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「夜に沈む日」
🟦←🏺 片思い
吸血鬼🟦と人間🏺の話
※🌵が吸血鬼好きという話を引っ張ってきてます。
1
今日も事件対応後、良いとも悪いとも言っていないのに勝手に乗り込んできた青井を助手席に乗せて、つぼ浦は自分のジャグラーを走らせていた。青井が理由無くダル絡みしてくるのはつぼ浦にとっては嬉しいことだった。他愛のない話をしながら制限速度など気にせず高架の高速道路を飛ばし続ける。
「人質がメンタルケア拒否して逃走するとはねぇ、大丈夫だといいけど」
先ほど対応したコンビニ強盗を思い出し、青井は重い息を吐く。つぼ浦には悪意など一つもないのに、バット片手にグラサンを光らせるいかつい格好の自称警察官に迫られた人質が逃げ出したくなる気持ちも理解できる。しかも若い女の子だったのでその恐怖は想像に難くない。
「俺ともなるといるだけでケアしちゃうんでね、メンタルの一つや二つ」
「そこは無理矢理にでも引き止めろよ……ああでもつぼ浦くんって女の子と手繋いだことないか」
クスクスと嘲笑われつぼ浦の心臓がドクンと高鳴る。
つぼ浦にとって青井は特別な存在だった。出勤して青井がいないと寂しいのに、いるとソワソワして落ち着かない。声が聞こえるだけで気になって、近くにいれば目で追ってしまう。チルタイムに殴り合うときも、対応課としてすっ飛んでくるときも、青井が自分だけを見てくれるだけでつぼ浦は幸せだった。
その感情に名前をつけるなら「片思い」だろう。一人で完結する甘ったるい喜怒哀楽だ。青井の視線の先に何があったとしても、つぼ浦の視界の中に青井がいることこそが幸せだった。
しかしこの恋が叶う光景を、つぼ浦はうまく思い描けなかった。誰かを一方的に好きでいられるだけで心は十分救われる。告白も、もちろんその先もつぼ浦の予定表にはない。むしろ先に進めば壊れてしまう、そんな恐怖さえあった。
だから色恋の話を他人に揶揄されるのはまだ耐えられるが、青井本人にからかわれるのは耐え難い。繋ぎたいのはアンタの手だ、と喉元まで出かかった言葉を飲み込み、勢いのいい罵声に変える。
「か、関係ないだろ!人質を連れてくためだろ?なら手ぐらい握れるぜ!!」
「ごめんごめん、反応が面白くって」
鬼の面の下でクスクスと笑う声が聞こえる。ノンデリな部分すらも好ましく思ってしまうくらいには、つぼ浦は青井に甘かった。
「つぼ浦に恋愛の話は早かったなー」
そんなつぼ浦の恋の葛藤など知るよしもなく、青井は冗談めいた嫌味を吐く。それが胸にブッ刺さり、つぼ浦は頬の赤みをかき消すように大声を出した。
「あ、あ、ァア?!やんのかテメェ!!」
威嚇しながら青井を睨む。だが反応を待つよりも早く、車の前に突然タンクローリーが”出現”した。
黒い影が一瞬で迫る。とっさにハンドルを切るがスピードを出しながら側面をぶつけたジャグラーは強く弾かれ、右側のガードレール代わりの低い壁にぶつかった。耳障りなブレーキ音が響く。勢いでスピンした車体は180度回転し、前後が入れ替わってようやく止まった。
「痛ってぇ……このいきなりスポーンする歪み、まだ直ってないのかよ」
ぶつかった衝撃で左右に身体を叩きつけられたがなんとか体制を立て直し、つぼ浦は強く握ったままのハンドルから手を離す。危うくむち打ちにでもなるところだった。
しかし横から相槌はない。ぎょっとしながら見ると助手席のドアは取れて跡形もなく、そこに座っていたはずの青井の姿がなかった。
そういえばシートベルト着用のアラートがずっと鳴っていた。道路上には姿がない。警官の位置を示すシグナルは高架道路の下を指している。慌てて車を飛び降りて立体交差からはるか下の地面を覗き込むと、倒れている黒い人影が見えた。
