あそこにはなかった、ここじゃないと思うと言いながら、優斗は心当たりを探っていく。こういうときは家の中をひっくり返すのがセオリーだけど、なんせ三科家は広い。せめてアタリをつけてもらえれば、無駄な時間も省けるはずだ。
立ち上がったはいいものの、結局この家の中の決定権を持っていない俺と賢人さんは、優斗に頼るしかない。
だけどふと、賢人さんの目が今朝三人が急死した──あの部屋の方向を見た。
「祭壇を最初に、調べてもいいかな」
とても、とても小さな声だった。
どっちかというとそれは、こんな状況で聞くような声色じゃなかったと思う。子どもが漏らした本音というか、手の届かない憧れを口に出したような、そんな声だ。
あの祭壇がどんな作りになっているのかは知らないけど、もし普通の仏壇みたいに棚や引き戸がついてるなら、確かに座敷わらしのものを納めておくには最適な場所なのかもしれない。優斗もそう思ったのか、頷こうとしたときだった。
「祭壇になにかするなんて、そんなのダメよ!!」
突然、それまで茜さんと話していた桜さんが吠えた。
本当に犬が吠えたのかと思うような声量だったんだ。キツい声で、こっちを振り返った目つきも、孝太さんと一緒の時には見られなかったほど吊り上がっていた。
「座敷わらしのことはその本の中で調べられるんでしょ!? あの祭壇は神聖なものなの、三科の人間でも、毎日の掃除とお供えのとき以外は手を触れちゃいけないって言われてるのよ! そんなものを、よそ者のアンタになんて触らせたらもっとひどい罰が……!!」
「本の中で調べられる情報なんてたかが知れているんですよ、桜姉さん。僕に触るなと言うなら、僕は隣で指示するだけで、優斗に任せます。それなら文句ないんでしょう」
……武さんとのやり取りを見たときも思ったけど、賢人さんは義理の兄姉に対して一歩も引いてない。よっぽどいじめられて対処法を覚えたのか、それとも、そんなことに付き合うのも飽きたのかは分からないけど──少し、憧れる。
桜さんも口では勝てないと思っているのか、ものすごく悔しそうな顔をしたあと吐き捨てるように言った。
「もし優ちゃんになにかあったら、座敷わらしなんかに頼らず、私がこの手でアンタを殺してやるから!」
……優斗のことは、大事に思ってるんだ。ずっと一緒に暮らしてるんだから、そりゃそうかもしれないけど。
この優しさを賢人さんにもわけてあげて欲しいと思うのは、俺が部外者だからだろう。
「どちらにしろ、あの部屋の畳はもう使い物にならない。大量の汗と尿が染み込んでいて、きっとひどい臭いだ。……茜さん、畳はもう捨ててしまってもいいですか?」
そして賢人さんも、茜さんに対しては言葉が柔らかい。少し悲しい光景だ。
優斗たち親子が、ずっとこの家族内の橋渡し役をしていたんだろう。初日の昼間、大おじさんと俺の間で優斗が困り顔をしていた時みたいに。
俺自身も知らない間に優斗を緩衝材にしてしまっていたけれど、なんて言えばいいだろう。優斗たち親子が都合よく使われていたように見えて、気分が悪い。
だけど賢人さんのほうは、三科家に滞在すればこうなることが分かっていたんだと思う。
「……だから、離れて暮らしてたんだろうな」
モヤモヤするけど、それだけは受け入れられた。
「畳を運ぶなら、俺も手伝います」
「え? ──かなり汚いと思うよ? いいのかい?」
「畳って重いと思うし、賢人さんだけに運ばせるのは申し訳ないっていうか。優斗が祭壇を調べてる間、俺はボーッとしてるだけじゃないですか。それくらい頑張れますよ」
俺にできることなんてその程度だ。そう言うと、賢人さんと優斗も笑ってくれた。
「だったらその間に、俺はできるだけ祭壇を整理してみる。もちろん、祭壇に手をつけることを座敷わらし様に謝ってからだけど──そのほうが、いいよね?」
「僕に聞くまでもない。どんな相手にでも、敬意を持って接するのは大事だ。優斗はちゃんと分かってるだろ?」
自信を持てと背中を叩いた賢人さんの言葉に勇気づけられたように、優斗が胸を張る。それでもきっと、今まで禁止されていたことをする怖さはあるだろうけど、優斗は唇を引き結んで茜さんと桜さんを見返った。
「言いつけを守るのも大事だと思うけど──どうしても探さなきゃいけないものがあるから、行ってくる。二人はのんびり待っててよ」
へラリと笑って手を振った優斗に続き、俺たちも祭壇に向かう。
襖に手をかけたときだ。
「賢人くん、陸くん、待って!」
俺たちを呼び止めたのは茜さんだ。
「……服も手も汚れるわ。レインコートとゴム手袋があれば、少しはマシなはずよ。取ってくるから待っててちょうだい」
「ちょっと、茜ちゃん……!」
「桜さん大丈夫、心配いらないわ。二人に汚れた畳を運び出してもらうだけ、それだけよ。その間に、優斗が祭壇を掃除するの。お供えや道具を無事なものと穢れてしまったものを仕分けて、祭壇も拭き上げる。罰が当たるようなことなんてなにもしないわ」
止めないのかと口を開いた桜さんの手を握って、茜さんは静かに話した。まっすぐ目を見て話すその言葉に、桜さんも少し、なにか思うところがあったんだと思う。唇を噛み締めて涙目になった桜さんは、震えるように息を吐いた。
コメント
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桜さん、割と良い印象持ってたけどやはり一族の血は流れてるか…