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「おぉおおッ! 今回のガチャも最高か!?」
私は、興奮気味にスマホをタップする手を速めながら画面を見つめていた。
私、天馬巡は所謂オタクである。私が、二次元に目覚めたのは小学五年生の年生の頃。それから現在二十一になるまでオタクの道を走ってきた。
二次元のキャラクターを尊いと思い、推している。そして、そのキャラクターのグッズを集めることに喜びを感じるタイプの人間だ。
私は、ガチャを回すために人差し指を画面に近づけるが所有石が限り無くゼロに近いことに気づき思わずスマホを投げた。スマホはベッドの上でバウンドし、私の顔面に直撃した。
「ふぎゃつぶしッ……!」
誰もいない部屋で私は潰れたカエルのような声を出して鼻を押さえた。
今月は金欠で有償石を買うお金もない。私は、一縷の望みを掛けて手元にある石を全部使って回したが結果は爆死だった。
「うぅ……課金したいけど、来月にはイベントがあるから我慢しないと……」
一人暮らしの大学生。
唯一の友達であり親友は先月亡くなり、四年間付合った彼氏とも先月別れた。
ガチャの女神にも見捨てられ、今の私はまさにどん底である。
「こういう時は、推しを吸って元気になるのよ。私!」
私は、気を紛らわすためにとある乙女ゲームのアイコンをタップした。
ピンク色のハートと共に流れてくる軽快な音楽。そして、タイトル画面に映し出された六人のシルエット。
人気の乙女ゲーム『召喚聖女ラブラブ物語』である。
題名はかなりダサいので召喚聖女と略していることが多いが、このゲームはかなり手が込んでいるのである。
まず、声優。今をときめく若手人気声優達が声を当てている。メインシナリオはフルボイスであるため、眼福ならぬ耳福である。
次にビジュアル。兎に角絵師様が素晴らしい!2Dで毛先までぬるぬると動くところ、そこにキャラが生きていると感じれるのだ。六人全員のかき分けも凄くて、一人一人いいところを語っていたら1日あっても足りないぐらい。乙女ゲームというだけあって、装飾や背景などにも力を入れていて美しい。
そしてなんと言ってもストーリー。ヒロインは予言者により災厄が訪れると告げられた帝国に召喚された聖女という設定で、ヒロインは、攻略対象との好感度を上げ聖女としての力を覚醒させ、好感度がマックスのキャラと最後は世界を救ってハッピーエンドという物語だ。
基本は攻略キャラの好感度をあげる乙女ゲームなのだが、ミニゲームや戦闘シーンもあり、剣技スキルとか魔法を使うことができる。と言っても攻略が主なので、レベル上げとかはないのだが。それに、最後は愛の力で災厄を浄化して世界を救うっていう王道な感じなので戦闘やミニゲームはおまけである。
「あ~リース様は今日もお美しい……!」
私は、スマホの中のリース・グリューエンに頬ずりをした。
リース・グリューエンとはこの『召喚聖女ラブラブ物語』の攻略キャラの一人で、ヒロインを召喚したラスター帝国の皇太子である。
黄金の髪にルビーの瞳、整った顔立ち、スラリとした体躯に高身長、表情筋が固まっているのではないかと言われるぐらい、滅多に笑顔を見せないキャラデある。しかし、そんなキャラが笑顔を見せたらどうだ? ギャップ萌えと言う奴だ。これで数多くの女性が落ちたに違いない。
性格は冷酷無慈悲。常に冷静沈着で、何を考えているか詠めない男。
ビジュアルでは彼に一目惚れした私だったが、いざ彼の攻略を始めて見るとこれがなかなか好感度が上がらない。それどころかすぐ下落してしまう。
それが、オタク魂に火をつけ絶対に攻略してやるぞと、私は意気込んだ。
私は、彼のルートをクリアするために毎日毎日彼の情報を集めていた。攻略サイトを確認しに行き、彼を攻略するにあたり他の攻略キャラのメインストーリーは蹴った。
そして、彼と会話をする度に彼の好感度が上がる話題、選択肢を必死に探していた。
そうして彼のことを知れば知るほど、好きになった。今では最推しである。
「そういえば、先月から悪役のストーリーも配信されたんだっけ……?」
私はふと、タイトル画面に戻り新たに追加されたストーリーを開いた。
それは、このゲームの悪役でありラスボスの偽りの聖女のストーリーである。何でもこのストーリーでは、悪女がヒロインとなり攻略キャラを攻略するという斬新な設定らしい。
そのせいか、賛否両論あった。
この悪女エトワール・ヴィアラッテアは、ヒロインが召喚される一年ほど前に聖女として召喚された女性だった。初めは聖女としてもてはやされていたが、彼女の横暴な振る舞いに周りは辟易する。そして、彼女は次第に孤立していき授かった魔法を使い帝国民を苦しめる存在へと成り果てた。
そして、ヒロインが召喚された後偽りの聖女とレッテルを貼られ恋心を抱いていた皇太子に見捨てられ闇落ちし、ヒロインと攻略キャラ達に成敗される。
それが、本編でのエトワールの役割だった。
だから、私はこの一ヶ月彼女のストーリーをプレイ出来ずにいた。だって、最推しのリースに見捨てられるんでしょ? 耐えられるわけない。
「私は、本物の聖女でヒロインなんだから。リースとラブラブストーリーを送るのよ……!」
私は、気合を入れてゲームのスタートボタンを押そうとした。しかし、あやまってエトワールのストーリーを開いてしまった。
その瞬間、スマホの画面が真っ白な光に包まれた。
「ひぎゃあああ! 何、何!?」
眩しさのしさのあまり私は目を瞑った。
――――
――――――
「ついに召喚出来たのですね……これで帝国の未来は……」
「聖女様……聖女様……っ!」
誰かに呼ばれているような気がして、ゆっくりと目を開ける。すると、目の前には黒いローブを着た人達がいた。
ここはどこだろう。さっきまで部屋で乙女ゲームをしていたはずなのに。
私は辺りを見回した。そこは石造りの部屋で、床には魔法陣のようなものが描かれている。
そして、私の周りには黒装束を身に纏い、フードを被った人達が私を取り囲んでいる。まるで、漫画やアニメでよく見る儀式のような光景に私は戸惑う。
しかし、私の心は焦りよりも喜びに満ちていた。
(こ、これって……――――)
私はもう一度辺りを見渡した。見覚えのある装飾と、黒いローブに施されたラスター帝国の刺繍。
私の期待値は跳ね上がっていた。ここは、私が大好きな乙女ゲームの世界……そして、私はヒロイン!
