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美咲は公園から帰宅した後、部屋の中で震えていた。スマホは再び手元にあり、その不気味なメッセージが何度も脳裏に浮かぶ。「次の善行を行ってください」という言葉は、まるで彼女の心に根を下ろし、逃れることができない呪縛となっていた。
「善行って…何が善行なの?」
何度も問いかけるが、答えは返ってこない。あのアプリが望む「善行」が何なのか、恐怖と不安が美咲を飲み込んでいく。美咲はスマホの画面を見つめ、選択を迫られているような気がしてならなかった。
その時、スマホが突然光り、画面に新たなメッセージが表示された。
「人を救え。それが善行だ。」
美咲はその言葉に胸が高鳴る。「人を救う?」それならば、正しい行いかもしれない。何かを変えるために人を助ける――それがアプリの求める「善行」ならば、少しは心の重荷が軽くなるかもしれない。
しかし、次の瞬間、画面がもう一度変わり、名前が表示された。
「対象: 山田雄一」
その名前は、同じ学校に通う不良生徒だった。彼は美咲を含む多くの生徒たちにとって恐怖の対象であり、学校でいじめを繰り返していた。彼に立ち向かうことなど、到底考えられなかった。だが、スマホは淡々と次の指示を出してきた。
「山田雄一の命を奪うことで、彼のいじめによって苦しんでいる人々を救え。それが善行である。」
美咲の心臓が凍りつくように冷たくなった。「命を奪う」――その言葉の重みが、現実感を伴って彼女の頭にのしかかってきた。そんなことが「善行」だというのか?それが人を助ける方法だと、アプリは言っているのか?
「そんなの…できるわけない…」
彼女は震えながらスマホを置こうとしたが、ふいに目の前の画面が真っ赤に染まり、音もなく映像が再生され始めた。それは、美咲の学校での日常の一部だった。映像には、山田がいじめている様子が映し出されていた。次々と虐げられる生徒たちの姿が、無音の映像として流れてくる。
「どうして…これを見せるの…」
美咲は手で顔を覆ったが、映像は止まらない。次に映ったのは、いじめを受けていた一人の少女が自殺する瞬間だった。彼女は校舎の屋上から飛び降り、地面に激突する。その衝撃的な場面に、美咲は吐き気を催した。
「彼女を救うためには、山田雄一を止めるしかない。それが善行だ。」
アプリの冷たいメッセージが再び画面に表示された。何かが壊れる音が、美咲の頭の中で響いた。善行という名のもとに、人を救うために命を奪う――その考えが、じわじわと彼女の理性をむしばんでいく。
次の日、美咲は学校に向かう途中で山田を見つけた。彼は相変わらずの横暴さで、通りかかる生徒たちを無視して歩いている。その姿を見た瞬間、美咲の胸の中に、これまで感じたことのない衝動が湧き上がってきた。
「これが正しいこと…なの?」
彼女の手の中に、いつの間にか小さなナイフが握られていた。まるでアプリに導かれるように、そのナイフが現れたのだ。心臓が高鳴り、世界がぼんやりとした幻のように感じられる。山田の背中が近づくにつれて、美咲の手は震えた。
「これが善行…」
彼女はそう呟き、ナイフを握りしめた。そして、衝動に突き動かされるまま、山田の背中にナイフを振り下ろした。
血が飛び散り、山田は驚きに目を見開いたまま倒れ込んだ。彼の口からは苦しそうな呻き声が漏れ、倒れたまま動かない。周囲の生徒たちが悲鳴を上げる中、美咲はその場に立ち尽くしていた。ナイフは手の中にあり、彼女の行為の痕跡が鮮明に残っている。
「これが…善行?」
しかし、何も感じなかった。正しいことをしたという実感も、救われたという感覚も、どこにもなかった。ただ冷たい現実だけが彼女の前に広がっていた。
その時、スマホが再び光り、美咲の手の中で振動した。画面にはこう表示されていた。
「善行が完了しました。次の善行までお待ちください。」