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西宮桃 7月18日 木曜日 12時

「西宮さん。あの、これなんですけど……」

少し低姿勢の口調で、後ろから凛さんの声がした。振り向くと、凛さんが作業指示書を持って申し訳なさそうな顔をしていた。かすかに香水の香りが花を掠める。

「どうかしましたか?」

「何度もごめんなさい。ちょっと自分では判断しづらくて……。不定形のパネルカットなんですけど、このデザインなら太いほうの刃でカットしても大丈夫ですか?」

「ん、これは……。この部分細かいカットラインのところあるから、細い刃のほうがいいですよ。太いやつだとカットラインが汚くなるので」

「あ、ほんとだ。ありがとうございます。何回も聞いちゃってすみません」

「いえ、いつでも聞いてください。」

そう言うと、凛さんははにかみながらパソコンの前に戻った。

しつこい確認癖はあるけれど、おかげで彼女はほとんどミスをしない。4月に他店舗からこのルーチェ印刷3号店に移動してきてまだ間もないというのに優秀な仕事ぶりだ。

感心しながらも、凛さんに質問されていた途中であったため途中だったラミネートの作業に戻る。A4チラシをラミネートしたメニュー表の角を全て丸くしながら検品し、数を数える地味な作業だ。

有名な居酒屋のチェーン店が、8月に向けて大規模なリニューアルを行うらしい。ラミネートされたメニュー表には美味そうなビールのデザインが施されていた。

「前にその店行ったぜ、俺」

突然隣の作業場から力斗さんがこちらをのぞきこんで言った。

力斗さんは同い年の同期だ。凛さんと同じく、4月から他店舗から移動してきた。凛さんは作業場で大量のチラシの梱包作業をしていたが、面倒くさくなったのか、はたまた若干疲れたのか、世間話を始めた。

「この、漬けアボカドが死ぬほど美味い。絶妙な醤油加減がまじでビール似合う。」

「へぇ、そうなんですか」

「あと店員がめちゃくちゃ可愛くてさ、試しに、LINEやってる?って聞いたら、やってるけど彼氏いますって言われちゃってさぁ」

「それは残念ですね」

「そうなんだよ。まぁでも料理美味かったからな。意外と安いし、それでもう満足って感じ。西宮は酒飲めるの?」

「いや、そんなには……人並み程度です。」

「へぇ、まぁでも体弱そうだしな。あんまり酒に強くなさそうだよな。ずっと前に店長と飲みいったけどさ、店長めちゃくちゃ強くてすげかったよ。ほら、あの人営業だったぽいし、営業って酒飲みの場とかめっちゃあるから」

話が長いな……。

正直、こういう誰にでも話しかけてくれる人はちょっと苦手だ。

学生時代友達が出来ず、人と長時間話すことにそんなに慣れていない。面倒くさいのだ。次に何を話せばいいかとか、何を言えば相手は機嫌を損ねないないのか、そういうことばかり気にしてしまう。

なので基本的に、話しかけないでオーラを出しているつもりなのに、力斗さんはそういうオーラを放っていようがなんだろうが、全く関係なく人に話しかけてくる。どんな返答をしても、嫌な顔せず話を盛り上げてくれるからいいやつではあるのだけれど、作業に集中している時でも構わず話しかけてくるからたまったもんじゃない。

ああもう、今商品が何枚あるのか分からなくなった。適当に受け流しても意識が散漫になってしまう。今日中に梱包まで終わらせたいのに。

と思っていると、様子を見に来た田中店長が力斗さんの後ろに立っていた。

「力斗!早くやって!それ納品後1時間じゃないっけ?」

田中店長の厳しい声に思わずビクッと体が震える。いつも怒鳴り散らかしている嫌な上司。会話を終わらせたかったからナイスタイミングではあるのだが、こいつは嫌いだ。力斗さんは「す、すみません」と謝罪しながらも、にヘラ笑いで調子よさそうだ。

「ったく、ちゃんとやれよ。西宮、力斗のこと監視しといてくれよ」

「あ、はい」

なんで俺が?と思いながら適当に応えると、田中店長は気が済んだのか、凛さんの様子を見に行った。

「ひー、怖いわ田中社長」

力斗さんはようやく作業に戻りつつも、フゥと軽いため息をつく。自分もいい加減ラミネートの検品を終わらせて梱包に移りたいと思っているのだけれど、力斗さんは、次は俺にしか聞こえないように小声で話し始めた。

「そういや明日じゃん飲み会。西宮来るだろ?」

突然にこやかな顔をしてこっちを見ていた。

一瞬なんのことか分からなくて目線を逸らしたが、そういえば明日、会社の納涼会と称した飲み会があるのを思い出す。会社の掲示板で知らせがあった。

「いや、俺は行かないです」

「は?なんでだよ」

「お酒あまり飲めませんし、大人数も苦手ですし」

力斗さんが若干不機嫌そうな顔をする。そんな顔をされても困る。

「いいじゃねぇか。お前、りーちゃんの歓迎会も来てくれなかったじゃん」

「りーちゃん?」

「りんちゃんの事だよ。りーちゃんも明日お前が来ると思って楽しみにしてんぞ?」

ああ、りん、だからりーちゃんね……。

りんちゃんの方を見ると、大きな等身大パネルを1人で器用に畳んでダンボールで梱包している。一瞬目が合うとにっこりと笑ってきた。

愛されたい君はいつの日にか死んだ。【桃赤】

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