テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ゆうき あきや
4,132
259
#心理描写重視
第170話:コタツ布団の簀巻き
ドゴォォォン!という、本カシ製特大お盆による衝撃音が居間に鳴り響いた後。
俺――アキヤは、元・陸上自衛隊需品科の過酷な訓練で鍛え上げた頑丈な背筋のおかげで、辛うじて五体満足のままコタツの天板の上に踏みとどまっていた。
だが、人間の限界を超えた理不尽な屁理屈に対する小春ちゃんの怒りは、お盆の一撃ごときで鎮まるほど生易しいものではなかった。
「お兄さん。私のキレキレ正論お盆スマッシュを喰らっても、まだそんな寝言(最適温度帯)を言い続けるんですね?」
小春ちゃんの目が、完全に据わっている。
その背後には、まるで阿修羅か冬のブリザードかというほどの、凄まじい「ツッコミのオーラ」が渦巻いていた。
コタツの内部では、依然として村長やおばあちゃんたちが「ふへへ……」「もう動けぬ……」と魂を吸い取られた顔で白目を剥いている。
体長3メートルの巨大ヒグマも、コタツ布団に上半身を突っ込んだまま「ズピー……グォー……」と、地鳴りのようなイビキをのんびりと響かせていた。
そのヒグマの頭の上では、我が家の絶対権力者である神獣シロ様が、丸くなったままスッとその美しい顔を上げた。
冬の室内灯の光を反射して、彼女の神秘的な『オッドアイ』の瞳が夜空の星々のようにキラリと煌めく。
左目のサファイアブルーはどこまでも冷徹に、右目の琥珀色はすべてを包み込むように温かく輝き、簀巻き寸前の俺を「さあ、次のお仕置きタイムよ」と楽しげに見つめていた。
ジンバルに固定されたスマホの画面では、世界中から集まった五千万人を超えるリスナーたちが、チャット欄で腹を抱えて大爆笑している。
『主のお盆の耐久力バグってて草www』
『小春ちゃんの怒りゲージが限界突破(オーバーフロー)してるぞ!!』
『シロ様のあのオッドアイの冷ややかな視線、最高にご褒美です!!』
『おい見ろ、小春ちゃんが物置から何かヤバい兵器を持ってきたぞ!?』
リスナーの指摘通り、小春ちゃんはドサリと音を立てて、押し入れの奥から「ある物」を引っ張り出してきた。
それは、雪中行軍用の防寒物資として俺が倉庫に厳重に備蓄していた、予備の「極厚仕様・マイクロファイバー製コタツ布団(耐寒マイナス三十度対応)」だった。
「お兄さんのそのバグった屁理屈の口と、無駄に頑丈な身体は、こうしてやるしかありません!!」
「おい待て、小春ちゃん。その物資は冬期の兵站維持における予備の予備――」
俺がロジスティクス的な抗議を口にしようとした、次の瞬間だった。
バサァァァァッ!
目の前が、真っ白な極厚のコタツ布団によって完全に覆い尽くされた。
驚異的な手首のスナップと女子高生離れしたフットワークにより、小春ちゃんが予備のコタツ布団を空間いっぱいに展開したのだ。
「全集中・ツッコアースの型! 限界集落・ロールケーキ固め!!」
フワッ、クルクルクルクルッ!!
「なっ……!? これは、電光石火の……っ!」
抵抗する隙すら与えられなかった。
俺の身体は、極厚のマイクロファイバー布団によって凄まじい速度で何重にも巻き上げられ、一瞬にして完璧な「簀巻き(すまき)」状態へと変貌を遂げていた。
頭部だけをひょっこりと出した状態で、首から下を完全に布団でガチガチに拘束され、畳の上をごろりと転がる。
その姿は、限界集落に突如出現した、巨大な純白のロールケーキそのものだった。
『ギャハハハハハハ!!! 主が完全な簀巻きになったwwww』
『秒速でロールケーキ化しててんてこ舞いwww』
『需品科の元自衛官が女子高生の布団ワークに完全敗北ww』
『これもう新しい冬眠用のサナギだろww』
俺が畳の上で芋虫のようにモゴモゴと蠢いていると、世界中からMeTubeの画面を監視しているVIPたちが、この「主の簀巻き化」という歴史的瞬間に一斉に食いついた。
ピコーン! ピコーン! ピコーン!