そう一人盛り上がっていると、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。
「皇太子殿下」
黒いローブを着た召喚士達は、一斉に膝をつく。
私は、胸が高鳴っていた。飛び出してしまうんじゃないかってぐらい、それはもう……
「お前が、帝国を救う聖女か」
低い声が部屋に響く。私は、ハッと我に返り、その人物を見た。
そこに立っていたのは紛れもない、リース・グリューエンその人だった。
(きた――――ッ! 私の最推し――――ッ……!)
私は目を輝かせた。今まさに、目の前に私の最推しであるリース・グリューエンが立っているのだ。 私の心臓は早鐘を打つように鼓動を打った。
(死にそう、リースが動いてる息してる、私に喋りかけてる!)
私は興奮気味に、リースを見つめた。もしこの場にスマホがあったら連写して動画におさめて、保存したい。
しかし残念ながら、手元にスマホは無い。
くそぉ、スマホさえあれば写真もムービーも撮り放題だというのに。
そう思っていると、ふと視線を感じた。私は視線を感じる方に顔を向ける。そこには、眉間にシワを寄せた皇太子が私を睨みつけていた。
「おい、貴様」
「は、はい! 何でしょうか!」
私は背筋を伸ばし、返事をした。
明らかに苛立っている様子のリースを見て、私は動揺していた。
確かに、ヒロインと出会ったときもあまり機嫌がよくなかったような……そもそも、女嫌いだったし。と私は自分を納得させリースを見た。
あまりにも眩しすぎる彼から、自然と視線を逸らしてしまう。こんなの直視していたら目が潰れてしまう……!
「名前は」
「えっと……」
「名前は何と言うのかと聞いているんだ」
「ひぃげぇ……ッ!」
ドスのきいた声で名前を聞かれ、私は奇声を発した。
怖すぎて変な汗が出てきた。怖い、マジで怖い。
確かに格好いいけど、好きだけど……オタクにはあまりにも厳しい。
推しの事なら幾らでも喋れるがこう一応初対面の人とは……そもそもコミュ障なのに如何すれば!? と言うか、推しが目の前にいるだけでキャパオーバーなんですけど!?
それに、名前は? と聞かれても何と答えれば良いのか分からなかった。ヒロインのデフォルト名を答えれば良いのだろうか。それとも自分の……
と、悩んでいると口が勝手に開いた。
「エトワール・ヴィアラッテアです」
私は勝手に動いた口を急いで手で覆った。
もう少し考えてから名前を……ん? 待って、エトワール・ヴィアラッテア!?
「エトワールか」
リースが私の事をまじまじと見ていたが、私はそれどころではなかった。
私はすぐさま自分の容姿を確認しようとした。しかし、鏡もなければ自分の姿を映せるものは無い。あるとするなら髪色だろうか。
私は恐る恐る腰まで垂れた髪を触ってみた。
うわぁああ! サラッサラだ! キューティクル凄い!
思わずテンションが上がりそうになるのを堪え、私は冷静を装いながら髪の色を確認した。
銀色、間違いない――――
「あ、あの……」
「なんだ?」
「私の髪の毛って銀色ですか!?」
私は食い入るようにリースを見た。
リースは少し驚いた顔をしていたが、すぐに表情を戻した。
「そうだが。それがどうした」
「いえ! なんでもありません!」
リースに明らかに嫌な顔をされさらに私のテンションは地に着いた。
ダイヤモンドを散りばめたような銀髪。そして、エトワール・ヴィアラッテアという名前。
間違いない……私は――――
(あの偽りの聖女、エトワール・ヴィアラッテアに転生しちゃったってこと!?)