テラーノベル
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庭園の端には、低い草地が広がっている。水路はその向こうを細く流れ、白い石橋の影を水面へ落としていた。
その草地の中で、墨兎がしゃがみ込んでいた。
何をしているのかと思えば、黄色い花を一本摘み、葉ごと口へ運んでいる。
青鱗は足を止めた。
「……何をしている」
墨兎は振り返り、口をもぐもぐさせた。
「タンポポ」
「見れば分かる」
「食べてる」
「それも分かる」
墨兎は、もう一本タンポポを摘んだ。
「あー、タンポポってうまいよな?」
あまりにも当然のように言うので、青鱗はしばらく黙った。
炊源の声が、まだ耳に残っている。
ありがとうございます。
そして、申し訳ございません。
その重い詫びのすぐ後で、目の前では墨兎が、庭に咲く花を摘み、何の迷いもなく口へ運んでいる。
青鱗は、その光景をしばらく見ていた。
墨兎も、何かを食べて、今ここに立っている。
自分も、かつては誰かの口に入るはずだった命だった。今は人の形を取り、椀を持ち、何かを食べている。
炊源だけが、命を終わらせる側にいるのではない。
終わらせられた側だった自分も、終わらせる側だった炊源も、結局はみな、誰かの命を受け取って今に至る。
その事実は、特別、重々しく語られるものではなかった。
墨兎の口元についた花粉のように、ごく自然に、ここにあった。
青鱗は墨兎の手元を見た。
黄色い花。柔らかな葉。土の匂い。
墨兎は小首をかしげる。
「食うか?」
「いらない」
「うまいぞ」
「そうだろうな」
「その顔、全然そう思ってないだろ」
青鱗は少しだけ目を伏せた。
怒るほどではない。笑うほどでもない。
ただ、胸の奥に残ったものが、まだ形を決めかねている。
「お前も、それを食べて生きてきたのだな」
青鱗は呟いた。
墨兎は咀嚼を止め、青鱗を見た。
「当たり前のこと言うな」
「当たり前だから、言った」
墨兎は少し首をかしげたが、それ以上は突っ込まなかった。
やがて、青鱗は水路の方へ目を向けた。
「私は、蒲菜の方が好きだ」
「水辺のやつか」
「ああ」
「そっか」
墨兎はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、手の中のタンポポをもう一口かじった。
青鱗は、川辺の方を見ていた。
遠くの水が、薄い光を抱いて流れている。
黄河とは違う水。
けれど、流れている水だった。
~完~
コメント
1件
みぅです🤍🥀 読み終わりました……。 タンポポを食べる墨兎と、それを見つめる青鱗の温度差が、すごく好きなシーンでした。何気ない日常の一瞬なのに、「誰かの命を受け取って生きてる」という大きなテーマが、押し付けがましくなくて、むしろ自然に胸に落ちてくる感じ。 「蒲菜の方が好きだ」って、ああいう返し方、青鱗っぽいなあって思いました。 静かだけど、ちゃんと流れてる水みたいな、優しい回でした。ありがとうございます🌙