め付けられた様な痛みが全身を襲った。
「痛い! 痛たたたたたたた!」
暫(しばら)く激痛に悲鳴を上げ続けたコユキだったが、ベレー帽がタブレットに何かをすると、元の状態に戻って大きく溜め息を吐(つ)き、言った。
「はあぁ~、な、何をするのよ!」
「さぁねぇ? なにしろ、『ゴミの運営』だからねぇ~」
コユキの問い掛けに対して目も合わさずに答え、ニヤニヤしているようだ。
「なっ?」
驚いたように短く発したコユキに対して、今度は左側の人影が、キーボードを叩きながら言った。
「突然コユキは酷い頭痛に襲われた、っと」
パチンと勢い良くエンターキーを押した瞬間、コユキの頭に激しい痛みが齎(もたら)された。
「ああああああああ」
暫く(しばらく)コユキの苦しむ姿を見続けて、左の人影はバックスペースキーを何度か押下(おうか)したが、それが終わるとコユキの頭痛は嘘のように消え去ったのだった。
こうなってしまっては、幾ら鈍くて重い、所謂(いわゆる)鈍重(どんじゅう)なコユキであっても、目の前の人影達の正体について、察する事が出来た。
コユキは恐る恐る話し掛けた。
「あの、貴方がたは若(も)しかして、『運営神』様でしょうか?」
左側のPCの前の人影が、ぞんざいに答えた。
「あぁー? 馬鹿に見えるんだったら、そうなんじゃねーの?」
そう言って、机のPCの脇辺りをバンッ! と勢い良く叩き、真ん中のベレー帽が続けて言った。
「コイツの目とか、消してみよっか? ははは」
「ひっ!」
目を消されては堪(たま)らないとコユキはぶるぶる首を振ろうとするが、残念ながら体は一切動かすことが出来ないままだ。
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