テラーノベル
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───コンコン。
ノックの音は、思ったより小さかった。
それでも、
保健室の中の空気が、はっきり変わった。
「……どうぞ」
学年主任の声。
桃が、ドアノブに手をかける。
一瞬、止まる。
──この向こうに、
まだ何も知らないでいた頃の
自分たちが壊される答えがある。
息を吸って、
扉を開けた。
きい、と低い音が鳴る。
最初に見えたのは、ベッド。
白いカーテン、
消毒の匂い、
そして───
ベッドの横に立つ、赫。
椅子に座って、唇を噛みしめてる黄。
少し離れたところで、不安そうに立ってる瑞。
全員、もう知っている顔だった。
桃の喉が、ひくりと鳴る。
「……」
その瞬間。
ベッドの上で、
翠の指が、かすかに動いた。
「……っ」
まぶたが、ゆっくり持ち上がる。
焦点が合わないまま、天井を見て、
次に──視線が横へ流れる。
赫。
黄。
瑞。
そして。
扉のところに立つ、二人。
「……ぁ……」
声にならない息。
すちの目が、はっきり揺れた。
───見つかった。
その表情だった。
「……桃……にぃ……?」
震えた声。
その一言で、
桃の胸が、音を立てて崩れた。
「……」
返事が、出ない。
茈が一歩前に出る。
「翠」
低く、でも確かに。
「俺たち、呼ばれた」
それだけ。
言い訳もしない。
説明もしない。
翠は、ぎゅっとシーツを握る。
「……ごめ……」
「謝るな」
赫が、被せるように言った。
声は震えてるのに、
目は逸らさない。
「もう、聞いた」
翠は、ぴくっと肩を跳ねさせる。
「……」
黄が、そっと続ける。
「全部じゃないけど」
「でも……大事なとこは」
瑞は、何も言わない。
ただ、翠を見てる。
責めない目で。置いていかれた子の目で。
翠は、それに耐えられなくて、
視線を逸らした。
「……家族に……言わないでって……」
消え入りそうな声。
「……言ったのに……」
その瞬間。
桃が、やっと一歩踏み出した。
「……翠」
声が、かすれる。
「それ、誰のためだ」
翠の喉が詰まる。
「……赫ちゃん……」
反射みたいに出た名前。
赫が、ぎゅっと拳を握る。
空気が、張り詰める。
学年主任が、静かに言った。
「……今は、話さなくていい」
桃と茈を見る。
「ですが」
「お二人には、ここまで来ていただいた以上——」
一拍。
「もう、戻れないところまで来ています」
翠の呼吸が、浅くなる。
目が、泳ぐ。
「……だめ……」
ほとんど、呟き。
「……言ったら……壊れる……」
誰が、とは言わなかった。
けど。
その場にいる全員が、
“誰が壊れると思っているのか”を
理解してしまった。
桃は、何も言わず、
ただベッドのそばに立った。
手を伸ばさない。
触れない。
それが、今できる精一杯だった。
「……翠」
低く、静かに。
「俺たちは」
「もう、気づいた側だ」
翠の目から、
静かに涙が溢れた。
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