テラーノベル
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第169話:主の限界言い訳(サーモ・ニュートラル・ゾーン)
外は氷点下二十度を下回る、十勝地方の容赦なき本格的な冬の夜。
だが、我が古民家の居間は、元・陸上自衛隊需品科の断熱ロジスティクス技術と、ミリタリー規格の超高効率熱循環システムを完全同期させた「最強要塞コタツ」によって、完全に人類の理性を破滅させる「世界一幸せそうな堕落空間」へと変貌を遂げていた。
そのコタツ布団の内部は、ひとたび足を踏み入れたが最後、絶対的な幸福の重力によって二度と地上へ這い上がれなくなるブラックホールそのものである。
畳の上では、お茶を飲みに来たはずの村長や村のおばあちゃんたちが、コタツに胸元まで深く沈み込み、魂を完全に吸い取られたようなトロンとした至福の表情で白目を剥いてとろけていた。
もはや言葉を発することすら放棄し、ただ「ふへへ……」「極楽じゃ……」と、脳内麻薬がドバドバと分泌されているような、締まりのない吐息を漏らすだけの肉塊と化している。
コタツの深淵(内部)では、キタキツネの兄弟であるコン吉とコン次郎が、完全に個体としての形状を維持できなくなり、プラズマ状の液体となって「キュウゥゥン……」と至高の寝息を立てていた。
さらに、縁側のガラス戸の隙間からは、体長3メートルの巨大ヒグマがその分厚い上半身をコタツ布団の中に強引にねじ込み、「グルルゥ……」と地鳴りのような極楽の鼻息を響かせながら、完全なる静止状態(フリーズ)に入っている。
そんな、野生の王者すらも一瞬でダメにする超重力空間の特等席で、我が家の絶対司令官である純白の神獣シロ様が、コタツの中から顔だけを出して優雅に丸くなっていた。
彼女がふと、五千万人ものリスナーがリアルタイムで羨望の絶叫を上げているスマホの画面へと視線を向けた、その瞬間だった。
立ち上るほうじ茶の湯気と要塞コタツの温もりの中で、シロ様の神秘的な『オッドアイ』の瞳が、左右で全く異なる圧倒的な神聖さを伴ってキラリと煌めいた。
左目のサファイアブルーは凍てつく十勝の冬空のようにどこまでも深く澄み渡り、右目の琥珀色はすべてをとろけさせる暖炉の炎のように気高く温かい。
その美しい二色の瞳をスッと細めたシロ様は、「ミャウ(画面の向こうの下僕たちが、また醜く羨ましがっているわね)」と低く喉を鳴らし、実にお上品に尻尾をパタパタと揺らした。
最強のネットワークインフラを通じて全世界へ生配信されている画面の向こうでは、この世の限界を突破した「人間も野生の王もすべてをダメにする超堕落空間」を目撃したリスナーたちが、完全に理性を消滅させてチャット欄を狂乱の渦へと叩き落とされていた。
『うわあああああ!!! ガチで楽園がそこにあるじゃねえか!!!』
『ヒグマとおばあちゃんたちが同じコタツでとろけてるのシュールすぎて腹痛いwwww』
『シロ様のあの美しいオッドアイに見つめられながらあのコタツに入れるなら、全財産失ってもいいわ』
『画面越しなのに、見てるだけで脳内麻薬がドバドバ出てくるんだが!?』
チャット欄が秒速数千行の速度で文字通り消し飛びかける中、世界の資本を牛耳る超弩級VIPたちが、その圧倒的な財力をもってチャット欄を完全に強奪(ジャック)した。
ピコーン! ピコーン! ピコーン!
