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「……そう、そうね。優ちゃんは賢い子だもの。罰が当たるようなことも、しきたりを破るようなこともしないわね。──うちにもレインコートとゴム手袋くらいあったはずよ。持ってくるわ」


お互いに勇気づけるように腕を叩き合い、各自の家に戻っていく。心なしか、自宅に戻るのも不安そうだった。

ほどなくレインコートを着せられ、ゴム手袋も着用し、さらにマスクまでつけさせられた俺たちは、あの祭壇の部屋に入った。

……ひどいアンモニア臭だ。温泉のニオイだなんてお世辞を言う気にもならない。締め切っていたせいもあるのか、まるでサウナの熱気のように襲いかかったニオイに、俺たちは思わず呻き声を漏らした。

三人分の水分を吸い取った畳は、はっきりと変色している。


「……やろうか」

「はい」


畳を持ち上げると、じっとりと重かった。濁った汁がボタボタと床材に落ちる。

したたっているのは、三人の体だったものだ。

畳を持つ手が震える。


「これじゃ、運んでる間の動線も汚してしまうな……。倉庫にブルーシートがあったはずだから取ってくるよ、待っててくれ」

「は、はい」


一度畳を置き直して倉庫へ向かった賢人さんを見送り、汚れたゴム手袋じゃ鼻を塞ぐこともできず、できるだけ息を止める。本当にひどい臭いだった。

立っているだけで気分が悪くなる悪臭なのに、優斗は脇目も振らず祭壇の前で手を合わせている。充分汚れている畳に正座し、祭壇を詳しく探すことを謝っているようだった。

こんな目に遭っても、いや、こんな目に遭ってるからこそ、礼儀を大事にしている。

やがて供えられていたオモチャや果物が、捧げ持つように降ろされていく。大量のそれが祭壇から降りるたび、隠れていた戸棚や引き戸が確認できるようになっていった。


「ここには普段、線香やマッチが入ってるんだ。こっちはお経みたいなやつ。ここは……そうだ、正月とかに使うお膳だな。でも──こんなに、俺の知らない収納があったんだ」


祭壇の形そのものを目の当たりにしただけなのに、優斗は青ざめた顔をしていた。神様にバチ当たりなことをしてる感覚なんだろう。


「遅くなったね、ごめんよ。大きなブルーシートがあったから、これに何枚か乗せて一気に運んでしまおう」


急いで帰ってきたらしい賢人さんがバサリと広げたブルーシートに、ぐずぐずの畳を重ねていく。なんだか、最初に持ち上げたときよりも重さが増して、畳そのものも柔らかくなっているような気がした。

畳を持つ手に力を入れすぎると崩れそうで、ものすごく怖かったのを覚えている。

あの部屋そのものが、俺にとって恐怖の対象だった。


「優斗、祭壇の右下から左下の順に確認していこうか。もし僕が畳を運んでいる間に見たことがないものが出てきたら、一旦保留して別の箇所を確認してほしい。いいかい?」

「うん」

「よし。じゃあ陸くん、さっさとこれを運んでしまおう。床板も雑巾か新聞で拭いて消臭剤を撒けば、この部屋も少しはマシになるはずだ」


優斗を残して部屋を出ることに抵抗はあったものの、ブルーシートに乗せに乗せた畳はかなり重く、引きずるにしても賢人さん一人じゃとても外に運べない。申し訳なく思いながらも部屋を出た俺は、視界の端に誰かが立っているのを見た。

少しだけうつむいて、俺と賢人さんを追うように顔を動かしたと思う。

そんな人を、見たと思った。


「どうかしたかい、陸くん」

「え? いや、今──」


見返したときには誰もいなかった。


「あれ……?」

「……寝不足なのに、こんなことに付き合わせてしまってごめんよ」


俺の挙動不審な行動を、賢人さんは寝ぼけたせいだと思ったらしい。

本当にそうだろうか。

昨日は確かに寝不足だった。腹が減っていつもより長くこれを書いていたはずだし、寝落ちたあともあの騒動だ。俺が気づいていないだけで、体は限界まで疲れていたと思う。

例えそうじゃなかったとしても、俺はそう思い込むことにした。

もうここに残っているのはたった七人だ。そのうち二人は倉庫で火葬の最中、茜さんたちはきっと部屋から出ていない。つまりわざわざ祭壇のある部屋の入り口に、たった一人で立っているような人、いるわけがないんだ。

勢いよく頭を振って、少しでも頭を冴えさせようと大きく息を吸い込む。あまりの汚臭に空っぽの腹の底がせり上がる気がしたが、狙い通り目は覚めた。


──畳を外に出した頃には鼻がおかしくなって、少し呼吸ができるようになっていた。


ドス黒い液体で汚れたレインコートとゴム手袋も脱ぎ捨てて、祭壇の部屋に急いで戻る。動線にも残り香があったけど、耐えられないほどじゃなかった。


「優斗、なにか収穫は──」


戻った俺たちが見たのは、引き戸に手をかけるたび手を合わせている優斗の姿だった。


「優斗?」

「あ、ごめん。……なんか、恨みながら死んだ人だって聞いたからさ。墓を埋めた上に、祭壇までグチャグチャにするのが申し訳なくて……。他にやりようがないから仕方ないけど、せめてきちんと謝りながらやろうと思ってさ」


潔癖だなぁと思った。

そこまでしなくてもいいだろって思ったんだ。お供えを降ろしていくときにも長く手を合わせていたんだし、調べるときまで手を合わせるなんて、大げさすぎるって。

座敷わらしの標(しるし)

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