【登場人物】
ロドリグ=ベッソン(集落の長)
レナルド=ベッソン(長男)
アドルフ=ベッソン(次男)
エリーゼ=ベッソン(レナルドの妻)
アリアーヌ=ベッソン(レナルドとエリーゼの子)
アダム=アルファン
パトリシア=アルファン(アダムの妻)
ベルトラン=アルファン(アダムとパトリシアの子・長男)
リュカ=アルファン(アダムとパトリシアの子・次男)
ウィリアム=ジスカール
【処刑】アネット=ジスカール(ウィリアムの妻)
ヘレナ=ジスカール(ウィリアムとアネットの子・長女)
マリアンナ=ジスカール(ウィリアムとアネットの子・次女)
ジル=グローデル
ジュリー=グローデル(ジルの妻)
フルール=グローデル(ジルとジュリーの子・長女)
《殺害》ジャン=グローデル(ジルとジュリーの子・長男)
アルベール=ロワイエ
ジョルジュ=ロワイエ(アルベールの子・双子の兄)
ジョスティーヌ=ロワイエ(アルベールの子・双子の妹)
ボッブ=ラグランジュ(独身)
【二日目】
それは、誰かの悲鳴で確信へと変わる。
悲鳴を上げたのは、エリーゼ=ベッソン。彼女は、隣にあるジスカール家の玄関先で腰を抜かして座り込み今にも泣きだしそうな顔をしていた。集まった大人たちが中を見て、皆が驚きを隠せないでいた。辺りは血の海だった。そう広くない居間が真っ赤に染まり、濃い血の臭いが漂っている。そして、その床の上に無残な姿になったこの家の主ウィリアム=ジスカールの死体があったのだった。喉笛は掻き切られ、腹は裂かれ、内臓が無くなっている。
「こ、子供たちは…」
ロドリグがそう言って家に上がり、家中探し回ったが二人の子供の姿は無かった。
「これは一体、どういう…」
誰もかれもが現状が把握できず茫然とする。
「人狼…か…」
そんな中そう言ったのはボッブだった。
「じゃあ、アネットは人狼では無かったということなの?」
パトリシアが尋ねたが、それに答える人はいなかった。
”死者が出たということは昨日処刑した人物は人狼ではなく、ただの人間だった。”
そう理解していながら、それを口にすることはできなかったのだ。
■ ■ ■
大人たちはベッソン家に集まったが、空気が重かった。それもそうだ、昨日人狼だと思って処刑したアネットが人狼ではなかったのだから皆やりきれないのだろう。
「さぁ、話し合いをしよう」
そう重々しく言ったのはロドリグだった。
「アネットを処刑したけど、死者が出た……ということは、まだ人狼がいるってことよね?」
そう確認したのは、昨日ここにいなかったジュリーだった。まだ、目は赤く腫れていて泣いていたことは容易に想像できる。だが、それでも会議には参加しなければならない。自分が処刑されないためにも。
「残念ながら、そういうことになる」
ロドリグは重い口調で言った。
「そう…」
ジュリーは項垂れる。
「じゃあ、やっぱりパトリシアが人狼なのか?」
いきなり切り込んだのはボッブだった。
「え?!いや、なんで!?」
パトリシアは激しく動揺する。
「昨日は話しの流れでアネットになったが、今一番怪しいのはあんただ」
ボッブは冷静に言う。パトリシアが周りを見渡すと、全員が彼女をじっと見ていた。まるで、人狼かどうか見極めるように。
「な、何言ってるの?そりゃ……確かに私はアルベールに色々愚痴を言っていたけど…殺すほど恨んでたわけじゃないわ。だって、そうでしょ?私だって母親なの。子供を失った気持ちは痛いほどわかるわ」
「だから、殺した?」
ボッブが冷ややかに問う。
「なに、を…」
「痛いほどわかるから、その痛みをわからせてやろうと。あんたは過激なことも言ってたんだろ?みんな末っ子を冷たい目で見てくる。旦那が世話をしない。みんな死ねばいいって」