「アオセ……やっべえ」
下は工事の資材置き場で、いろいろな道具が置かれている。立てかけたれていた鉄筋が、遠目にでもわかるほどはっきりと青井の腹を貫き、背中から突き出ていた。衝撃で吹っ飛んだ鬼のヘルメットが少し先に落ちている。青井自体は当然倒れたままピクリとも動かない。
つぼ浦は焦った。シートベルトをしていなかったのも、気に障ることを言ってきたのも青井だが、その報いにしてはこれは酷すぎる。むごい死に方をしてほしいわけがない。早く助けに行かなければ、と気持ちばかりが急いてしまう。
冬椿
8,308
複雑な立体交差は下に見える道に至るだけでも一苦労だ。半壊したジャグラーを駆り時間をかけてぐるりと遠回りをし、木箱を蹴散らしフェンスをぶち破ってようやくつぼ浦は現場に駆けつけた。すると遠くの物陰にしゃがみこんでいる人影があった。
「あれ、アオセン?!」
つぼ浦はジャグラーから乱暴に飛び降りて駆け寄る。刺さっているように見えたのは気のせいだったか?と自問するが、その姿に気づいた青井が立ち上がり、右腕を持ち上げてひらひらと振った。
「ごめんごめん、シートベルト忘れてたわ」
頬に泥をつけたまま呆れ果てた声を上げている。苦笑する顔ではなく、ゆらゆら振られる腕を見てつぼ浦の表情が凍りつく。
「アオセン?!なんだよそれ……う、腕っ!!」
つぼ浦に指摘されて青井はハッと腕を下ろした。とっさに身体の後ろに隠そうとしたが、もはや遅いことに気づいて苦い顔で傷口を見る。
「……しまった、こっちじゃない」
右腕は二の腕の半ばから先が服ごとすっぱり切れて無くなっていた。しかし傷口からは血がしたたるでもなく、ただ炭のように不気味に黒い断面をさらしている。
つぼ浦ははたと気づいた。そういえばダウン通知が出ていない。猛スピードで衝突、振り落とされて落下、あれほどの怪我でダウンしていないのがそもそもおかしい。よく見ると青井の警察ベストの腹には穴が空いていて、上から見たときに青井がいたあたりの鉄筋は地面に倒れている。青井の口元には血を拭ったような跡があり、ふわりと新しい血の香りがする。しかし傷口が全く見当たらない。
「……は?なんで生きてんだ?」
端的な疑問が漏れた。説明がつかない事象だった。ロスサントスの物理法則は自由自在だ。たまにあるものすごく当たりどころが良かったパターンか?新しい違法薬物か?とか、なんとか頭が合理的な説明を作り出そうとする。恐怖まじりの疑問を浮かべるつぼ浦を見て、青井は深くため息をついた。
「はぁ〜。バレたからお願いするけど、腕探すの手伝ってくれない?」
「ハイ??何言ってんだアオセン……」
「落ちたときに何かに引っ掛けちゃって、たぶんこの辺に落ちてると思うんだけどなー……」
つぼ浦の困惑は気にも止めず、そんなことを言いながら青井は物陰の前でかがんだりしながらキョロキョロとあたりを探している。
つぼ浦は急に寒気がした。ぞわりと鳥肌が立つのを感じ、無意識に腕を抱える。
「いやその前に言うことあるだろ、なんで」
「はは、実は人間じゃなくなっちゃったんだよ」
つぼ浦のことは見ずに欠けた右腕をゆるく振りながら、青井は自嘲気味に答えた。
*
お前はあっちを探して、となぜか無理やりエリアを決められ追いやられ、つぼ浦は嫌々腕探しに参加させられた。
SWATの黒い服に黒い手袋の腕は見つけるのに苦労した。青井が突き刺さっていた場所から10mは離れた段ボールの影に落ちているのを、数分経ってつぼ浦がやっと見つけた。
「ありましたよ……」
恐る恐る拾い上げた腕の断面もやはり不気味に黒かった。おおよそ血の色ではない。青井は受け取った腕の傷口同士をくっつける。程なくしてそれは最初から何もなかったかのように傷一つなくピタリと繋がった。
