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リフェアリー
128
十月の終わり、塩尻の商人が、二十枚を返しに来た。
七月に、丸十九を担保に、十九枚を借りた男。半年の約束だったが、三ヶ月で返しに来た。二十枚。利子一枚。
「早いですね」要は言った。
「早く返さないと、丸が戻らない」商人は言った。「丸がないと、塩尻で、誰もおれと取引しない。おれは、丸で食ってたんだと、わかった」
三冊の台帳に、書いた。『返済、二十枚。丸、二十に回復』。飛脚が、蝋で封じた手紙を、甲府へ運ぶはずだった。
「甲府には、もう、届かない」商人は言った。「会長の台帳は、御殿のものだ。おれの丸は、御殿の台帳では、バツになってる。御殿に逆らって、木曽と取引したから」
要は、ペンを止めた。
商人の丸は、二十に戻った。木曽の台帳では。甲府の、本物の二冊でも。でも、甲府の人間が見ている御殿の台帳では、バツだ。
同じ人間に、二つの評判がある。
「……どっちが、本物ですか」要は、聞いた。自分に、聞いていた。
「あんたが、決めるんじゃないのか」
「僕は、決めません。決められない」
「じゃあ、誰が」
要は、答えられなかった。
甲府の人間は、御殿の台帳を、本物として使っている。腹が減っていたから。御殿の米が、そこにあったから。本物かどうかは、関係なかった。使える台帳が、本物の台帳だった。
大剥離の夜と、同じだ。千二十四の記録。どれも正しい。どれが本物かを決めるのは、署名ではなく、「どれを使うか」だった。
「商人さん。あなたは、どっちを使いますか」
「木曽の台帳だ。木曽の台帳なら、おれは丸二十だ。御殿の台帳なら、バツだ。おれは、丸がある方を使う」
「御殿の米が、必要になったら」
「……そのときは、御殿の台帳を使う。たぶん」
商人は、正直だった。
*
夜、要は、瑠衣に、聞いた。
「御殿の台帳は、何で書いてある」
「紙だ。三冊。権田が、あんたの言うとおりにした。部下三人が、別々に書いてる」
「書き換えたのは」
「権田が、命じて、三人が、同時に書き換えた。三冊とも。だから、照らしても、合う」
要は、息を吐いた。
三冊は、三人が別々に嘘をつかない前提で、機能する。三人が、同じ一人の命令で、同時に嘘をつけば、三冊は、一冊と同じだ。
仕組みは、正しかった。でも、三人が、一人に従う場所では、三冊の意味は、消える。
権田は、それを、わかっていた。わかっていて、三冊を作った。要の仕組みの形だけを取り、中身を、権田の一人の判断に、戻した。
「瑠衣。お前、塩尻峠で、御殿の男に、何を見せた。去年の冬」
瑠衣は、長い間、黙っていた。
「……甲府の台帳の写し。それと、三冊の仕組み。三人が、別々に書けば、一人が嘘をついてもわかる、と。『三人が組めば、無理だけど』って。仕組みの穴を、おれが、教えた」
「瑠衣。それは、裏切りじゃない。お前は、穴も含めて、正しく説明した。穴を使ったのは、権田さんだ。穴は、僕が作った」
「あんた、なんで、そんなに、人を責めないんだ」
「責めても、次が出る。十一条だ」
要は、三冊の表紙を見た。『この台帳は、侵入される前提で作られている』。
「瑠衣。頼みがある。お前が知ってる、仕組みの穴を、全部、書いてくれ。穴の横に、使われた後、どう回すかを書く」
「漏れたら」
「漏れる前提だ」
瑠衣は、少し、笑った。半年ぶりに見る、瑠衣の笑いだった。
「あんた、本当に、変だ」
瑠衣は、三冊目の台帳の、最後のページに、書き始めた。
『穴、一。三人が、一人に従う場所では、三冊は一冊になる。回し方。三人を、三つの村から出す』
字は、汚かった。でも、要が書くより、速かった。
コメント
1件
おお、第44話読みました!台帳の仕組み、めっちゃ解像度高い…「三冊が一冊になる」って構造の穴、ちゃんと設計者の要が認めて回す手まで考えるところが痺れる。商人の「使える台帳が本物」って台詞も重いし、要の「責めても次が出る」ってスタンス、この物語の強さの形だと思うわ。瑠衣が笑ったシーンでじんときた。続き気になる🔥