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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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ずる、ずる、ずる、ずる……………………。


暗く、されど微かに色とりどりの人工の光が漏れる路地裏。

真夜中でも賑わうこの街に、一つ異物が紛れている。

付けられたばかりであろう血の跡を辿っていくと、一人の女が道を這っていた。

髪が乱れるのも服が汚れるのも構いなく、無心で体を動かす女。


もう長いことこうしている気がする。いや、何故自分はこれを続けているのだろう。


思い出した様にはた、と女は疑問を抱いた。視線だけは前を見据えながら、女は考える。

自分は何をしていたのだろう。ああ、そうだ。今日は気分が乗ったから余り行っていなかったあいつの家に行こうとしたんだ。あいつは金はあるが、あそこは小さいし、そこまで顔が良い訳でもない。


いい感じな○○君の誕生日が近かった。だから、ちょっと金をせびりに行ったんだ。


このまま進展を深めれば結婚も夢ではない。他の奴は皆微妙なんだ。自分の旦那になるまでには至らない。

まあ、あれ程しつこく誘って来たし、ちょっとサービスすればイチコロだろう。


そう思って家を出たんだ。そこからの記憶が欠けている。何が起こった?分からない。

が、恐ろしい事があった気がする。いや、そうに違いない。


恐ろしくなって来た女は、蘇って来た痛みを振り払う様に這う事への意識を強めた。


ずる、ずる、ずる、ずる。ずる、ずる、ずる。


突然、音がした。


がさ、と。

少し振り返ってみると、使い込まれた赤いスニーカーが見えた。スニーカーは、こちらにどんどんと近づいている。

あれだ!


あいつが、そうなんだ。


即座に前を向き、力の限りに這う。やがて、あの足音は遠ざかっていった。

安心して、息をついた。足の傷が痛む。病院へ行こう。その後、家に帰ろう。彼が家に来るのだ。今夜が勝負所なのだ。この機会は逃がせない。汗臭くないだろうか。汚れを落とさないと。

路地裏の出口は目前だ。ガヤガヤと、何時もなら煩わしく感じる喧騒も、今ならば無性に愛おしい。

女は、震えながら出口へ向かっていく。

その時。

女は、酷い悪寒に包まれた。

ぞわっと背筋が泡立ち、止まった筈の汗が頬をつう……と流れていく。

嫌な感じだ。

近かった筈の人ごみが、急に遠ざかった気がした。

手足がこわばり、動かせない。

何で動かないの。

動いてよ。

地面に向く視界に、黒い影が入り込む。

絶対に振り向いてはいけない。

そう理性が告げている。なのに、何故か顔は影の主へと吸い込まれていく。

やっと見えたその右手に握られた物は、鈍い光を放っていた。

体感にして5、6分か。

女の後ろには、紺のジャケットを着た男が立っていた。服装は整えられているが、長めの前髪に影を落とされた目は血走っている。その視線は、女にしか向けられてはいなかった。

明らかに正気ではない男は、手に持った凶器を女目掛け勢い良く振り下ろした。


ぶちゅっ。


そんな水っぽい音がした。その瞬間、女を未知の感覚が襲った。


熱い。

焼けている?

暑い。

熱い。

痛い。

痛い‼


「ぁ゛ぁがあ゛あああああああ゛あが゛はぁああああ゛ああ゛あ゛あ゛‼」

「うるッさいんだよ!逃げんじゃねぇ‼」

男は足で女の頭を地面に押し付けた。女はまたくぐもった悲鳴を上げる。

男は、凶器を抜き地面に投げつけたかと思うと、女の傷口を拳で殴りだした。異物が抜け傷から噴水の如く噴出した血を、男の拳が塞き止める。

衝撃が加えられたことで血が絞り出され、女の赤い肉が潰される。女は声が枯れ呻きの様になった悲鳴を出した。

「お前のせいだ!」

「お前が、裏切ったからだッ!ぼ、僕はッ、悪くないんだよォっ‼」

自分が今、原罪を犯さんとしている事を再認識し、怖くなった様子の男が、転がっていたナイフを手に取り、抵抗出来ない女の全身に手当たり次第に突き刺した。

細かく肉の繊維が千切れる。黄色い脂肪が飛び散る。女の唾液が地面を汚す。抜かれた長い茶髪の束が散乱している。

男が我に返る時には、路地裏は女の体の一部だった物によって、見るも無残に変わり果ててしまっていた。

常人にはとても直視出来ない光景だというのに、不思議と男の心は凪いでいた。

男は肩で息をする。男は、ぽつりと呟いた。

「…隠さないと」

男は、ナイフと冷たくなった女の髪を掴み、ずるずると引き摺って行った。


外では、未だ遠く人々の雑音が残っていた。

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