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一つのセリフから話が広がっていくのがすごかったです、、、。曲の方も聴いてみたんですけど 何処となく儚い悲しい雰囲気がぴったりで、今回も素晴らしかったです~!
『コネシマくんのこと、わたし、沢山知れたよ』
確か、最後に彼女の声を聞いたのはそれが最後だったと思う。沢山知れた、なんて言っているけどその表情にどこか曇りが見えたのを今でもまだ覚えている。
あの日は、夏だった。
ろくに日付なんて覚えていない。でも祭りに行った日だというのは覚えていた。もう3年も前の話だ。その時そこでを食べたか、何を話したか、何を見たのか、忘れてしまうのには十分な期間だった。
だけど、その言葉だけが記憶に強く刻み込まれたかのように頭に焼き付いていた。
今年の夏も、祭りがやっていた。
彼女と付き合う前の、祭りに誘うか誘わないかを葛藤しているあの時のことを思い出した。
ベッドに寝っ転がって、スマホのトーク画面を何度も開いては閉じて、”一緒に祭り行かへん?”と液晶に指を踊らせてはその言葉を消していた。何回、繰り返したのだろう。
結局その日は祭りに誘えなかった。彼女からの誘いを待ってみたりもした。だけど何も無かった。電話はならなかった。通知音すら、聞こえなかった。
部屋の小さな窓から花火が見えた。
離れた距離からでも見惚れてしまうくらいには綺麗だった。でも、彼女と見れたらもっと綺麗なんだろう思った。勇気のなかった自分を酷く恨んだ覚えがある。
翌年、彼女と付き合うことができた。
彼女はよく俺の事を知りたがった。どうでもいいことも、すごく細かいことも、既に知ってるであろうことも。
だけど、何を答えても彼女の表情からは隠しきれない不満のようなものが溢れていたのを、俺は気づいていた。だけど、何もいえなかった。聞けなかった。
『コネシマくんのこと、わたし、沢山知れたよ』
最後の言葉だったそれも、本心じゃなかった気がする。すこし寂しそうに笑ってた気がする。
去り際に残したそれに、何故か言葉が出なかった。何かに喉元を塞がれたような感覚がして声が出なかった。弱そうに揺れる白い腕を握ろうと思って手を伸ばそうとしたけど、張り付いたように動いてくれなかった。
それから、彼女は姿を見せなくなった
聞きたいことが沢山あった。俺の事を知ったら終わりなのって、俺が満足する答えを出せなかったからなのって。
目が覚めた。久しぶりにあの時の夢を見た。ふと目を向ける、彼女が何回か寝たはずのベッドのシーツには、もう彼女が残していった皺も香りも、思い出すらも絡めとって消し去ってしまったみたいで苦しくなった。
珍しく外が静かだった。もうヒグラシは鳴き止んだのだろうか。
携帯を見る。もう10月に入っていた。感覚的にはまだ8月で、自分の記憶があの祭りの日で止まっているような気がして思わず呆れ笑いが零れた。
今でもあの、なにもかも手遅れだった夏を思い出す。思い出す、と言ってもろくに覚えてることはないけど、それでもたしかに夏だった。彼女がいた、あの季節だけが特別だった。いまでも夏の訪れには敏感になる。
祭りに行けば彼女に会える、そんな気がした。もし会えたら、彼女が本当は何を知りたかったのか聞こうと思った。
すこしだけ、特別だけど憂鬱にもなる夏の訪れを楽しみにしている自分が、電気の消えた仄暗い寂しい空間に、確かにいた。
参考 夏に遠回りする/まちがいさがし