「悪かったな…一臣。おまえには、もっと愛情を教えてやれたらよかったのに。そうすれば、そんなことで悩んだりもしなかっただろうに……」
父の想いを察して、いいえと首を横に振った。
「あなたは充分すぎるほどに、愛を与えてくれました……ですが、母は……父さんはそれでも……」
それでも母を愛しているんだろうかと、そう聞こうとした私に被せるようにして、
「……愛しているよ」
と、父が笑って見せた。
「母さんは、ああいう人だったけれど、ちゃんと愛して一緒になったんだ……だから、愛している。おまえは、何も心配をしなくていいから」
そう言いながら、どこか哀しげにも感じられる父の表情を、じっと見つめた。
「ですが、愛し合いたいとは……」
「そうだな…愛し合えたらもっとよかったけれど。あの人にもあの人なりの生き方があるんだから、私は受け入れたいと思っている。だが、一臣……おまえは、」
と、父が言葉を切って私の顔を見返した。
「おまえは──
まだ小さい頃に私が言ったことを憶えているかはわからないが、
『いつかおまえが人を愛したら、互いに愛し愛されて、
共に愛し合っていけることを、願っているから』
私はあの頃から変わりなく、おまえの幸せを望んでいる……だから、おまえは幸せな恋愛をして、幸せになりなさい」
優しげな表情で語る父に、「……はい」と、頷いた。
幼い頃に聞かされたその言葉は今もずっと憶えていて、胸に残っていた。
父が言うように、いつかは自分もそんな風に愛し合うことができるならと……そう思わずにはいられなかった。
「私も、いつまでおまえをこうして助けてやれるか、わからないから」
アルコールを含んで、父がふと寂しげに目を伏せる。
「……そんなことを言わないでください。あなたがいなくなったら、私はどうすればいいのか……」
思わず箸を止めると、
「これからは、愛する人に助けられて行くんだよ」
父は口にして、穏やかに笑いかけて、
「おまえなら、きっとできるはずだ」
と、子供の頃によくそうしたように、大きな手で私の頭を何度も撫でた。
「……いつか、父さんにもそんな人を会わせることができたらと」
口にすると、彼女──永瀬さんの顔が思い浮かんだ。
「ああ、待っているから。いつか、会わせてくれる時を」
そう話す父に、もう一度「はい…」と返すと、
わだかまっていた気持ちが不思議と解けて、喉元をすーっと滑り落ちていくようにも感じた……。
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