翌朝の目覚めは最悪だった。
それは、夜の出来事も相まって悪夢を見てしまったからだ。
「エトワール様? どうしたの?」
「……何でもないよ。リュシオル」
朝食の準備をしながら私の顔色を伺い、心配そうに見てくるリュシオルに私は何も返せずベッドの上で膝を折り顔を埋めた。
昨日ようやくリースに会えて話せたというのに、会話らしい会話は出来ず一方的に切られ彼は何も言わず帰ってしまった。
私が避けていたせいもあるが、彼の方から避けられているということも少なからずある。
(何で、こうなるんだろう……)
あれは夢だったのではないかと思うぐらい、昨日の記憶はおぼろげだ。しかし、私の脳裏にはあの眩い金髪が張り付いて剥がれない。
夢であったのなら、もっと彼に言うべきことがあったのではないだろうか。
そう考えると、また罪悪感で押しつぶされそうになる。私はそんなに強い人間じゃないから。
「……はぁ、駄目だなぁ。朝からこんなんじゃ……」
「ため息をつくと幸せが逃げるわよ」
「そんなの、迷信じゃん」
と、返すとリュシオルはやれやれと言った感じに首を振る。彼女は私同い年なのに、たまにお母さんみたいなことを言うのだ。
「そうだ、手紙送ってくれた?」
「ばっちりよ。でも、本当に行くつもり?」
「……まあね、聞きたいことがあるし」
リュシオルは、そうかもしれないけど。と言い淀む。確かに、今の私では不安だと彼女も分かっているのだろう。
「まあ、会うだけだし。殺されるようなことはないだろうけど……だって、一応攻略キャラだし」
私はそう言って、もう一度ため息をつく。
昨日アルベドから来た手紙を悩みに悩んだ結果、返した。それをリュシオルに送って貰ったのだ。
正直、私だってあいたくないし、もう会いたくないともいったけど一応攻略キャラで地位的には公爵……私的な理由で手紙を返さないのも、会いに行かないのもあれかと思い、苦渋の決断の末会いに行くことにしたのだ。
だが、やはり乗り気ではない。し、今すぐ何処かに逃げてしまいたい。
そもそも、攻略キャラでありながら私を殺しかけ……脅した人に会いに行くのは自殺行為なのではないかとすら自分でも思っている。
しかし、行かなければ行かなかったで後々面倒なことになりそうだったので、行くしかない。それに、もしかちらこれは避けては通れないメインイベントかも知れないし……
「矢っ張り行きたくない!」
「もう返事出しちゃったんだから、腹くくりなさいよ」
と、私は頭を抱えながら言うとリュシオルは呆れたように肩をすくめた。
そんなこと言われても、無理なものは無理なのだ。
もうどうにでもなれと半ば自暴自棄になり、私は頭の中でシミュレーションを開始する。
けれど、あの手のタイプに何を言ったらいいのかわからない。
私が知っているのはヒロインルートのアルベドだけで、彼がエトワールルートでは彼女にどう接して、話していたかも……本編ストーリーとは違って、暗殺者として出会っているためによって性格の違いは多少出るだろうし……それに、彼のルートは全くプレイしていなかった為に、私は本当に彼のことが分からない。
むしろ、知っていたらこんなことにはなっていないはずだ。
「ねえ、リュシオル」
「何?」
「もしもさ、私がアルベドに殺されそうになったとして……」
「ちょっと! 縁起でもないこと言わないでよ!!」
「ごめんって、でも、仮定の話だから」
「もう、わかったわよ……」
リュシオルはそう言いながらも、私を心配そうな目で見てくる。
「それなら、私もついていくわ! 屋敷のことは他のメイドや執事長に任せて、私はエトワール様についていく」
「リュシオルぅッ!」
私はリュシオルに抱き着いた。そして、ぎゅっと抱きしめる。彼女は少し苦しかったようだが、何も言わずにそのまま受け入れてくれた。
やっぱり、リュシオルは優しい。
私の一番の親友だ。
リュシオルは、はいはい。といった感じで頭を撫でてくれたが、思い出したかのように指を鳴らした。
「けど、私よりもうんと頼もしい人も一緒についてきてくれるはずよ」
「へ?」
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「お久しぶりです。エトワール様」
「グランツッ!」
二日後、聖女殿の前に止った馬車の前で私は亜麻色の髪の青年に再会した。
彼は、変わらず無表情だったか心なしか穏やかで私との再会を喜んでくれているようだった。
「ひぃいん……何だか大きくなった気がする。前より筋肉もついたし、大人びたような……」
「身長は変わってないと思いますが、成長期は過ぎているので」
そう言って、彼は春の小川のような瞳を私に向けた。
相変わらず綺麗な顔立ちをしていると思う。
この世界に来てからというもの、美形を見すぎて耐性ができてしまったせいか、あまり感動はしない。
確かに、変わっていないと言われればその通りなのだが、心なしか彼の身体は大きくなっている気がしたのだ。それは、ここ数週間の特訓の成果によるものなのだろう。出会った時よりか、肉付きも良くなっているし、なにより、顔立ちだって、精巧に作られた人形のような綺麗さがさらに際立っている。きっと、彼の中で何か吹っ切れたんだろう。そして、自信がついたのだろう。
「うぅ……本当に、大きくなって」
「エトワール様?」
グランツに変な目で見られているが私は気にしなかった。
私が育てたわけじゃないけれど、小さかった犬が大きく成長したような感動があるのだ。
それに、グランツは成人していないため、扱いとしては子供。私も年上としてちゃんと面倒を見てあげなくてはという気持ちもある。
私が感慨深く思っていると、それまでグランツの後ろで黙って立っていたプハロス団長が口を開いた。
「聖女様、彼はここ数週間の厳しい稽古に耐え抜きました。まだ、未熟ではありますが聖女様の護衛は務まるかと……私が保証します」
「……」
そう言ってプハロス団長は頭を下げ、それに習うようにグランツも頭を下げた。
相変わらず口数が少ないなあと思いつつも、それももう慣れたため私はグランツと向き合った。顔を上げたグランツの翡翠の瞳と目が合った。
初めは、ガラス玉みたいな目をしていたのにすっかり輝いて……
ふと彼の好感度を確認すると48になっており、私は目を丸くしたと同時に安心感を覚えた。
(順調……っと)
グランツの好感度を見て、私は自然と口角が上がる。彼を攻略するにしろ、しないにしろ好感度は上げておいた方がいい。
いつ一気に下がるか分からないし、私は常に死と隣り合わせなのだ。
悪役聖女だから……
「エトワール様準備が出来ましたよ」
と、リュシオルが馬車の準備が出来たと声をかける。
「うん、今行く」
私は短く返事をし、グランツの方を振返った。
グランツはキョトンとした顔で私を見ていたが、プハロス団長に背中を押される。
「何をしてるの? 早く、エスコートして。貴方は、私の騎士なんだから」
「……エトワール様」
「ね?」
そう言って私は手を差し出した。
グランツは一瞬躊躇ったが、私の手をそっと握った。
「はい、エトワール様」
気づけば、彼の好感度は50%になっていた。
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