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「腹いっぱいになったか?」
『はい。色々ありがとうございます…』
あの後結局アンパン一つで満腹になった私はしばらく鶴蝶さんと他愛のない話をしていた。年が近いと知った突端、ほんのちょっとだけ親近感が湧いてきて少しだけ話やすくなったような気がする。
話の内容はお互いの過去など暗い話題ばかりだけど、誰かに何か話を聞いてもらうのって胸が軽くなるんだな、と爽快感を抱きながらいつの間にか降り始めた雨の湿った音をBGMに話を進めていく。
『あ、そういえばイザナさんっていくつ何ですかね…?』
2人は幼いころからずっと一緒だったと聞いたからイザナさんの事について知っているかもしれない、そんな淡い期待を抱きながら鶴蝶さんに問いかける。
そういえば私、イザナさんの名前以外の事全然知らないな、そう気づいた途端、うす雲のような寂しさが心の一面に広がり、体の芯まで冷えていきそうな冬の寒さと重なる。
「イザナ?えーっと…、今年で18だったような」
『18歳…』
視線を少し上に向け、思い出したようにそう言う鶴蝶さんの言葉を繰り返す。私より3歳も年上なんだなと心の中で感心した様に言葉を零す。
新しく1つ、イザナさんの事を知れて自然と喜びで体の内側から温かくなる。どこか少しくすぐったいようなもどかしさを感じる。
「イザナ、帰ってくンのおせェな。」
ここの出入り口であろう憂わしげな表情で見つめ、心配そうに呟く鶴蝶さんの視線を追う。
建物のすき間から覗く空では太陽が天頂を通過してしまっている。先ほどまで異物感が取れずにいた喉は痣こそはまだ残って入るが痛みはもう全く感じない。相変わらず人間の回復力には驚かされる。
『確かに…』
全く帰って来る気配の無いイザナさんに妄想に近い恐れを胸に抱く。そしてそれと同じくらいイザナさんが帰ってきたらどうしようという別の心配事が脳裏に過る。
痛みが消えたからって首を絞められた時のあの恐怖も消えたわけじゃない。今でも鮮明にあの時のイザナさんの虚ろな瞳を思い出すことが出来る。
「全ッ然止まねぇなぁ…」
『ですねぇ…』
まばらに聞こえてくる雨の音が私たちの不安を煽っていく。もう探しに行こうかと話が出てきたその瞬間だった。
ガタン、という何かをぶつけるような音が室内に木霊するように 大きく響いた。
『え?』
音の正体を理解するよりも先に、誰かが出入り口の扉から滑り込む様に入ってきて、私達の方へ早足で歩み寄ってきた。
『イザ、ナさん…?』
ポトリポトリと雨の音に紛れてイザナさんの服や髪から落ちる水滴の音が耳に流れ込んでくる。
頭から水をかぶったようにびしょ濡れ姿のイザナさんが視界に映る。髪や肌には糸のように雨が絡みついていて、鶴蝶さんとお揃いのあの赤い服は水分を多く吸収してしまったのか赤黒く変色していて、重たそうに垂れ下がっている。
見るからに寒そうな彼の姿に一瞬言葉を失う。
「オマエびしょ濡れじゃねェか!?」
呆れと驚きを掛け合わせたような声で叫ぶ鶴蝶さんの右肩と驚きで言葉を失う私の左肩に無言で手を置き横に広げ、私と鶴蝶さんとの距離を無理やり開かせるイザナさん。
『え、えっと…?』
いきなりの謎行動に困惑の声がもれる。心なしか不貞腐れているような表情を浮かべるイザナさんの顔を見つめる。
「…オマエら距離近い、もっと離れろ。あと鶴蝶出てけ」
『え?』
「は?」
またもや困惑の声を零す私と鶴蝶さんの声が重なる。じわりと肩が濡れる感触とイザナさんの雪のように冷たい手に気づき、慌てて自分の着ている服の袖でイザナさんの手を温める様に包む。
『と、とりあえず服着替えたりして体温めた方がいいと思うんですけど……』
チラチラと少し遠くに行ってしまった鶴蝶さんに必死に視線を送る。
「あー…そうだな風呂…の前にまず体拭くか、タオル持ってくる。」
私の視線に気づいたのか解決策を提案してくれる鶴蝶さんをイザナさんは睨みに近い視線を向ける。
「鶴蝶出ていけ」
「会話しようぜイザナ。」
段々と良くない雰囲気に流れていき、置いてけぼりにされた心境が焦燥感を招く。
出てけっつってンだろ、と表情に獣のような怒りがギラギラと光るイザナさんにヒュッと恐怖で喉が掠れる音が鳴る。何気に握っている手に力を入れられていて痛い。
「……分かった。」
胃が捻り上げられたかのようにキリリと痛むほどの圧をかけられ、私に心配するような目つきを向けた後、鶴蝶さんは部屋から出て行った。
その瞬間、気まずさでお通夜のような重苦しい空気が部屋に淀む。
私とイザナさん二人きり。毎日(強制的に)2人きりの時間を過ごしているというのにあんな事が起きると妙に空気が重くなっていき、変に気を使ってしまう。
まぁ首絞められたら当然だろう、無理やりそう言いくるめて気まずさを紛らわす。
もう雨は止んでしまったのか水の音はしない、だがそのせいで余計に静かになって気まずさを高める。
そのままずっと気まずい雰囲気が部屋の中に充満し、そろそろ何か話し出そうと口を開いた瞬間、いつもよりずっと冷たい何かが私を抱きしめた。
寒いのか少し震えている。
「………………ごめん」
私を抱きしめる力を強めながら、細く小さい声でイザナさんがそう言う。
絞り出したかのように出たいきなりの謝罪。一瞬間を置き、やっと謝罪の理由を理解する。
きっと、イザナさんの「ごめん」は首を絞めた事に対してだろう、そう理解すると同時にもう1つの考えが脳に流れ込んできた。
私どう返事をすればいいのだろうか。
首を絞められたことは本当、痛くて苦しくて、怖かったのも本当。もし一歩間違えていたら今頃私は死んでいた。きっと今すぐにでも逃げ出した方が身のためなのだろう。
頭の中のメモをぺらぺらめくり、頭をフル回転させる。
いやでも違う、私は。
「……傷つけた、ごめん。……首…」
声はさきほどよりいくらか小さくなっていた。力の抜けているような、そんな小さな声が私の耳に入り込んできて、鼓膜と脳を甘く優しく揺らす。
『……だいじょう、ぶです』
気付いた時には腕が勝手に彼を抱きしめていて、口が勝手にいいように動いていた。
これはきっと恐怖からじゃない。甘く痺れる体とドキドキと脈を刻む速度を速める心臓の音にそう察し、この感情に気付かないようきつく蓋をし、 私はギュッと固く目を閉じた。
🎴 10日、11日、12日修学旅行行くんで休みます。