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)三百連発』
中東のオイルマネーの巨頭が、画面全体を純金の弾幕で埋め尽くしながら、経済の常識を遥か彼方へと置き去りにする入札を叩き込んできた。
『”Incredible! That Thermoneutral Zone is the absolute defense! Master, I will deposit 10 billion yen to purchase that entire Kotatsu ecosystem! Move that bear aside!“(信じられない! その最適温度帯こそが絶対防御だ! 主よ、そのコタツの生態系を丸ごと買い取るために今すぐ100億円をデポジットする! そのクマを脇へのけろ!)』
石油王が勝手にオンラインオークションの開始を宣言した、まさにその数秒後。
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)三百五十連発』
冷徹なる欧州の金融王が、スイスフランの光の雨を降らせながら即座にそれを更新した。
『”A perfect thermodynamic efficiency! This sanctuary defies the laws of global economy! I bid 20 billion yen for the seat next to Shiro!“(完璧な熱力学的効率だ! この聖域は世界経済の法則を無視している! 私はシロの隣の席に200億円を投じる!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$5,000MeTubeギフト)四百連発』
『”Shiro’s eyes are more beautiful than any jewel in the world! I don’t care about the temperature, I just want to cuddle my King! I bid 50 billion yen!!!“(シロの瞳は世界のどの宝石よりも美しいわ! 温度なんてどうでもいい、私はただキングに抱きつきたいの! 私は500億円を投じるわ!!!)』
世界を動かす3大巨頭が、画面の向こうで完全に理性を消滅させ、コタツのたった1席(※現在はヒグマと村長たちで満席)を巡って、国家予算レベルの札束で殴り合う狂気のオンラインオークションへと突入してしまったのだ。
ゆうき あきや
4,132
259
#心理描写重視
『おいおいおい!!! たった数分でコタツの席の値段が天文学的レベルに跳ね上がったぞwwww』
『コタツの1平米あたりの地価が地球上でダントツのトップになった瞬間ww』
『500億円って小国の国家予算が買えるレベルじゃねえかww物価バグりすぎww』
『シロ様のオッドアイが「もっと競りなさい」って言ってるように見えてガチで魔性の猫すぎるww』
世界中の経済ニュースが一斉に「日本の限界集落のコタツ、時価総額数千億円に到達」と速報を流し始め、五千万人を超える世界中のリスナーたちが腹を抱えて大爆笑する狂乱のド真ん中で。
全員がコタツの圧倒的な重力に魂を抜かれ、完全にダメ人間(およびダメ動物)と化している中。
俺――アキヤは、ただ一人だけコタツの中へは一切足を入れず、コタツの「天板の上」に冷然と胡座をかいていた。
コタツの熱気から完全に独立したその天板の上で、俺は背筋をピンと垂直に伸ばし、おもむろに保冷バッグからいつものタッパーを取り出していた。
中に入っているのは、完璧な水加減で炊き上げられた冷たい『冷やし玄米』と、この冬の長期警戒任務に合わせてストイックに仕込んでおいた『大豆ミートの十勝産長いも和え・氷点下冷製仕立て』である。
俺は、コタツ布団の隙間から漏れ出るプラチナ色の熱気と、全世界からの数百億円の赤スパの光に照らされながら、一切の感情を排した元・社畜の無表情で、ストイックに冷たい大豆ミートの長いも和えを冷やし玄米の上にワンバウンドさせ、淡々と咀嚼し始めた。
バリ、ボリ、モグモグ……。
冷たい玄米が喉を通り抜けるたびに、俺の体内組織の温度が内側から物理的に冷却されていく。
外側からのコタツの熱放射と、内側からの戦闘糧食による冷却。この二つを精密に掛け合わせることで、俺は己の体温を寸分の狂いもなくストイックに調整し続けていたのだ。
コタツに首まで埋まってトロンとした目で「お兄さん……もう私、一生ここから動けない気がします……脳のシワが全部ツルツルに溶けていく感覚ですぅ……」と完全に廃人化していた小春ちゃんが、突如、俺のあまりにも異常な行動に気づいてガバッと起き上がった。
「って、ちょっとお兄さぁぁぁん!!! 周りのみんなも野生のヒグマも完全にコタツの悪魔に魂を吸い取られてとろけてて、画面の向こうでは中東とスイスとハリウッドが500億円の札束でコタツの席を奪い合う『狂気のオークション』が始まって世界経済がパニックになってるこの瞬間に、なんで一人だけコタツに入らずに天板の上で真顔で『冷やし玄米』をストイックにモグモグ咀嚼して体温調整してるんですか!! シュールすぎて頭がおかしくなりそうですよ!!」
小春ちゃんが完全に理性を消失させ、冬の間にお茶を運ぶために村のおばあちゃんから貰って物置に保管していた、本カシの木で作られた頑丈極まりない『特大・本カシ製お盆(ヘビーデューティー耐衝撃仕様・重量約3キロ)』を両手でハンマーのように大上段に構え、凄まじいジト目でツッコミを入れてくる。
だが、俺は玄米の咀嚼を止めない。
湯呑みの熱いほうじ茶で喉を潤すと、五千五百万人を突破して全世界の海底ケーブルを物理的にハングアップさせかけているカメラにキリッとした真顔を向け、いつもの『限界言い訳タイム』を発動した。
「小春ちゃん、取り乱すな。そして画面の向こうで、コタツの圧倒的な癒やしの引力に人類が敗北したと感動されている皆さまも、全員冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『画面が500億円の赤スパで埋め尽くされてるのに、絶対に認めない男!!!』
『主の限界言い訳タイム・最適温度帯編ww』
『さあ、この世界一幸せな堕落空間をどうやって現実的な事務処理のせいにするつもりだww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに言い放った。
「これは癒やしの引力ではない。哺乳類が最もエネルギー消費を抑えられる『最適温度帯(サーモ・ニュートラル・ゾーン)』に物理的に拘束されているだけの、極めて合理的な冬眠準備だ」
「はあああああ!? 最適温度帯ぃぃ!?」
小春ちゃんが素っ頓狂な声を上げる中、俺は冷徹に解説を続けた。
「環境温度が、生物が自力で代謝を上げ下げせずに体温を維持できる範囲――すなわち恒温動物における『サーモ・ニュートラル・ゾーン』に達した時、生物の筋肉は完全に弛緩し、エネルギー消費量は最小限に抑えられます。今、村長やヒグマたちが白目を剥いて硬直しているのは、この最強要塞コタツの熱対流が彼らの最適温度帯を完璧にロックオンした結果、生物学的なシャットダウンプロセス、つまり『極めて合理的な冬眠準備』が自動的に執行されているだけの物理現象です。私が天板の上で冷やし玄米を食べているのも、コタツの外殻熱放射による過剰な熱エネルギーの流入に対し、内臓温度を物理的に冷却することで、己の代謝バランスを常に一定に保つための『熱力学的恒常性(ホメオスタシス)維持訓練』に過ぎません。癒やされてダメになっているのではなく、ただの環境適応工学に基づく『熱的平衡状態』ですね」
「んなわけあるかあああ!!! どう見ても全員ただのダメ人間とダメ動物になってるでしょうが!!!」
バコォォォォォンッ!!!!
