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「夜に沈む日」
🟦←🏺 片思い
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つぼ浦が青井のドリンクバー(自称)になって数日。
つぼ浦が側をウロチョロしても思ったより青井は怒らず、つぼ浦は大手を振って横にいることができた。
ただし「血が欲しい」と言われることは決してなかった。それでも以前よりなんとなく距離が近く、ときには青井の方から近づいてきてくれるのが嬉しかった。
青井が幸せそうにしていることがつぼ浦の幸せだった。今までは勝手に見ているだけでよかったが、幸せの手助けをするのは難しい。
つぼ浦はとにかく自分は元気であろう、と思った。自分までもが不死に怯え、吸血鬼を恐れていては青井は孤立するばかりだろう。文字通りの死んだ目で、乾ききった言葉を吐き出す姿は見たくなかった。
元気な姿を見せれば青井もきっと安心して、コイツならちょっとくらい大丈夫だろうと血を飲んでくれるかもしれない。そんな下心も抱きつつ、今日もつぼ浦は街の小さな犯罪を許さず駆け回った。
今はパシフィック銀行強盗が発生しており、無線はずっと騒がしい。青井がIGLを務めているらしく、いつもの間延びした声にもさすがに緊張感がある。
最近の青井はいつもなるべく遅番で出勤していた。夕方は大型犯罪が増えはじめる時間だ、出勤時間が遅かろうとしっかりIGLを務めているのでつぼ浦も気づいていなかった。
銃撃戦のあとにこっそり穴の空いた服を着替えにも行っていた。毎日青井を見て勝手に幸せになっていたというのに、一ヶ月以上もつぼ浦は異常に気づくことができなかった。
それを後悔したりもしたが、だが今自分は孤独な吸血鬼の唯一の協力者なのだ。過去がどうであれこれからはそうはさせない。それだけがつぼ浦にできることだった。
太陽は地平線に沈み、ねぐらに帰る鳥のように事件対応を終えたヘリたちが次々に屋上に帰還する。スピードを出したパトカーが何台もガレージへと滑り込み、犯罪者たちが牢屋に連れて行かれる。つぼ浦は警察署横の橋の欄干にもたれてその様子を眺めていた。
一番最後に戻ってきたヘリがつぼ浦の後ろ、交差点の真ん中に器用に着陸した。降りてきたのは青井だった。
「何やってんの、そんなとこで。たそがれてんの?」
「ア?考え事っすよ」
「へぇ、つぼつぼくんもそんなときがあるんだ」
揶揄しながら青井はつぼ浦の横に並んで欄干に手をつく。背伸びをするふりをしてつぼ浦は青井の姿を見回した。肩に破れたあとがある。そして、ふわりと血の匂いがした。
「……怪我したっすか」
「撃たれたからね、ヘリ」
「じゃあ飲んだのかよ、俺以外の血を!」
「そりゃ飲むよ、輸血パックに嫉妬すんなよ」
悔しそうに拳を握りしめるつぼ浦に青井は呆れ返る。
「他の誰とも知らねぇ血は飲むのに、俺はダメなんっすか……」
「お前以外のやつの血も面と向かっては飲んでないよ。輸血パックに生産者の顔と名前書いてたら気まずいだろ」
青井の態度は取り付く島もない。今日も飲んでもらうことができなかった。青井の服から香る鉄臭さが羨ましくて、つぼ浦は舌打ちする。
「んだよ、飲み方ヘタクソかよ」
「あぁ?なに??」
「服、血の匂いするぞ」
「……ああ、どうせ後で着替えるから」
何度目かわからないため息が鬼の顔の下から聞こえてくる。しかしため息をつきながらも、青井はつぼ浦の横に並んでいる。きっと青井のそれは好意ではなく、孤独を紛らわし秘密を共有したがゆえの利用だった。それでもつぼ浦にとっては横にいられるだけで充分だった。
澄み渡るすみれ色から陽光のなごりの金色へと、空は美しいグラデーションを描いていた。まさにマジックアワー、写真家がこぞってシャッターを切る夢の時間だ。
太陽が沈んだことを確認して青井はゆっくり鬼のヘルメットを脱いだ。残照を受けるその横顔につぼ浦はしばし見とれてしまった。口の端には拭いきれなかった赤黒い血がこびりついている。それが自分の血ではないことだけが残念だった。
