「旦那様……」
話をしているうちに暴言を吐いたシュケーナ家当主であったが、キャビに静かな静止命令に我にかえる。
「と、失礼いたしました。
私は当時の公爵家として各領地へ資金提供してまいりました。それの返済を諦めた家のご当主たちが領民の確かな生活を約定に、私に領地を泣く泣く売ったのです」
シュケーナ家当主が会場に目を向けた。
「卒業間近だったご子息ご令嬢を卒業させてやりたいと我慢し、本日、爵位売却をなさいました」
会場はいつの間にかガランとしていた。ルワン家二人も、ネヘイヤ家二人も、ミュリム家二人も、そしてマリリアンヌもすでにそこにはいなかった。
「あ、そうそう。平民になった者たちは王城高官も王宮メイドも王宮執事も近衛兵も退職しましたので、あしからず」
「何っ?!!」
「なんですとっ!!」
皆も驚いていたが、イエット公爵とボイド公爵が殊更大きな声を出した。
「まさかっ!? 大臣たちもお辞めになられたのですか?」
ルワン家当主、ネヘイヤ家当主、ミュリム家当主は大臣を務めていた。
「もちろんですよ。先程ご本人たちも平民になったと申していたではありませんか。
平民の文官はおりますが、平民の大臣というわけにはいきますまい。
近衛兵、王宮メイド、王宮執事は平民にはなりえない職です」
「一般文官は!?」
外務大臣のボイド公爵が聞く。
「個人の考えに任せておりますので、そこまではわかりかねます」
「騎士団員は退職などしておりますまいな!?」
騎士団団長イエット公爵が怒りなのか慄きなのかワナワナと震えた。
「それも個々の問題です」
実際には今回シュケーナ家に領地を譲った家の関係者たちは文官も騎士団団員も退職している。
「急ぎ確認せよっ!」
イエット公爵が周りを見ながら命令するが誰も動かない。シュケーナ家当主の差配で本日の警備はかの関係者たちで構成されていたので、マリリアンヌたちとともにこの会場から姿を消している。
イエット公爵もボイド公爵も青くなった。
「では、両陛下、外務大臣殿、騎士団団長殿。お世話になりました。キオタス侯爵夫人もお元気で。我々はこれにて失礼いたします」
シュケーナ家当主とその後ろにいたキャビと執事二号が頭を下げてから出口へ向かう。
「あ!」
シュケーナ家当主が笑顔で振り返った。
「ちなみに。
ノイタール殿下もそちらのお三方と同様ですよ。婚約者であった我が娘マリリアンヌを愚弄する行動をきっちりとしております。
我が家は元婚約者のご両親が娘に興味を示さなかっただけマシですかね? ワハハ!!
ん? そういえば、元婚約者のご両親様は他家のこれまでの経緯を聞いておられぬかぁ。
ボイド公爵。後程説明してやってください。
それから、ルワン家、ネヘイヤ家、ミュリム家への謝罪については私が窓口になりますが、しばらくは慌ただしいと思いますので、数ヶ月後にご連絡いたします」
シュケーナ家当主が踵を返す。両陛下はすでに腰から砕け落ちているし、イエット公爵とボイド公爵はシュケーナ家当主の様子を見て追うのを止めた。
しばらくの間、誰もが動けずにいた。
「イエット公爵。我らがしっかりせねばなりますまい」
「そうですな」
二人は気合を入れ直し、残った生徒たちを仕切って場を収めた。
馬車の中でシュケーナ家当主は遠くの空を見つめる。
「なんとか間に合ったな……」
十七年前、シュケーナ公爵家にそれは可愛らしい可愛らしい女の子が生まれた。
シュケーナ公爵家らしい黄緑の髪に黄色の瞳を持った女の子だ。
「きゃああああ!!!」
母親であるシュケーナ公爵夫人ケルバは産湯でキレイにされた女の子をメイドから受け取ると悲痛な声で叫んだ。
女の子はびっくりして泣き出し、ベッドの脇で笑顔で親子を見つめていたシュケーナ公爵サイモンは笑顔のまま固まった。
「貴方! 貴方! 大変よ! この子、マリリアンヌだわ!」
「ケルバ!? 僕は君に僕の考えていた子供の名前を教えたかい?」
「いえ、貴方からは聞いていないわ。でも、わたくしにはわかるの。わかってしまったの。この子はマリリアンヌだわぁ!!!」
ケルバは女の子マリリアンヌを抱きしめ泣き出した。サイモンはマリリアンヌをケルバから受け取りメイドに預け人払いをした。
妻に寄り添い抱きしめる。
「ケルバ。頑張ってくれてありがとう。少しおやすみ」
ケルバはサイモンの胸の中で気を失うように眠りについた。
翌朝、サイモンがケルバから聞いた話は荒唐無稽としか言いようがない話であった。
まだ生まれてくる王家の子が男の子かもわからないのに、マリリアンヌは来月生まれる王子と婚約すること。
王子が三歳になる頃、現国王陛下が逝去すること。
その後、現王太子が即位するのだが、まさに愚王であること。
マリリアンヌが学園へ入学すると王子が浮気をして、マリリアンヌがその相手を虐めること。
そして、卒業パーティーの席で断罪されその場で牢へ入れられ何者かに殺されてしまうこと。
両陛下が無駄遣いをしすぎで国庫が枯れてしまい、それを打破するためにシュケーナ公爵家の財産を狙い、マリリアンヌを言い訳にしてシュケーナ公爵家は潰されること。
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