感触を確かめるかのように手首を回したり、指を動かす姿を見てつぼ浦は絶句する。目の前にいるのは一体何なのか。まるで青井の形をした「なにか」と向き合っているような、居心地の悪さで鳥肌が止まらない。
「ね?人外だろ」
「……大概に人間離れしてたけどついにっすか」
空の悪魔、という尊称を言外に示した嫌味だった。しかし青井はその言葉をまっすぐに受け取って苦笑する。
「一ヶ月よりは前かな、ダウンしたはずなのに変に生き返っちゃって。市に聞いたら血がおかしくなる歪みというかなんというか……まあ、身体が書き換わっちゃったらしいんだよね、人外に」
繋がった右手で頭を掻きながら青井はぽつぽつと真実を話す。つぼ浦は最初こそ不審な顔をしていたが、言葉を理解して徐々に目つきが変わる。
「人外、って?」
「血が特殊になっちゃったんだよ。見ての通りすぐに固まるから出血しないし、すごい速さで治るんだよ。その代わり外部から血を飲まないといけないんだけどね」
「……飲む、ってつまりそれ、吸血鬼になったってことっすか?!」
「うーん、まぁ有り体に言うとそうなのかもね」
青井はにっ、と歯を見せる。犬歯は肉食獣のように異様に鋭く尖っていた。フィクションでしか見ないようなその異常な様相を目にしてつぼ浦は大きく息を飲む。
「す、すげぇ、すごいっすね!」
そして歓声を上げた。急に鼻息荒く目を輝かせたつぼ浦を見て、今度は青井が怪訝な顔になる。
「なにお前、どしたの」
「噛まれたら感染するんすか!?眷属を作れるとか?!」
「さあね」
「ア?なんでわかんねぇんだよ」
「今のところ俺しかいないんだって。だから市も対策がわかってなくて……」
「本当っすか、じゃあ始祖ってことじゃないっすか!チクショウまじかよ!!」
つぼ浦は興奮気味に手を叩く。そんなつぼ浦から青井はゆっくりと一歩引くが、更に詰め寄ってまくし立てる。
「じゃあ豆まいたら数えまくるんですか?」
「え、なにそれ、節分?」
「水も渡れねぇんだ、可哀想に」
「なに?客船もリグも対応してるけど」
「イタリアン食えないっすね、ペペロンチーノとか。アヒージョも無理か」
「そもそも人間の食べ物が食えないよ」
「鏡見れないの、身支度大変じゃないっすか?」
「は?顔面土砂崩れっていいたいんか?」
「本署に入るときは呼び鈴鳴らせよ。無線でもいいぜ」
「マジでわからん、ずっとなにそれなんだよ。お前さっきから何いってんの?吸血鬼あるある的なやつなん?」
一方的に言いまくったが、青井に困惑を通り越してドン引きされていることにつぼ浦はやっと気づいた。
変な空気が流れる。つぼ浦はごまかすように頬をポリポリ掻いて一歩下がる。
「アー、なんでもないっす」
「マジで何?お前、変なことに詳しいよな。これに始まった話じゃないけどさ」
「吸血鬼はちょっと、その……調べたことがあるんっすよ、興味があって」
変な趣味だなぁ、と呟く青井の前でつぼ浦ははしゃぎすぎた自分を諌めるように俯いた。
つぼ浦は青井のことが好きだ。もう一つ、性癖らしい性癖を持たないつぼ浦が唯一持っている性癖が、”金髪美少女の吸血鬼に血を飲まれたい”だった。
青髪で、男で、辛気臭い顔をした30代の先輩……という前提条件の半分以上が合っていないが「吸血鬼」という絶対条件だけが見事にマッチしている。空想は空想だからこそ好きなように料理できる。つぼ浦も吸血鬼について調べてはありえない妄想に花を咲かせていたのに、まさか本物に出会えるとは思っていなかった。しかもそれが勝手に恋い慕っていた相手だ。降って湧いたような幸運にニヤつかずにいられるわけがなかった。
「マジかよ……吸血鬼なら血飲まれても痛くねぇんだろうな」