「今日はな、海で泳いだぜ!今噛んだら塩味するかもしれないっすよ?」
「塩かけるのはスイカだけでいいよ」
本日のつぼ浦の血の売り込みが始まり、青井は苦笑する。
「なに、客船にでも行ったの?珍しく」
「いかねぇぜ、大型犯罪なんて特殊刑事課の出る幕でもないからな。海に落ちた車をインパウンドしてたんすよ」
「なんだ。じゃあ無線で大騒ぎしてたのは何だったの?」
「あー、迷子の子供がいたんっすよ。名前も何もわかんねぇってビャービャー泣くから大変だったぜ」
「へぇ、子供の相手できるんだ」
「サッカー選手になりたいんだとよ。見ろよこれ、サインもらったんだぜ」
つぼ浦は誇らしげにハーフパンツの裾を見せる。そこにはチューリップのような拙い絵が黒いマジックで書いてあった。
「ふ、ふふ、おまわりさんじゃん」
「オウ、俺はずっとおまわりさんだぞ」
「いや、なんでもない。つぼ浦がつぼ浦してるなぁって」
「ア?なにいってんだ?俺は俺に決まってるだろ」
青井のいうことがわからずつぼ浦は首をひねる。青井はずっと一人でクスクス笑っている。バカにされているわけではなさそうだが、褒められているかどうかは微妙なラインで、つぼ浦は居心地悪くサンダルで地面を蹴る。
夢のようなマジックアワーも終わり、昼間の名残も失せた空は夜を出迎えるように深い藍色に変わっていく。これからは夜の怪物の時間だ。迫りくる夜闇は青井の髪と同じ色をしていた。
「聞いてなかったし、ちょっと興味あるから一応聞くけど。なんでそんなに俺に噛まれたいの?」
青井がつぼ浦を見つめていた。目の色だけは昼間の青空のようだった。
つぼ浦は返答に迷った。青井が好きなこと、吸血鬼も好きなこと、それをどう伝えたら青井に引かれないかを瞬時に考える。
「夢なんっすよ。吸血鬼に血飲まれるの」
「へぇ」
考えた結果、素直に声に出してみた。青井は呆れたような顔をしている。
「ほ、ほら、注射は痛てぇだろ?俺注射大嫌いなんすよ。でも吸血鬼なら痛くないかもしれないだろ?噛むプロなんだからよ」
「え、そんな理由で?俺につきまとってるの?」
「そうだぜ、気になるだろ?吸血鬼なんて、出会えると思ってなかったのによ。ここにいるなら検証したいだろ!」
「そうかなぁ……お前の琴線わからんわ」
「そうだぜ、が、学術的興味ってやつだぜ!」
つぼ浦が補足すればするほど青井は首を傾げていく。「性癖です」の一言が出せれば一瞬で納得してもらえたかもしれないが、つぼ浦のキャパを超えている。
「逆に聞くけどよ、なんでそんなに俺のこと噛みたくないんだ?」
ポケットからタバコを取り出し、口に運ぼうとしていた青井の手が止まった。つぼ浦のことは見ずに視線を彷徨わせ、それから煙草を咥えて火をつけた。
「別にお前だけじゃないよ。輸血パックがあるんだからそれで充分」
「生き血のほうが美味いっすよ絶対」
「知らんてそんな、血の味なんて」
「昨日、まるんたちと飯食いに行ってきたんっすよ。また美味しくなっちまったなぁ、俺」
「ふーん。何食べてきたの?」
「焼き肉。弁当も買ってきたんだぜ。アオセンも今度一緒に行きます?」
「お前喧嘩売ってんのか?」
青井は苦々しい顔で煙を吐き出す。心臓の止まっている身体は内臓も機能せず、固形物を食べると吐いてしまう。それをつぼ浦にも伝えたのに、つぼ浦は青井の目の前でウキウキと焼肉弁当を取り出した。
「っていうと思ったんで、代わりに俺が食っておくぜ。どっすか?俺の血、今なら焼き肉味だぜ?」
つややかなタレと、冷めてもなお脂が光り輝く肉で米を挟み、大口を開けてかぶりつく。口の端に米粒と焼肉のタレをつけたまま、つぼ浦は自信満々に青井を見た。
「焼き肉味って、駄菓子じゃないんだし。てか味が染み込むの早すぎでしょ、お前の身体白米かよ」
「だから肉との相性も抜群だろ。どうっすか?」
「そうだねーカルビかぁ、牛タンだったらなー」
「チクショウ、年とると脂っこいのダメか」
「あ゛ぁ?!」