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト) “Magnificent! A humanoid sleeping pod! Master, I will pay 5 billion yen for that fluffy armor! Wrap me up too!“(見事だ! 人型睡眠ポッドだな! 主よ、私はそのもふもふの装甲を50億円で買い取ろう! 私も簀巻きにしてくれ!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト) “Perfect risk containment! The asset is completely frozen! I bid 7 billion yen for that Master Roll!“(完璧なリスク封じ込めだ! 資産が完全に凍結されたな! 私はその主ロールに70億円を投じる!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$5,000MeTubeギフト) “So cute!! Akiya looks like a giant white larva! Shiro, please step on him! I bid 10 billion yen for the stepping right!!!“(可愛すぎるわ!! アキヤが巨大な白いイモ虫みたい! シロ、お願いだから彼を踏みつけて! 私は踏む権利に100億円払うわ!!!)』
画面の向こうで天文学的な金額の国際為替が飛び交い、村の公金口座の残高が国家予算規模へ向けて再点火する中、小春ちゃんは簀巻きになった俺を見下ろし、特大・本カシ製お盆をギシッと握りしめて、魂の叫びを居間に轟かせた。
「最適温度帯でヒグマと村長さんが一緒にイビキかいて寝るわけないでしょうが!!!」
その正論すぎる怒号が、古民家の梁(はり)をビリビリと震わせる。
「ただの冬眠準備なわけないでしょ!! どう見ても、お兄さんが作ったこのコタツのブラックホールみたいな魔力のせいで、人間も猛獣も野生を忘れて完全に堕落してるだけです!! なんでそこまで頑なに『みんなで温まって幸せだな』って認めないんですか!!」
小春ちゃんが肩で息をしながら息巻く中、ヒグマの頭の上にいたシロ様が、優雅にトコトコと歩いて俺の元へとやってきた。
そして、簀巻きになって動けない俺の胸の上に、ポンと前足を乗せる。
至近距離で見つめてくる彼女の『オッドアイ』の瞳――サファイアブルーの左目と琥珀色の右目が、室内灯の光を浴びて万華鏡のように妖しく、そして神々しく輝いた。
『ミャウ(良いザブトンを見つけたわ)』
シロ様は実にご機嫌そうに喉を鳴らすと、簀巻きにされて程よく弾力のある俺の胸の上で、我が物顔で香箱座りをキメてとろけ始めた。
神獣の絶対的な温もりとゴロゴロという重低音の振動が、布団越しに俺の肉体へとダイレクトに伝わってくる。
『うわあああ! シロ様が簀巻きの主を完全にベッドにしてるww』
『100億円の「踏む権利」、シロ様が無料で執行なされましたww』
『オッドアイの瞳が「私の下僕よ」って主張してて尊すぎる……』
『小春ちゃんの叫びが正論すぎて今日も玄米が美味いわww』
俺は、シロ様の心地よい重みを受け止めながら、視線だけでカメラをじっと見つめ、元・社畜としての『どんな拘束状態でもブレない不屈のフラットボイス』で言い放った。
「……世界中の皆さま。俺が小春ちゃんの怒りによって理不尽な私刑に処されていると誤解されているところ大変申し訳ありませんが、冷静になってください」
『この状況でまだ喋るぞこの男www』