小声で呟きながらも全身の高揚を抑えきれない。自分の血が、好きな人の一部になれるのだ。
あの青白い顔が、口元から覗く鋭利な牙が、頼めば首に突き刺さるかもしれない。それはきっと甘美だろう。どんな妄想でも勝てない夢が、挙動不審なつぼ浦を見て呆れかえっていた。
「なに?吸血鬼的にはそういう条件満たしてないと駄目なんだ?ふーん……なんだっけ?豆だっけ?」
「いやハイ、えーっとまあ伝承だとそういう感じの弱点があるんっすよ、吸血鬼って」
「弱点ねぇ。でも今の俺は無敵、というか不死だよ。多分」
「本当っすか!」
つぼ浦の目がキラキラと輝く。不死性は吸血鬼最大の特徴だ。試してやろうかとバッドを握りしめる。しかし振りかぶる素振りを見せても青井は避けるどころかまったく止めようともしない。
「うん、頭撃ち抜いてもすぐ治ったからね」
青井は右手を銃の形にし、人差し指を眉間にトントン当ててみせる。その言わんとする意味に気づいてつぼ浦はゆっくりバットを下ろした。
「やったのかよ」
「うん」
「チクショウ、じゃあ何をしたら死ぬんっすか?」
つぼ浦の興味本位な問いかけに、青井の表情がこわばった。
「……なんだろうね。わかんない」
「普通の吸血鬼なら心臓に杭打ったら死ぬぞ」
「ああ心臓潰しても駄目じゃないかな、やってみたけど」
「それもやったのかよ」
「え、だってこんなことになったなら、まずどうやったら死ぬのか試すやん。試さなきゃ不死だってわかってないよ」
「それは……確かにそうっすけど」
「瞑想しても何しても全然駄目でさあ。だからちゃんとダウン、いや死ねば治ると思ったんだよね。……でも駄目だった」
青井は少し苛立ちながら苦い言葉を吐いた。
つぼ浦の無邪気な問いは不死になってしまった人間にかけるには不躾だった。自分の不死性を確信するためには、死ぬための方法をたくさん試さなければならない。そして青井は試したのだろう。出来得る限りのことを。
救いを求めるための自傷は可能性という逃げ道を潰し、異常さを強く確信させた。目の前の想い人が自分が不死だと確信してしまうまでの道を想像し、つぼ浦は口に出してしまった浅はかな問いを後悔した。
「ああそうだ、日光にはちょっと弱いよ」
「え、やっぱ消し炭に……ッ?!」
つぼ浦は焦りながらあたりを見回す。今二人が話している場所はちょうど高架の下だ。昼間とはいえ日光は遮られているが、青井は不安げなつぼ浦をなだめる。
「いやいや、それでも死んだりしないよ。熱くなって倒れちゃうんだよね」
青井は手で顔を仰ぐ仕草をしてみせる。それでもまだ不安だったが、本人が言うならそうなのだろう。つぼ浦は心配そうに眉をひそめたままその姿を見つめた。
青井の着ている黒いSWAT服は普段から露出がほぼゼロだ。唯一、手の甲が出ていたグローブも今は手全体を覆うものに変わっていた。言われなければ気づかないような間違い探しレベルの変化だ。一ヶ月以上も人外として生きてきても青井はボロの一つも出さなかった。目に見える変化がこの程度ではつぼ浦はもちろん、同僚たちも気づかないだろう。
つぼ浦はこの先輩の慎重さに感心すると同時に、先ほどの迂闊さが気にかかった。今まで隠し通してきたのに腕が吹っ飛んでも常人のように振る舞ってしまうのは、良い傾向ではないだろう。
不死で無敵の存在は、文字にすれば誇らしい能力だ。だが青井はそうではない。一度も誇ることなく乾いた言葉ばかりを吐き出している。憧れの吸血鬼と対峙して舞い上がるつぼ浦とは大違いだ。
「他になんか変わったところは?」
「まあ、それくらいかな。水は飲むし、眠くもなるし、あとは変わんないかも」
「そうだ。……心臓、は、動いてるんっすか?」