「悪いけど今日のところはこれで我慢しろよな。また美味しくなっとくんで、いつでもいいっすよ。本当、遠慮とかいいんで」
「遠慮するのはお前だよ、飲まないっての」
冷たく適当にあしらいながらも、青井はモリモリご飯を食べるつぼ浦のことを横目でじっと見ていた。
自分が健康で元気であること、ご飯を美味しそうに食べること、それで青井も安心して血を飲んでくれやしないかとつぼ浦は思っていた。しかしどれだけ健康アピールをしても青井は頑なに飲もうとしない。これではご飯を食べられない人の横で食事を摂る場違い人間になってしまう。さすがのつぼ浦も気になって、恐る恐る青井を見た。
「……よく耐えられますね、目の前で食べてるの。食べたくなんないんすか?」
「え?ああ、飢えに比べたらこんなのどうもないよ」
そういうと青井はタバコを口に運ぶ。つぼ浦が思ったよりも青井は怒っていない、それどころか無関心のほうが強い。
「なんすか?飢えって」
「ああ……血が足りなくなると我を忘れちゃうんだよね」
「エッ」
「でも、つぼ浦の前でそんな事になったことないだろ?だから大丈夫なんだよ」
青井は不穏な言葉を「大丈夫」の一言でねじ伏せる。つぼ浦の前も何も青井は血を飲んでいるところを見せようとしない。心配が膨れ上がるがその心配を差し挟む余地がない。今のつぼ浦にはかけられる言葉がなかった。
「慣れてるからって我慢してるのもよくないと思うぜ、俺の血は絶対美味しいぞ?」
「うんうん、つぼ浦はそのまま元気でいてね」
「さては俺が美味しくなるの待ってんだろ。チクショウやられたぜ、魔女かよ!」
「はいはい、そうだね」
青井はつぼ浦のセールストークを適当な相づちで聞き流す。
空はすっかり暗くなり、街灯の光に虫たちが集まっている。つぼ浦は残った弁当を一気にかきこむ。その姿をぼんやりながめていた青井がポツリと口を開いた。
「……お前の血はどんな味だろうね」
つぼ浦は飛び跳ねて青井を見た。
「飲む気になりました?!」
「なってない。学術的興味で」
先ほどの自分の適当な言い訳を意趣返しされて、つぼ浦は言葉に詰まる。
ただ遠くから青井に片思いしている間は、青井が何を見ていてもいいと思っていた。しかしその視界に入れるなら入りたい。少しだけ興味が向いたことが嬉しくて、つぼ浦は喜びを隠さず青井に言った。
「じゃあどんな味なのか賭けませんか?」
「そうだなぁ……」
つぼ浦が思ったよりもしっかりと、首を傾げて青井は考えている。
しばしの沈黙が訪れる。数十秒ののちに、青井は短くなったタバコを指先から弾き飛ばした。
「……太陽」
そして一言言った。つぼ浦は目を見開いた。
「眩しいくらいの味がするんじゃない?なんだっけ、常夏刑事なんだし」
「南国刑事だぜ、二度と間違えんなよ」
「ああそうだっけ、ごめんごめん」
夜の怪物が言う「太陽」という言葉がつぼ浦の胸をチクリと刺した。しかし同時に二度と直視できない光を自分と重ねてくれたことが嬉しかった。
「太陽っすね、わかったぜ」
「うん。だから俺がその気になるまでに太陽食べて美味しくなっといてね。そしたらその気になってあげるかもしれん」
「アァ!?そういうことかよ!チクショウやりやがったな、無茶言いやがって!」
「ははは、わかったって言ったよね?白米に太陽乗せて食べてきなよ。まぁ、頑張ってね」
青井は皮肉っぽく笑った。到底無理なことでもつぼ浦は臆さずひるまないことはわかっている。だからこれはかぐや姫が出した五つの難題のような、遠回しな拒絶も同然だった。
つぼ浦は悔しそうな顔をして、しかし無言でスマホを引っ張り出した。直後、ピロンと青井に飛んでくる請求書。
「で、賭博罪っすね?」
「おい、テメェ」
青井が背中の刀に手をかけるのと、橋の欄干を飛び越えてつぼ浦が逃げ出すのとはほぼ同時だった。
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冬椿
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