功徳アプリ

美咲の手のひらは冷たく、血にまみれたナイフがそのまま放置されていた。山田の体はもう動かない。息が乱れ、心臓がバクバクと激しく鼓動しているが、周囲の音はまるで遠くの世界で鳴っているかのように感じられた。視界はぼやけ、まるで悪夢の中にいるかのようだ。

「私は…一体何を…？」

美咲の手は震えていた。何をしたのかはわかっている。目の前にあるのは現実であり、ただの幻ではない。「救うため」に命を奪ったのだ。だが、そこには何の達成感もなかった。ただ、胸に重くのしかかる罪悪感が押し寄せてくる。

周囲の生徒たちは混乱し、教師が叫んでいる。誰かが警察に通報したのだろう。美咲はその場から逃げ出したかったが、足が動かなかった。恐怖と後悔が彼女をその場に釘付けにしていた。

美咲は自分の部屋に戻り、ベッドに横たわって天井を見つめていた。手元にあるスマホは静かに光り、またもや冷たい通知を送り出している。

「善行が完了しました。償いを行ってください。」

「償い？」彼女はその言葉に戸惑った。何を償うのか？アプリは、山田を殺すことで彼女に「善行」をさせたのではなかったのか？何故、償いを要求するのか？

スマホの画面に新たなメッセージが浮かび上がる。

「あなたには報いが必要です。命を奪った。それを償いなさい。」

美咲は胸が締めつけられるような感覚を覚えた。「報い」…自分がしたことの重さをようやく理解し始めていた。いくらアプリが「善行」と称しても、結局は一人の命を奪ったのだ。その罪をどれほどの言い訳で正当化しようとしても、現実は変わらない。

「どうすればいいの…」

彼女は泣きながらスマホに問いかけたが、画面には冷たい文字が淡々と並ぶだけだった。

「償いとは、自らの罪を受け入れ、その重荷を背負うこと。選択肢は二つある。

1. あなた自身の命で償う

2. 他者の命で償わせる。

「私の命か、他者の命か…？」

美咲はその選択肢に戦慄を覚えた。自分の命で償う――つまり、自殺しろということだ。だが、それを拒むなら、また別の誰かが犠牲になるということ。どちらにしても命を奪うことに変わりはない。

「そんなの…」

彼女の手は震え、涙がこぼれ落ちた。「償い」とはそういうものなのか。命の重みを代償にするしかないのか？

数日後、彼女は学校に行けるような心の余裕はなかった。外を歩くことさえも恐ろしく、部屋に閉じこもったまま過ごしていた。彼女の頭の中には、山田の死にざまが何度も何度も繰り返し再生される。それはまるで罰のように、彼女を責め続ける。

だが、逃れることはできなかった。スマホは一日中振動し、通知が届くたびに「償い」の選択を求めてきた。選択を先延ばしにするたびに、精神的なプレッシャーは増していった。

そしてついに、その夜がやってきた。

その夜、美咲は夢の中で再びアプリと対面した。闇の中に浮かぶスマホの画面が、彼女に冷たい光を投げかけている。そこには再び、選択肢が表示されていた。

自分の命で償う。

他者の命で償わせる。

「私は…どうすればいいの…」

涙で滲む視界の中、美咲は手を震わせながらスマホを見つめた。だが、決断の時間は限られていた。選ばなければならない――逃げることは許されない。

「自分の命で償うべきか、それとも…」

アプリの無情な要求に、美咲の心は引き裂かれるような痛みを感じた。しかし、彼女は最後の一瞬で、あることに気づいた。もし、自分がここで死んだとしても、アプリは決して止まることはないだろう。そして、次に誰かが同じ「償い」を強いられるのだ。

「私が終わらせなきゃ…」

その瞬間、美咲の手がスマホの画面に触れた。彼女は涙を拭い、選択肢を選んだ。