テラーノベル
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保健室は、静かすぎた。
時計の秒針の音が、やけに大きい。
翠は、ベッドの上で身を縮めている。
泣いてはいない。
でも、呼吸が浅くて、速い。
───言われる。
───触れられる。
───全部、奪われる。
そう思ってる目だった。
学年主任は、あえて口を開かなかった。
机の上に置かれたファイル。
そこに“動画”が入っていることを、
誰もが分かっている。
でも、誰も言わない。
赫は、立ったまま、動かない。
拳を握ってるのに、震えていない。
黄は、唇を噛んだまま、目を伏せている。
視線が、一度も翠から離れない。
瑞は、何度も口を開きかけて、閉じた。
桃は、翠の影になる位置に立っている。
守るでも、遮るでもない。
ただ、逃げ道を塞がない距離。
茈は、壁にもたれたまま、動かない。
目線は低い。
───感情を、押し殺している顔。
沈黙が、長く伸びる。
翠の指が、シーツを強く掴んだ。
「……」
声を出そうとして、
喉が鳴るだけで終わる。
その音が、
この沈黙の中で一番大きかった。
赫が、ゆっくり息を吸う。
「……先生」
低い声。
学年主任が、目を向ける。
「昨日」
「俺、聞きに行きました」
一瞬、誰のことか分からなかった。
でも、続く言葉で、全員が理解する。
「証拠を出した人が、誰なのか」
翠の肩が、びくっと跳ねる。
学年主任は、答えない。
その沈黙が、答えだった。
黄が、小さく首を振る。
「……違う……」
否定なのか、願望なのか、分からない。
翠の喉が、詰まる。
「……先生」
声が、低く落ちる。
「もう、ちょっとだけ……」
学年主任は、ゆっくり頷いた。
「ゆっくりでいい」
それだけ。
机のファイルには、触れない。
触れた瞬間、
全部が確定してしまうから。
沈黙が、また降りる。
翠の呼吸が、少しずつ乱れていく。
胸が上下するたび、
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「ばれないように」
「壊れないように」
必死に抑えているのが分かる。
赫は、それを見てしまった。
見て、
───気づいてしまった。
「……翠にぃ」
呼びかけた声が、
思ったより優しくなってしまって、
赫は歯を食いしばる。
「……なんで」
続きが、出ない。
聞いたら、終わる。
でも、聞かなきゃ、戻れない。
翠は、顔を上げない。
代わりに、ぽつりと零す。
「……赫ちゃんが……」
そこで、言葉が切れた。
それだけで、
部屋の空気が、はっきり変わった。
茈の指が、壁を強く押す。
桃は、目を閉じた。
学年主任は、まだ言わない。
“動画”の話を。
だって今は、
その前の沈黙が、
一番残酷だから。
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