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意識を現実に引き戻した俺は、エミリの手を握る。
『母がごめん。結婚相手を探すと言っているけれど、絶対に断るし、俺にはエミリしかいない』
『……ううん。遠からずこうなるとは思っていたから、あんまり驚いてない。……以前から経理部長は厳しいって話は聞いていたけど、悪いけどプライベートでもなかなかね』
エミリの言葉を聞き、俺は思わず笑う。
『だろ? 自分の母を毒親とは言いたくないけど、……悲しい事に〝なかなか〟なんだ』
俺はエミリの手を握ったままエレベーターに向かう。
『でも俺はもう、萎縮しているだけの子供じゃないし、自分の未来は自分で決める。エミリがご両親の支配から卒業するように、俺もそうしなきゃいけない。……好きな女性にいい顔をしたくせに、親に決められた相手と結婚するなんて、絶対にしちゃいけないんだ』
俺は脳内に父を思い浮かべる。
『俺は絶対愛する人と結婚して、子供にたっぷり愛情を注いで幸せな家庭を築く』
決意してエレベーターの〝上〟ボタンを押した時、エミリが『ねぇ』と俺の手を引いた。
『そんな恐い顔しなくていいのよ。私は大丈夫。怜香さんに歓迎されない事は分かっていたし、ああいう扱いをされるのも慣れてるわ』
『慣れなくていいよ』
彼女に話しかけられて少し怒りが冷めた俺は、溜め息交じりにその言葉を否定する。
『……こういう扱いに慣れたら駄目なんだ』
『ありがとう』
母があんな失礼な事を言ったというのに、エミリはニコニコしている。
結婚するのだからこういう時ぐらいは『嫌だった』と正直に言ってほしかった。
でもエミリの事だから、俺に気を遣わせまいとしているのだろう。
『ロビーで待っていたのを見たと思うけど、合鍵は持ってるけど、余程の事がなければ家に勝手に上がり込む事はないから安心して』
『うん』
その後、帰宅してシャワーを浴び、家政婦さんが作ってくれたご飯を食べ終えたあと、エミリが言った。
『余計な事かもしれないけど、速水部長……、尊さんにも歩み寄ってあげてね』
『ああ』
頷くものの、尊とは会社ですれ違っても言葉を交わさないし、向こうも関わりたくないと思っているだろう。
歩み寄りたいとは思うものの、どうやってアプローチすればいいか分からずにいる。
『尊さんはきっと、とても傷付いているだろうけど、風磨さんが自分を加害しなかった事は理解していると思う。当時は何も言えなかった、できなかったのは事実だろうし、今、二人の間には高い壁ができていて、容易に話しかけられる状態にないのも分かってる。……でも、急に仲良くなるのは無理でも、敵じゃないと伝える事はできると思うの』
『そうだね』
気の重たい事だが、いつかは向き合わなければならない問題だと感じていた。
『怜香さんの理解を得るのは難しそうだけど、尊さんなら私たちの事を祝福してくれそう』
『確かに』
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#短編
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というか、尊は我関せずという感じで『どうぞお好きに』と言うだろう。
『祝福してくれる人は、一人でも多いほうがいいわ』
『頑張ってみるよ』
『あとね……。私、母方の祖父母と養子縁組ができないか、頼んでみたい。私の実母があの人なのは変えようがないけど、継父とは訴訟してでも離縁したい。あの人の遺産なんて要らないし、風磨さんに頼らなくても自分一人で生きていける女になりたい』
『え……』
俺に頼らなくても、の下りを聞き、思わず声が漏れる。
すると、エミリは慌ててフォローした。
『違うの。風磨さんと結婚する意志がないとかじゃなくて……。……ほら、私ってまだ新卒扱いじゃない。なのに入社した途端、副社長と結婚したなんて言ったら周りからどう思われるか……。〝周りなんて気にするな。大切なのは俺たちの気持ちだ〟って言いたいのは分かる。でも私は自立するために勉強を頑張って篠宮ホールディングスに入ったわ。そこで運良く風磨さんに見初められたからといって、〝あがり〟になるのは嫌なの』
彼女は眉間に皺を寄せ、絞り出すように言う。
『面倒臭い事を言っているのは承知してる。せっかく風磨さんが覚悟を決めてくれたのに、台無しにするような事を言ってごめんなさい。……今の私はとても恵まれた状況にあるけれど、御曹司に見初められて結婚してハッピーエンドは嫌だわ。……それだと、今まで必死に努力してきたものが水泡に帰すような気がする
エミリの気持ちを理解した俺は、頷いて微笑んだ。
『分かった。今すぐ結婚するとは言わない。ご家族との関係にケリをつけたいのも理解したし、自立するためにひたむきに頑張ってきた君が、楽な道を選ぶのをよしとしないのも分かる。……でも、出産時になるべく危険にならない年齢のうちに子供がほしいし、〝いつまでも待つよ〟とは言わない。けど、あと数年待つぐらいなら構わないよ』
そう答えると、エミリはフニャッと脱力して声を上げた。
『あぁ……! 良かった……。我が儘を聞いてくれてありがとう』
『むしろ、余計に君を好ましく思ったよ。人って可能なら働きたくないって思うだろうし、楽な道に魅力を感じるじゃないか。でもエミリは自分の人生をとてもまじめに歩んでる。その気持ちを尊重したい』
『ありがとう。風磨さんが恋人で良かった』
最上級の褒め言葉をもらった俺は、『そう思ってもらえて良かった』と照れ笑いを浮かべた。
そのようにして母に快く思われないながらもエミリとの生活を続け、二年が経った。
その間、エミリは両親に隠れて祖父母と養子縁組をすべく、ちょくちょく祖父母の家へ通い、これまで自分の身にあった事を打ち明けた。
祖父母はショックを受けたようだが、エミリは『これは私と継父の問題だから、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんがあの人と対立する必要はない』と訴えたそうだ。
自分は丸木の遺産を必要とせず、新しい生活の基盤を整えている。
望むのは両親との接触がない生活であり、祖父母と養子縁組をしても特に何を要求するでもなく、強いて言うなら丸木ではない姓がほしいと伝えた。
祖父母の説得は割とすんなり行き、エミリは祖父母の姓の冨永を名乗る事に成功した。
が、会社では丸木エミリとして入社し、周囲に馴染んだので、プライベートを詮索されるのも嫌なので、そのままで通すとの事だった。
弁護士を立てて継父に離縁を申し出た件については想像通りに揉め、その争いは長期化する事になった。
その頃、エミリの実家関連とは別の問題が浮上した。
母が尊とエミリを結婚させると言い出したのだ。
コメント
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エミリの「楽な道に甘んじたくない」っていう覚悟、すごく響きました。御曹司に見初められたからってそこで終わりにしない、自分の努力を水泡に帰したくないっていう気持ち、めっちゃ分かる……。風磨さんがそれをちゃんと理解して「余計に好ましく思う」って言えるのも素敵だな。2年後にまた新たな波乱がありそうだけど、二人なら乗り越えていける気がします🤍