ふと気づいてつぼ浦は問うた。アンデットはその名の通り命に反するものだ。青井も一度ダウンして生き返ったと言った。創作で語られる数多の吸血鬼がそうであるように、青井はどこまで命を逸脱した存在なのか。つぼ浦は固唾を飲んだ。
「……目ざといところ気づくじゃん。確かめてみる?」
顔をしかめると青井は自分の胸に手を当てる。しかし分厚い防弾アーマーの上からはわからず、襟をめくって首を見せる。普段から陽に当たることのない首は白く、人外だとわかっているせいか異様に青白く見える。手すら繋いだことがないのにいきなり肌に触れるように言われてつぼ浦の心臓が暴れだす。どうにか悟られないように平静を保って手を伸ばした。
指先が触れる。力を入れれば緩やかに指が沈む。
「ッ……!!」
触れた肌は氷のように冷たかった。つぼ浦が体温を与えても温まることはなく、それどころかどんどん奪われていく。
そしてどれだけ手をずらしても、どこを押さえても脈の一つも感じられない。
「ほんとに、吸血鬼……っすね」
つぼ浦は無理矢理にでも笑おうとしたが、声は驚くほど震えていた。
常人は踏み越えてはいけない、踏み越えられない境界の向こう側に青井はいた。
つぼ浦は自分の恋慕と性癖に忠実にただ無邪気に喜んでいたが、青井がいるのは到底取り返しのつかない彼岸だった。拍動することのない心臓はあまりにもわかりやすい異常だった。
青井を見ているだけでつぼ浦が一方的な幸せを得ていられたのは、青井がいつも能天気で幸せそうに生きていたからだ。こんな業を背負う想い人のことをただ放っておくことはできなかった。
「じゃあ、血とか飲みたくなるんじゃないっすか?」
つぼ浦はおずおずと切り出した。幸いなことにここには奇跡的に利害の一致した人間がいる。しかし青井は渋い顔でつぼ浦から目をそらす。
「ならないね」
「外部から血を飲まないととか言ってなかったっすか?その牙は?飾りじゃあるまいし」
「なるけど、えーっと、その……」
「んだよ、輸血パック飲んでるとか言うんじゃねぇだろうな」
「……それだよ、正解」
「チクショウ、正解しちまったぜ」
青井が言い淀んだ気持ちを察してつぼ浦はサンダルで地面を蹴った。誰の血かもわからないようなものを飲むしかない不憫な先輩のことを思ってめまいすら覚える。
しかし青井の心情がどうであれ、あいにくつぼ浦は吸血鬼に襲われることに抵抗がない。これほどのマッチングがあるだろうか。
「……もし飲みたくなったら、いいっすよ、俺」
「だからならないって言ってんだろ」
「もしもの話じゃないっすか。やだなぁ怒りっぽくて、やっぱり輸血パックとかより生き血のほうが良くないっすか?」
自分の血を売り込みにかかる奇特な人間から青井は少しずつ後ずさる。
「お前、なんなんだよ」
真っ当な疑問だった。青井は疎ましさすら滲む顔でつぼ浦のことを睨んでいる。細められた目には強い不信感と、敵意すらちらついている。つぼ浦はその警戒をなんとか解こうとなるべく明るい声を出す。
「吸血鬼、前から好きなんっすよね」
「それはよかったね」
「だから全然、気にしねぇっすよ、そういうの」
「お前がしなくても俺がするんだよ」
「アー、そうじゃなくってだな、えっと」
こじれていきそうな気配を察し、つぼ浦は言葉を切る。そして真剣に考える。
叶う必要のない一方的な恋慕なので、自分本意な言葉しか湧いてこない。青井を納得させられるようなセリフが出てこない。本音と思いやりと独りよがりの恋で、それでもなんとか言葉を練り上げる。
「本当に好きなんっすよ、嘘じゃねぇ!」
まるで告白のようだな、とつぼ浦は頭の隅で思った。想い人と抱え込んだ性癖と、それがどちらも目の前にいた。
「だからアオセンの、力、いや、血……アーどっちもだ!どっちもになりてぇんだよ!!」
勢いのままに訴えると同時に、ゾクリと背筋に何かが走った。