小春ちゃんが、持っていた重量3キロの特大木製お盆を全力で振りかぶり、俺の背中に向かってパーフェクトな満塁ホームラン級・お盆スマッシュを見舞った。
カシの木の超高密度な質量が肉体に直撃した、鈍くも骨盤を揺るがすような凄まじい大爆音が、古民家の高い天井へと虚しく響き渡る。
「ただの冬眠準備で、村の公金口座にリアルタイムで数百億円の本物の外貨が振り込まれて、村長さんのスマホが着金アラートの音で爆発しかけるわけないでしょうが!! お兄さんが作ったコタツの性能が凄すぎるのと、シロちゃんのあの綺麗なオッドアイの瞳の招き猫バフが混ざり合って、世界中の大富豪の経済観念を完全に破滅させちゃったんでしょうが!! 自分の作った防寒要塞が、世界最高の資産価値を持つ究極の聖域だってことを素直に認めなさいよ!!」
『小春ちゃんのお盆スマッシュ炸裂www(質量がガチすぎていい音)』
『サーモ・ニュートラル・ゾーン(どう見ても完全に白目剥いてとろけてる村長たち)』
『極めて合理的な冬眠準備(完全にコタツの魔力に敗北した野生の王)』
『適応力バグおじさん、ついに究極の堕落空間まで環境適応工学で片付けやがったww』
『言い訳の無理矢理さが、世界の生物学会から苦情が来るレベルww今日も腹痛いわww』
俺の理不尽極まりない生物学的な限界言い訳と、小春ちゃんのキレキレのお盆ツッコミに、コタツの中から顔だけを出してとろけていたシロ様は「ミャウ(ほんと、相変わらず手桶やお盆で叩かれても治らない特大サイズの屁理屈下僕ね)」と、満足げにその美しいオッドアイの瞳を細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
サファイアブルーと琥珀色の二色の瞳は、数百億円の数字よりも遥かに眩しく輝いており、彼女にとっては世界の富がどれほど動こうとも、この温かいコタツの中こそが至高の玉座であるようだった。
コタツ布団に頭を突っ込んでいた巨大ヒグマも、小春ちゃんのツッコミのリズムに合わせて「グゥ……」と楽しそうに鼻息を漏らし、お湯のように温かいコタツの熱を堪能しながら、のんびりと平和な冬眠準備(寝息)を立て続けていた。
「……まぁ、理由はどうあれ。陣地の最適温度帯(サーモ・ニュートラル・ゾーン)が完全実証され、村の公金口座が外貨で天文学的に潤い、これからの厳しい冬を完全にノーリスクで乗り切るための完璧な暖房燃料と最新の除雪重機(ロジスティクス)が宇宙の果てまで永久に確保されたなら、作戦としては完全勝利だ」
俺は背中のカシの木の凄まじい衝撃を少しだけさすりながら苦笑し、コタツの中から顔だけを出したシロ様の純白の頭を優しく撫で、湯呑みの熱いほうじ茶をゆっくりと飲み干した。
激務に潰されて逃げ込んできた、この限界集落。
最初は一人で静かに暮らすつもりだったが、今では世界一尊いオッドアイの神獣と、最強のモフモフヒグマ、世界一キレのある女子高生、そしてコタツの1席を巡って国家予算レベルのオークションを開催する大富豪たちに囲まれた、世界一バグっていて温かい『絶対の聖域』になってしまった。
神獣の魅せる冬の奇跡と、元需品科のブレない大豆ミート咀嚼、および最適温度帯(サーモ・ニュートラル・ゾーン)の限界屁理屈。
限界集落に爆誕した世界一高価な堕落空間は、要塞コタツの温もりと大爆笑に包まれながら、さらに強固になった絆と共に、明日からの新しい日常の物語へと、どこまでも力強く続いていくのだった。
コメント
1件
第169話、めっちゃ良かったです…!笑 もうね、コタツでとろけるおばあちゃんたちとヒグマのシュールさが最高すぎて脳がバグりました🤯 そして相変わらずアキヤさんの限界言い訳が冴え渡ってて、小春ちゃんのお盆スマッシュが炸裂する瞬間、声出して笑いました😂 サーモ・ニュートラル・ゾーンとか言い出すの、完全にアキヤ節だなって(笑) シロ様のオッドアイも綺麗で、みんなに愛されてる感じが伝わってきてすごく温かい気持ちになりました🩵 ゆうきさん、今日も元気と笑顔をありがとうございます!!