『簀巻き(ソフトシェル・アーマー)の限界言い訳タイムww』
『さあ、このロールケーキ状態をどう理論武装する気だww』
俺は身動き一つ取れないまま、至極真面目な口調で澱みなく言い訳を開始した。
「これは簀巻きでも私刑でもありません。極限環境における個体防護用の『ソフトシェル・アーマー(軟体装甲)』であり、熱の散逸を最小限に抑えるための拘束衣型の『次世代兵站維持システム』です。私がこうして高密度のマイクロファイバーに身を包むことで、体温の外部放出は完全に遮断され、コタツの熱を一切消費せずに自己完結的な保温が可能となります。つまり、限られた暖房資源を村長やヒグマたちに100%割り振るための、需品科としての極めて高度な『資源最適配分(アロケーション)戦術』に過ぎません。小春ちゃんは私を折檻したのではなく、単に防衛線の戦術的強化をサポートしてくれただけですね」
「なわけあるかあああ!!! 単に私の手が滑って、お兄さんを勢いよく巻いちゃっただけですぅぅぅ!!!」
小春ちゃんが、顔を真っ赤にして俺の頭の横の畳をカシ製お盆でバンバンと叩く。
その横で、コン吉とコン次郎のキツネ兄弟も、簀巻きになった俺を新しいオモチャだと思ったのか、「キュッ!」「コン!」と鳴きながら、布団の端っこをホリホリと掘って遊び始めていた。
『手が滑って簀巻きww小春ちゃんのうっかりスキルが高すぎるww』
『資源最適配分戦術(ただのロールケーキ)』
『どんなに固められても屁理屈の兵站だけは途切れない男ww』
『今日も言い訳が理不尽の極みで最高だわww』
チャット欄が五千五百万人分の爆笑とツッコミの嵐で完全に飽和する中、古民家を包む十勝の猛烈な寒風が『ゴォォォォ……』と外で不気味な音を立てた。
だが、この居間の中だけは違った。
内側からはシロ様の神獣バリア。
外側からはヒグマの肉体防壁。
そして中央には、人間も野生動物もすべてを温かく包み込む、最強の防衛線(コタツ)。
たとえ外がマイナス三十度の極寒の地獄であろうとも、この古民家のロジスティクスと熱の結界を突破できる脅威など、この地球上のどこにも存在し得ない。
「……ハァ。もういいです。お兄さんのその頭の硬さは、ダイヤモンドをも凌駕する工兵資材ですね」
小春ちゃんは呆れ果てたようにため息をつくと、観念したようにコタツへと潜り込み、おばあちゃんが持ってきてくれたミカンを剥き始めた。
「まぁ、理由はどうあれ……。これで我が家の冬期の絶対防衛線は、物理的にも熱力学的にも完全に確立された。これからの厳しい冬を、一切の損耗なしで乗り切る準備は完璧だ」
俺は簀巻きにされて身動きが取れないまま、胸の上で幸せそうに眠るシロ様の白い毛並みに頬を寄せ、心の中で苦笑した。
ブラック企業で、凍えるような深夜のオフィスで孤独に数字と戦っていたあの頃。
今、俺は自分が買い取った限界集落の古民家で、世界一贅沢なコタツ防衛線を構築し、最高のもふもふ達と、怒るとお盆が飛んでくる女子高生に囲まれて、簀巻きのまま温かい日常を噛み締めている。
限界集落に確立された、世界一頑丈で、世界一バグったもふもふ要塞。
外の吹雪を他所に、俺たちの絶対聖域は、世界中を最高の癒やしと爆笑の渦に巻き込みながら、さらに深く、温かい冬の日常を紡ぎ続けていくのだった。
コメント
1件
いやー、今回も最高にバグってましたね(笑)。小春ちゃんの「キレキレ正論お盆スマッシュ」から「ロールケーキ固め」への流れ、そして簀巻き状態になっても「ソフトシェル・アーマー」とか「資源最適配分戦術」って言い訳を続けるアキヤさんの需品科魂に笑いが止まりませんでした。シロ様が胸の上で香箱座りしている姿も最高に尊い。極寒の外から完全に隔絶された「コタツ防衛線」の完成、本当にあったかそうで羨ましい。連載どこまでも応援してます。