今までは吸血鬼と青井はそれぞれ別で好きだった。しかし同一になったことで、血を飲まれれば好きな人の一部になれるというとんでもない事実が爆誕していた。
自分の欲が満たされるうえに大好きな人のためにもなる、あまりにもうまい話だ。歓喜で身体が震え、口角が上がりっぱなしで、つぼ浦は下心に気づかれないようにと口に手を当てた。
「なんて、駄目っすかね?」
手の奥から堪えきれない笑いの混じった声が出た。片思いとは鏡越しに相手の顔を見つめるようなものだ。映った顔はあべこべで、鏡の半分には自分の顔が写っている。もしかすると、これで青井を独り占めできるかもしれない。事ここに至ってもなお声の半分はつぼ浦の欲望でできていた。
そんな独善の言葉でも、少しだけ青井の目が揺れた。だが小さく舌打ちをして首を振る。
「気持ちは嬉しいけど、本当にいらないから」
同時に先ほど繋がった右手もひらひら振って拒絶を示す。
まるでフラれたようだな、とつぼ浦はやはり頭の隅で思った。しかし吐いた言葉の半分は自分のためだったのでダメージは軽微だ。
「なんでだよ、飲めって!!」
「いい、いらないっての!」
「絶対美味しいっすよ!?特殊刑事課は風邪なんかひかねぇ。腹ペコで仕事しねぇし、あと運動とか!ロケラン担いでロスサントス中を走り回れるぜ!あと1日8時間はしっかり寝てるからな!」
平飼いのニワトリのような健康アピールをしながらギラギラした目でつぼ浦が迫る。強めに拒絶しているのに収まることなく距離を詰めてくる意味がわからず青井はうめく。
「普通逆だろ、吸血鬼が迫る側だろ!!」
「やられたな、手間が省けちまったなぁ。ドリンクバーの方から来てやったぜ、さぁ!」
「頼んでない頼んでない、店員さーん!」
「残念だったな、無料で付いてくるタイプだぜ」
「どうせセットなのはお茶だけでコーラとかは別料金なんだろ」
「なんとコーラも無料だぜ、油断したな!で?飲んでいいっすよ」
「いらない!」
軽妙な冗談を交えたところで結論は変わらない。しかし相変わらず血の気のない顔だが、先ほどまで憂鬱そうだった青井の表情は少しだけ柔らかくなっていた。
「チクショウ、往生際が悪いぜ。仕方ねぇなぁ、まあいつでも、気が変わったらでいいっすよ。俺は逃げねぇからな」
「お前本当になんなの……」
頼んでもいないのに元気よく炎に飛び込んでくるうるさいセミを前にして、青井は呆れかえった声を上げる。
「秘密を知った仲じゃないっすか。協力するって言ってんだろうが」
「まあそれは正直助かるけど」
「ア、どうせ不死なら不老もついてるといいっすね」
「あはは、つぼ浦くんは命が惜しくないみたいだね、ただの人間なのにー?」
青井が笑いながら背中の刀に手をかけたので、つぼ浦は飛び退いた。目は一切笑っていない。
年齢をいじられてキレるのはいつもの仕草だ。つぼ浦は少し安心した。血を飲んでもらえないとしても、この憂鬱な愛する吸血鬼の気を紛らわせることくらいはできればいいなと思った。
「……この上、不老なんかついてきたらやってられないよ」
誰にも聞かせるつもりのなかった小声はつぼ浦の耳にも小さく届いた。
人間と足を揃えて歩けなくなった吸血鬼の嘆きだった。
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この話は1年以上前にプロットだけ作って細部が許せなくてボツにしたものです。なのでこの作品の要素を解体して他の話で再利用しています。他の拙作と共通する設定、雰囲気があったりすると思いますが、こっちが元ネタです。
ボツにしたままでも良かったんですが、読み直したら許せそうだったのでもったいないから完成させることにしました。他作品と似てる部分は半目で見過ごしていただけると幸いです。