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『親愛なるランディへ』
そんな書き出しで始まった、友ウィリアム・リー・ペインからの手紙は、ウィリアムが男爵位を継いで三年目、ランディリック・グラハム ・ライオールがニンルシーラ辺境伯になって六年目になったころ届いた。
執務室で執事のセドリックから手紙の束を受け取ったランディリックは、その中へ見慣れた【Pと燕】があしらわれたペイン家の紋章を模った封蝋を見つけて、真っ先に開封する。
サッと内容に目を通したランディリックの眉根が寄せられる様を間近で認めたセドリックが、「いかがなさいましたか?」と控えめに口を開いた。
「――セドリック。突然だが、なるべく早く王都へ出向きたい。予定の調整は付けられそうか?」
三年ごとに何かが起こるように感じるのは気のせいだろうか。
約三年前にはウィリアムが家督を継ぐ前にとニンルシーラへ出向いてくれたし、今回は看過することが出来ない内容の手紙が届いた。
今まで領地を出ることなどほとんど皆無だったランディリックの言葉に、セドリックが小さく息を呑んだのは当然だろう。
「差し出がましいようですが、一体何があったのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
セドリックの問いかけに、ランディリックは手にしていた手紙を執事へ手渡した。
***
「久しぶりだな、ランディ」
ランディリックはウィリアムからの手紙を受け取ってひと月も経たないうち、汽車と馬車を乗り継いで約六年ぶりに王都エスパハレへ降り立った。
本来ならば真っ先に生家であるライオール子爵家へ出向くのが筋だ。
だが、今回の帰省に関して、ランディリックはライオール子爵家の家長である父・テレンスには一切連絡を入れなかった。
元々エスパハレに長居するつもりはなかったし、目的を果たしたらすぐにでも領地――ニンルシーラへ戻るつもりだったからだ。
***
今まで一度も交流のなかった叔父夫婦が、伯爵家の一人娘・リリアンナ・オブ・ウールウォードの後見人としてウールウォード邸に乗り込んできたのは今から二年前、リリアンナが十歳の時のことだった。
リリアンナの両親は、食べるのが大好きだった娘のために美味しいものを仕入れてくると市場へ出かけて、運悪く強盗に遭い呆気なくこの世を去ってしまったのだ。
両親の遺体の傍には、リリアンナのために買ったと思しき異国のフルーツや焼き菓子が散乱していたらしい。
それを知った時からだ。リリアンナは食べ物の味が分からなくなってしまった。
自分が美味しいものを食べたいといわなければ、両親は今でも健在だったかもしれない。
その後悔が、リリアンナから味覚を奪ったのだ。
そんな状態のリリアンナの傷が癒える間も与えないぐらい本当にすぐ。
叔父夫婦が父母の死後、まるで前もって準備でもしていたかのような異例の早さでリリアンナの後見人としてウールウォード邸へ乗り込んできた。だが、後見人とは名ばかり。
言葉巧みにリリアンナを養女として自分たちの内側に取り込んでからは、実質リリアンナを召使い同然に扱い、ウールウォード家の一切合切を掌握してしまった。
まだ十を過ぎたばかりのリリアンナには、叔父夫婦の横暴に対抗する術がなくて。
リリアンナを庇ってくれる使用人たちは次々に辞めさせられ、両親の死から二年が経った今では、ウールウォード邸の下働きの数はリリアンナの両親が健在なころの半数以下になっていた。
残った者らは保身のためだろう。リリアンナが酷い仕打ちを受けていても見て見ぬふり。気が付けば、リリアンナは屋敷内で孤立無援になっていた。
減らした召し使いの分、邸内の家事が手薄になったことを憤った義理の叔母エダ・ポリー・ウールウォードから、まるで侍女扱い。次から次へと掃除や洗濯などを申し付けられたリリアンナだったのだが、当然いままでしたこともないことが一朝一夕で上手く出来ようはずもない。
ただ、幸い炊事だけは古くからここにいるシェフが何とか首を免れて居続けてくれたため、しなくてもよかったのが味覚に障害が出ているリリアンナには有難かった。もし、食事の準備まで任されてしまったら、味の分からない自分にはまともな料理なんて出来やしないはずだったから。
とはいえ、他も初めて尽くしで最初の頃、何ひとつまともにこなせなかったリリアンナは、家事がろくに出来ない上、見た目も気持ち悪い穀潰しの小娘……と虐げられ、叔父一家がやって来て半月もしないうちに半地下の物置小屋へと追い込まれてしまった。
今までリリアンナが使っていた二階の南側、日当たりのよい明るい部屋は、リリアンナよりひとつ年下の義妹ダフネ・エレノア・ウールウォードにあてがわれた。
リリアンナの実父母が娘のために買ってくれた家財道具は全て売り払われ、カーテンに至るまでダフネ好みに塗り替えられてしまった。
かつて自室だった部屋からリリアンナが気に入っていた淡い桃色のカーテンが外され、金糸銀糸をふんだんに織り込んだ豪華絢爛たる重厚なカーテンに付け替えられているのを見た時、リリアンナはとても悲しかったのだ。
だが、どうすることも出来ず、せめて……と外したカーテンが欲しいと願い出たのだが、半地下にカーテンは必要ないと聞き入れてはもらえなかった。
そればかりか叔父夫婦は、溺愛する一人娘のダフネをリリアンナの前でわざと見せつけるようにお姫様扱いした。