その夜、コット村のギルドは大慌て。
二階の空いている部屋に包帯でグルグル巻きのネストを運び込み、ギルド職員総出で回復術や治癒術をかけまくる。
ぶっちゃけ中身はケガもなく至って健康体なのだが、ゴールドプレートともなると貴重な人材。しかも現役の貴族だ。
絶対に助けるんだというギルド職員たちの信念が、痛いほど伝わってくる。
俺とバイスはそれをヒヤヒヤしながら眺めていたが、結果なんとかバレずに事なきを得た。
そして俺は、ギルドからネストの世話係に任命されたのである。
食事の用意や、その他諸々の介護をするだけ。実際ネストは至って健康なので、楽な仕事だ。
「食事、持ってきましたよ」
「ありがとう。九条」
食堂から運んで来たネスト用の特別メニューが乗ったトレイをテーブルへと置く。
「今日の俺の仕事は、ネストさんの世話だと言われたんですけど……」
「ああ、そうなのね。ギルドもそこまで気を遣う事ないのに……」
やれやれと言った表情で肩をすくめるネストは、ゆっくりと食事を頬張り始めた。
「まあ、一応は怪我人ってことになってますからね……。じゃあ俺は隣の部屋にいるんで何かあったら呼んで下さい」
「いや、いてくれて構わないわよ。話があるからそこに座って?」
女性の食事をただ見つめているだけというのも悪い気がして、部屋を出て行こうとしたのだが、そういうのは気にしない性格のようだ。
ネストは構わず掬ったおかゆに息を吹きかけ冷ましながらも、それを口へと運んでいた。
「話ってのはあなたのプレートのこと。私は明日、治ったことにして王都へ戻るわ。あなたはそれについて来なさい。王都のギルドなら私が言えば再鑑定してもらえるはずよ。そこで本当のプレートを確認してから、どうするか決めるわ」
ネストが俺のプレートから認識できたスキルは、”ロングレンジショット”と”マルチレンジショット”の二つだけ。
確かにそれだけならカッパーでもおかしなことではないのだが、そこに死霊術は見当たらなかった。
であればそれは俺の物ではなく、その結果から、ギルドの不正が疑われることとなったのだ。
「あのー、すいません。王都ってどこですか?」
それを聞いたネストが驚愕する。
「あなたスタッグ城を知らないの!? ……って、そういえば記憶がないって書いてあったわね……」
名前は聞いた事がある。ただハッキリとした場所を知らないだけだ。
そんなことより、口の中の物を飲み込んでから話していただきたい。
顔に付いた無数のご飯粒を拭き取りながらも、記憶喪失設定を知っていてくれた助かったと安堵する。
知っていて当たり前の常識。まだまだ覚えなければいけないことが沢山あるなと、自分の無知さを痛感した。
「ここからだと馬車で四日くらい。ベルモントを経由して北上すれば着くわ。夜通し走れば三日ってとこかしら……」
「ちょっと待ってください。自分はこの村の”専属”ですよ? あまり遠出はできませんが……」
「もちろん指名依頼としてあなたを雇うわ。こっちは病み上がりですもの、護衛ということで通るはずよ。もう知らない仲じゃないし、おかしいことは何もないでしょ?」
確かにそうだが、俺にはミアと離れられない訳がある。実感は薄いが、離れすぎるのは良くないはずだ。
「できれば、ミアと離れたくないのですが……」
目を丸くしたネストは、食事の手をピタリと止めた。
「九条……。あなたよくもまあ恥ずかしげもなくそんなセリフが言えるわね……」
何か恥ずかしがるようなことを言っただろうかと首を傾げる。
「まあ、いいわ。もちろん担当同伴でも問題はない。カガリも一緒で大丈夫よ。こちらでギルドに申請を出しておくわ」
その時だ。扉がノックされると、部屋に入ってきたのはバイスである。
「おっ? 二人で密会か?」
冗談交じりに、爽やかな笑顔を向けるバイス。
こうしてみると、フルプレートを着込んで戦う屈強な戦士のようには見えない。
「九条は今日、私の奴隷なの」
言いたいことはわかるが、もう少し言い方を考えてもらいたいものである。
「違いますよ。ギルドでネストさんの看病をしろと言われただけです」
「一緒じゃないか」「一緒よね?」
ネストとバイスは顔を見合わせ同じことを言ったかと思えば、二人してケタケタと笑い合う。
「違いますよ!」
「ハハハ、すまんすまん。冗談だ。――で、話はどこまで進んでいるんだ?」
「明日には村を出て王都に向かおうって話してたとこよ。もちろん九条も連れていくわ」
「了解だ。じゃあ九条への依頼と馬車の手配はこちらでやっておこう」
「ええ。お願いね。九条も準備しておいてね。もちろん依頼するのはこちら側だからお金の心配はいらないわ」
「それは悪いですよ。自分たちの分は自分たちで払いますから」
「大丈夫大丈夫。気にしないで。こんなこと言っちゃ怒られちゃうかもだけど、フィリップたちから魔法書を買い取る分がまるまる浮いたから、結構余裕あるのよ」
金貨一万枚の魔法書をギルド職員を含まない四人で山分けということは、一人当たり金貨二千五百枚相当。
本来であればフィリップとシャーリーに金貨五千枚を支払う予定だった分がまるまる残っていると考えると、さすがは貴族だなと言わざるを得ない。
「はあ。国宝指定されてなければもっと安いんだけどねえ……」
「実際の相場だと、どれくらいなんですか?」
「そうね……。古い魔法書には違いないわけだし……。でも需要はなさそうだから金貨二千枚がいいところじゃないかしら?」
遺体のアンデッド化は禁止されているし、死霊術適性自体がめずらしいのならば確かに需要は少なそう。
死霊術のアンデッド作成には大きく分けて二つのパターンがある。
一つは死体や頭蓋骨を使い、アンデットを作成するタイプ。もう一つは骨を触媒に召喚するタイプだ。
死体を使うタイプは生前の強さが反映され、召喚する場合の強さは一定だ。
ネストの先祖であるバルザックが執筆したという魔法書には、前者である死体を使うタイプの魔法が記されていた。
「そうだ。ベルモントの魔法書店で死霊術の魔法書を買おうとしたんですけど金貨二百枚って言われたんですよ。それって適正な価格なんでしょうか?」
「店や種類にもよるけど、大体それくらいだと思うわよ?」
あのババアの店は、ぼったくりではなかったと言うことか……。
「さて。じゃあ俺は馬車の手配をしてくる。早めに言っとかないと明日に間に合わないからな。じゃあ、また明日な。九条」
「ええ、わかりました。それでは自分もこれで失礼しますね」
「九条はダメよ?」「九条はダメだろう?」
二人同時にツッコミが入る。
流れに任せて退室しようとしたのだが、そんな小細工は通用しなかった……。