アルベールがそう言うと、パトリシアは彼を睨みつけた。
「そ、それは言葉のあやよ!本気じゃない!お酒の席で言ったことを本気にしないでよ!」
「酒の席でこそ本音が出るもんだろ」
「そんなこと……」
アルベールの言葉にパトリシアは何も言い返せず、握りしめた拳が微かに震えていた。
誰かに助けを乞うても、誰もが目を背けたり、軽蔑の眼差しを向けるだけ。
「さぁ、投票の時間だ」
ロドリグが静かに告げた。パトリシアが弁明を続けたが、耳を傾ける者はいなかった。
「貴方…助けて」
パトリシアが夫のアダムに救いを求める。
「……夜な夜なアルベールのところに行って、酔っぱらって帰って来たお前を信じろと?」
「そんな…それは…」
「確かに俺は仕事ばかりのつまらない男だっただろうさ。だがな、それはお前が信頼できる女だと思っていたからだ。だが、それは身勝手な思い込みだったみたいだな」
「違うの…」
パトリシアは目に涙を溜めて言う。
「……お前が人狼だったら、どんなに俺の心は救われるだろうな。自分が愛した人が、こんな残忍なことをしたなんて、俺は、信じられない」
静かに涙を流すパトリシア。床にへたりこみ、嗚咽を溢す。そんな中、開票が行われた。
「アルベール一票、パトリシア九票……」
投票結果を聞いてパトリシアはか細い悲鳴を上げて、両腕をボッブとアドルフが掴む。だが、もう抵抗する気力も無いのか、そのままズルズルと家の外に引きずられた。
「違う。私は人狼じゃあ…」
その言葉は、銃声に掻き消された。
パトリシアの亡骸は、アネットの隣に埋葬された。埋葬したのは、昨日同様ベッソン家の兄弟。
「……実際、どう思う?」
スコップで土をならしながら、レナルドはアドルフに問う。
「どう、というと?」
アドルフは質問で返す。
「パトリシアは、人狼だったのだろうか…?」
「……それは、明日にならないとわからないと思うけど」
「それもそうだが」と言って、レナルドは眉間に深い皺を寄せる。
「誰も死ななければ、パトリシアが人狼だったことになる…。俺は、そうであって欲しいと思う」
「みんなそうだよ。これ以上、自分たちの手で知り合いを処刑をしたくはないんだから」
「そうだな……これ以外に人狼に抵抗する術は無いのか…例えば、人狼が殺されるのを恐れてここから逃げ出すとか…」
「無いと思う」
アドルフはきっぱり言い切った。
「これだけ長い間、人狼が存在し続けていていまだに殲滅できていないのもその方法が無いからだよ。きっと、今までいろんな人が色んな方法で対抗してきて、結局、伝わっている方法はこれしかないのだから」
「…そう、だな…」
レナルドは重いため息をこぼした。
「人狼はきっと、この現状を楽しんでいるんだろうね…」
「楽しんでる?」
妙なことを言う弟を兄は不思議そうな目で見つめる。
「人が人狼に怯える様を、自分が殺されるかもしれない中で人間たちが互いに疑い、殺し合う様をみて滑稽だと楽しんでいるんだ。だから、人狼は、自分が殺されるかもしれないことを承知の上でここにいて全てを楽しんでる……のかもしれない」
「……恐ろしいな……」
レナルドはそう呟いて、埋葬された場所を見つめる。
「さ、帰ろう……。明日は良い日になると願って…」
「そうだね……」
そして、二人はその場をあとにした。
その衝動からは逃れられない。
殺せ、殺せと誰かが耳元で囁くようだった。
より残忍に、より残酷に、相手の言葉に耳を貸すこと無く。
見ろ、怯えた人間の顔を。
さぁ、殺そう。
ここにいる全ての人間を殺してしまおう。
大丈夫、誰もいなくなったのならまた別のところに行けばいいだけの話し。
人間はいくらでもいる───。
コメント
2件