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鷹槻れん

53,239
篠原愛紀
821
シャルルが入学してから一ヶ月。
その「王国一の愛され王女」としての噂は瞬く間に学院中に広がり、彼女の後ろにはいつも、その愛らしさに憧れる新入生たちの輪ができていた。
しかしある日の放課後、中庭の回廊で、シャルルは何人かの高圧的な少年の集団に通せんぼをされていた。
中心にいるのは、隣国からやってきた傲慢な留学生の第一王子だった。
「やあ、可憐なシャルル王女。ルミナスの姫君は噂以上の美しさだ。どうだろう、そんな冴えない公爵家の跡取り(シエル)など捨てて、大国である我が国の妃にならないか? 君のようなゆるふわで守られるべき妖精には、僕のような強い男が相応しい」
留学生の王子は、シャルルの華奢な肩に馴れ馴れしく手を伸ばそうとした。
――だが、その手がシャルルに触れるより早く。
パシィィン! と、空間を引き裂くような冷たい音が響いた。
「――我が国の第一王女殿下に、気安く触れようとするな。不届き者が」
いつの間にかシャルルの前に立ちはだかっていたのは、筆頭補佐官であり彼女の婚約者、シエルだった。
シエルはアストリア家に代々伝わる魔導手袋を嵌めた手で、留学生の王子の腕を容赦なく叩き落としていた。
その眼鏡の奥の切れ長の瞳は、かつてないほど冷酷な、刺すような怒りの光を宿している。
「な、なんだお前は! たかが補佐官の分際で、この僕に――」
「たかが、ではありませんわ。シエルは私の、世界で一番大切な婚約者です」
シエルの背後から、シャルルがひょこっと顔を出した。
その琥珀色の瞳には、怯えなど微塵もない。
いつものひだまりのような「ゆるふわな笑顔」のまま、鈴を転がすような声で、淡々と、しかし容赦のない正論を紡ぎ始めた。
「それに、大国の王子様ともあろうお方が、我が国の法学と歴史を全く学ばずに留学してこられたのですね。我がルミナス王国と貴国は、三十年前の条約により、王族の婚姻には双方の議会すべての可決が必要不可欠。個人のアプローチなど何の意味も持ちません。……見た目だけでなく、中身も随分と『ゆるふわ』でいらっしゃるのですね?」
「な、なな……っ!?」
笑顔のまま完璧な法理でプライドを木っ端微塵にされた留学生の王子が、顔を真っ赤にして絶句する。
「お見事ですわ、シャルル様。ルミナスの王族たるもの、それくらいの気概がなくては」
さらに、回廊の奥から、息を呑むほど美しい二人の影が歩み寄ってきた。
三年生のステラとジョシュアだった。
ステラは、あの聖夜に贈られたサファイアのネックレスをきらめかせながら、完璧な淑女の佇まいでカツカツとヒールを鳴らす。
「他国の王子ともあろうお方が、我がアストリア家の跡取りであり、皇太子の右腕であるシエルを『冴えない』などと……。それは、我がアストリア公爵家への宣戦布告と受け取ってもよろしいのかしら?」「ステ、ステラ様……っ!?」
王国一の高嶺の花であるステラから放たれた、有無を言わせぬ絶対的な威圧感。そしてその隣では、ジョシュアがサファイアブルーの瞳を氷の如く冷え切らせ、留学生の王子を完全に見下ろしていた。
「僕の妹と、僕の最も信頼する親友(シエル)を侮辱した罪は重い。お前たちの国との関税優遇措置は、本日を以て全て白紙に戻す。今すぐ僕の目の前から消え失せろ。二度と、彼らに近づくな」
次期国王としての圧倒的な覇気。ステラ、ジョシュア、シエル、そしてシャルル。
ルミナス王国が誇る、最強の頭脳と美貌を持つ二対のカップルに完全に包囲された留学生たちは、恐怖にガタガタと震えながら、一目散に逃げ出していった。
「……はぁ。まったく、これだから殿下の血筋は、兄妹揃って人を惹きつけすぎて困る」
嵐が去った後、シエルがやれやれと眼鏡のブリッジを押し上げながら、小さくため息をついた。
すると、シャルルが嬉しそうにシエルの腕をギュッと抱きしめる。
「ふふ、シエル。さっきの『我が国の第一王女殿下に触れるな』って言った時のシエル、とっても、とっても格好良かったです!」
「っ……、シャルル、だから公私の区別を……」
またしても耳を真っ赤にして視線を彷徨わせるシエル。
そんな兄の姿を見て、ステラはジョシュアの腕にそっと手を添えながら、クスクスと楽しそうに笑った。
「お兄様ったら、本当にシャルル様には敵いませんわね」
「全くだな。だが、シエルがこれほど独占欲を露わにするとは珍しい。僕たちの甘さをいつも邪魔するお仕置きとしては、最高に愉快な見世物だったよ」
ジョシュアはそう言うと、周囲の目を盗んでステラの細い指先を優しく絡め、引き寄せた。
「さあ、邪魔者も消えたことだし、僕たちも生徒会室に戻ろうか。君を僕だけの空間で、思い切り甘やかしたい」
「もう、ジョシュア様ったら……」
最愛の人の変わらない溺愛に、ステラは上品に頬を染めながらも、幸せそうにその胸へと寄り添うのだった。
コメント
1件
第11話、読み終えました。留学生の王子を前に、シャルルが笑顔のまま法理で論破していくシーン、痛快すぎて声が出ました。でも何より、シエルの「我が国の第一王女殿下に触れるな」の一撃――あの瞬間の冷徹な口調と、後でシャルルに褒められて耳を赤くするギャップが、もうたまらないです。ステラとジョシュアが颯爽と加勢してくる流れも、二対のカップルの結束が感じられて、読んでいて気持ちが良かったです。