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金色の満月が空を照らし、星々の輝きを掻き消す夜。皆が寝静まったのを確認し、見張りの目をかいくぐり私は聖女殿にある大きな庭に来ていた。
昼間のアルベドからの手紙の事が頭から抜けず、寝ようにも寝れなかったため気を紛らわすため、同じく昼間眺めていた庭に足を運んでいた。
昼間とは違い、噴水の音だけが絶えず響く庭には静寂ばかりが支配していた。
あの太陽の果実も、満月の光を頼りにほのかに光り輝いている。
「……最悪、殺害予告じゃん」
はあーっと大きくため息をつき、噴水の縁に腰掛けた。
そして、またもや頭を悩ませる。
(一体何の用なのよ……殺害予告か、脅迫状にしか見えないのよ……)
私はもう一度ため息をついた。
アルベドと会ったのはあの夜のほんの数分だけ。それも出会いは最悪だった。
けれど、あの状況で私が聖女だって気づくことは出来たのだろうか。
「いや、私思いっきり聖女って口走ってたわ……最悪」
自分で自分にツッコミを入れ、再び頭を抱えた。
確かに、聖女だって口走った。でも、あの時は真っ暗だったし私の姿を見ていたとは思えない。それに、その後一回も会ったことないし……
「いいや、だから聖女だって言った時点で積んでんのよ! 私の馬鹿!」
容姿がどうであれ、聖女と言ったら今や私しかいないのだ。
だから、私だって気づかなくても聖女に手紙を送りつければ良いだけの話なのだ。
あの時、人生最大のピンチだったとは言え自分の言動を悔やんでも悔やみきれない……
そんな風に、自問自答とボケ突っ込みを一人繰り返していると、背後からコツンと石畳を踏む音がした。
私はビクッと肩を震わせ、振り向くとそこには、見覚えのある男が立っていた。
男は、金色の満月の光を一身に浴び、満月よりも輝かしい金髪に宝石より価値のあるルビーの瞳を爛々と輝かせていた。
「……リース、様……?」
私は自分の目を疑った。頬を思いっきり抓ってみるが、夢でも何でもない。
目の前にいるのは、間違いなくリース・グリューエンだ。
何故ここに……と言おうとしたが、それは彼によって遮られた。
彼は、少しだけ悲しげな表情でこちらを見ていた。その視線があまりに真っ直ぐなものだったので、息をするのも忘れただただ彼に引き寄せられるかのように、私は彼を見つめた。
「エトワール」
そう、自分の名前を呼ばれたとき、弾かれたかのように意識がフッと戻ってきた。
「久しぶりだな、エトワール。俺と会わない間に、俺の顔でも忘れたか?」
「わ、わ……ッ! そ、そんなわけ、ない、ないから! 近いぃいいッ! 眩しいッ!」
急に距離を詰められ、反射的に後ずさりしてしまった。
しかし、それさえも許さないというようにリースは私の腕を掴み、逃げられないよう強く握ってきた。
あまりの力強さに思わず顔を歪めてしまう。
けれど、推しに腕を捕まれているというこの上ない幸福に身体は綿のようにふわふわと浮いている。
(顔面暴力! 無理、爆発する!)
私は、これ以上捕まれていたら身体が爆散するのではないかと思い必死に抵抗した。
「はっ、離して……」
「嫌だと言ったら? お前が、逃げるからだろう」
「いや、別に逃げた訳じゃなくて……えっと、あの、ちょっとびっくりしただけです、はい。で、ですから……その、手を、手ぇー!」
何が言いたいのか自分でも分からなくなってきた。
ただ言えることは、とにかく私は恥ずかしくて仕方がなかった。
顔が爆発しそうなくらい熱くなり、心臓も壊れるんじゃないかと思うほどバクバクと脈打っている。
こんなに至近距離で見たのは初めてだし、何より、夜に二人きりという状況にこれまたあり得ないほど心臓が打つ。
「……分かった、お前が嫌がることはしない」
と、リースはスッと私の腕を放した。
私がその行動に驚き、リースを見たが彼は少し険しい顔で私とは違う方向を見ていた。
(……また、傷つけちゃった、のかな……)
そう考えただけで私の胸はズキンと痛んだ。
彼が傷ついたような表情をしていることが私には辛かった。
彼の頭上の好感度がチカチカと点滅し初め、今にも下がりそうな勢いで激しく点滅する。
私は、どうにか弁解しようと口を開いたがそれをリースが遮るようにして言う。
「ウンターヴェルト男爵は奴隷を取引していた」
私は一瞬何を言われたのかわからなかった。
しかし、リースは淡々と続ける。
「以前から、ウンターヴェルト男爵について探りを入れていたんだ。裏で闇取引をしているのではないかと。この国では奴隷の売買は禁止されている。勿論、奴隷という身分の撤廃も……しかし、奴は国の目をかいくぐり取引していた」
「……ごめん、話が見えなくて」
リースの言葉に頭が追いつかない。
ウンターヴェルト男爵……聞いたことがあるような、と鳥並の頭で必死に記憶を漁るがどうにもピンとこずリースを見た。
するとリースは、少し間をあけてから言った。
「この間、お前の足下で転がってた奴だ。あの胸くそ悪い夜の」
「……あ、ああ……ああ、あの」
ちょっと、リース様はそんな口悪くないわよ! と脳内でもう一人の自分が突っ込みを入れたが、今はそんなこと気にしている場合ではない。
私は思い出したのだ。
ウンターヴェルト男爵とは、あの夜アルベドに殺された人のこと。顔は暗くて見え無かったし、そもそも今の今まで忘れていたんだからその程度の人なんだろう。
また、それはそこまで問題じゃない。
「……っ、……っ」
私の身体は震えていた。
あの時感じた死の恐怖が蘇ってきた。死んだら終わりなのだと思い知らされたあの瞬間。
血の臭いと、ギラリと輝くナイフに……
そうして、不安な感情に押しつぶされそうになる。
「おい、大丈夫か?」
ハッとして顔を上げると心配そうな顔をしたリースがいた。
私は、とっさに笑顔を作り大丈夫。と返す。
リースはそれを聞くと安心したのか、立ち上がって私に背を向けた。
「そのことを伝えに来ただけだ。お前が心配するようなことはもうない」
と、きっと私があの時少しでも疑われていたことを気にしていたのだろう。
彼なりの優しさだったのだろうが、別にそんなことはどうでも良かった。
「ねえ、それだけ……?」
「それだけとは?」
「そのことを伝えに来ただけなのかなって……その……」
私に会いに来てくれたわけじゃないの?と彼に聞きたかったが言葉が上手く出てこない。
こんなことを言ってしまえばまるで私が彼を待っているみたいではないか。
それに、もし違ったら恥ずかしい。
しかし、リースは何も言わずに黙っていた。そして、少ししてから彼はゆっくりと振り返る。
「口実を作らないと、会いに行けない……」
そう言ったリースの顔は酷く落胆しているように見えた。
ルビーの瞳に影が差し、寂しさと苦しみに耐えているような瞳。
「えっと、それってどういう意味……?」
彼の言っていることがよくわからず、首を傾げる。
「……何でも無い。お前は本当に鈍感だな」
「鈍感って……」
私はしつこく問いただしたが、リースはそれ以上何も言うつもりはないらしく、私に再び背を向けてしまった。
「リース……」
闇に消えていく背中を見て、私は何処で間違えてしまったのだろうかと……再び不安と自分への失望で胸が一杯になった。