「聖女様はきっと混乱しておられるのです」
「召喚には召喚された側もかなりの体力と魔力を消費するので、聖女様はその反動で疲れておられるのです」
と、私の周りを囲む黒いローブの召喚士達は口々に言う。
「……あ、はい。そうです、とても混乱してて」
私は取りあえず周りに合わせた。
落ち着いている風に見えて、心の中はかなり死ぬほど焦っている。
(いや、落ち着け私。まだ、悪女になるって殺されるって決まったわけじゃないじゃない)
私は、深呼吸をした。しかし、上手く呼吸が出来ずむせてしまう。そんな様子を見て召喚士達は慌てた様子で集まってくる。
「聖女様大丈夫ですか!」
召喚士は大事だと声を荒げる。
ただむせただけなのに、そんな大げさな。と私はやっとの思いで息を吐いた。注目されるのは好きではないし、苦手だ。
高校生の時に昼休み一人でソシャゲのガチャを回して、推しを引き当て叫んでしまった時の視線はとても痛かった。あれと同等、それ以上だ。
そしてあの後、職員室に呼び出されスマホが没収されたのは辛かった。
だから、この人達の心配そうな顔も私にとっては必要のないものだった。放っておいて欲しい。
私が咳き込んでいる間にも、召喚士達の話し合いは続いていた。確かに、体調があまり優れないと私は思った。先ほど召喚士達が言っていたように体調が悪い原因は、やはり召喚による疲労らしい。
取りあえずこの場をどうにか切り抜けようと私は必死に考えた。しかし、考えれば考える程頭が真っ白になって何も浮かばない。これからのことを考えれば考えるほど目の前が真っ暗になる。
「え……と」
すると、目の前に手が差し出された。見上げるとそこにはリースの姿があり、私は目を丸くする。
(推しが私に手を差し伸べているだと!?)
「どうした?」
「えっと、その……」
「俺の機嫌がいいうちに、手を取れ」
身に余る幸福!
――――じゃなくて……!
私は、リースを見上げた。直視出来ない完璧国宝級イケメンなのだが、何処か私を見る目が柔らかいような、懐かしさを覚えた。
初対面の筈なのに、とても親近感湧き私は思わずリースの手を取った。
リースの手の温もりが握られたところから徐々に伝わってくる。私の身体は沸騰寸前だった。今ならきっとお茶を沸かせる。
「此奴は俺が連れて行く」
「ですが、殿下……」
「聞こえなかったのか?此奴は俺が連れて行く。メイド共に聖女の部屋を準備させろ」
リースの鶴の一声で召喚士達は一斉に膝をつき頭を垂れた。さすが帝国の皇太子、威厳あるなあ…とポカンとしていると、リースに手を引かれ慌てて我にかえった。
リースの表情は心なしか先ほどより柔らかかった。
でもリースって女嫌いじゃ無かったけ? ストーリーでは偽りの聖女の召喚にも一度姿を現して消えたぐらいだし……まあ、その一瞬でエトワールはリースに一目惚れするんだけど。
まさか、私に一目惚れしたとか!?
エトワールは美人だったし、召喚時に暴れてもいないし。
まあ何にせよ、彼が私を気遣ってくれたのは嬉しい。私は彼の手を握る力を強めた。
「……ひッ、あ、あの。痛かったですか?」
リースに声を掛けると彼は少し驚いた顔をしたが直ぐにいつもの無愛想な顔に戻った。依然繋いだ手は離してくれない。
推しと手を繋いでいる状況はこの上ない幸福なのだが、緊張と興奮でそれはそれは凄い量の手汗がわき出しているに違いない。
リースの手を自分の手汗でベタベタにするわけにはいかない。それに気持ち悪いと思われてるかもしれない。
「どうした?」
私は、急いで手を離そうとした。しかし、リースはそれを許さなかった。
いや、本当は嬉しいけどその繋がれたところからドロドロの溶液になりそうなので勘弁して欲しい。
だけど、リースの力は強くて振り解けそうもない。溶けるどころか次は骨が折れそうだった。
「痛い痛いッ! 折れちゃう……!」
「おっとすまない。少し力みすぎたか」
そう言ってリースは私の手を離した。捕まれたところが少し赤くなってて、私は白目をむきそうだった。
骨折ヒロインとかダサすぎる。いずれ悪女と呼ばれる偽りの聖女であっても、一人の女性だ。か弱いんだ。
私は、反射的にリースを睨み付けてしまった。後々しまったと思ったが、彼は全く気にしていないようだった。むしろ、私が睨んでも平然としていた。
私は恥ずかしくなって俯いた。そして、これ以上彼に醜態を見せないようにと私は早足で歩き出した。
「いつまでそこに突っ立っているつもりだ。座ればいいだろ」
「……立っているのが趣味なので」
嘘である。もう足が限界だ。
談話室のような所に通された。部屋には私とリースが二人きり。リースは私に目の前にある高そうなソファーに座れというのだが、私は断固拒否した。
二人きりになった途端私は途轍もない不安に駆られていた。
やっと冷めてきた頭が、言うのだ「お前は悪女」だと。
そう、私はいずれ悪女と言われるようになる偽りの聖女。そして闇落ちしてヒロインと帝国を苦しめ成敗されるラスボス。
私は本ストしかプレイしていないため、エトワールストーリーに関しては全く知らない。今更ながらに、エトワールストーリーをプレイしておけばよかったと後悔した。
唯一の親友は一応プレイしていたらしいが、彼女曰く全くどのキャラも好感度が上がらないらしい。私の最推しリースは特に……だそうだ。
本ストではリースルート失敗以外は死亡エンドはないのだが、エトワールの場合はどのキャラデも死亡エンドが存在するらしい。
そして、召喚から一年後には本物の聖女、ヒロインが召喚される。
と言うことは、私の余命は約一年……
「死にたくない……」
「座ったぐらいで殺さないが?」
「そうじゃなくてっ!」
リースは、キョトンとした顔で首を傾げた。その顔もまた芸術品で、絵画にして美術館に飾りたいぐらいだった。イケメンはどんな表情をしても絵になるからずるい。
そして何故今こうしてリースと二人きりになっているかというと、私はリースに案内されるがまま彼の私的な居室に連れてこられた。
そこは、なんとも豪華な部屋だった。壁には帝国の美しい風景画がかけられており、天井にはキラキラと光るシャンデリアが吊るされている。
私は、あまりの豪華さに唖然として立ち尽くした。そのことも相まって、私は扉の前で棒のように固まっていた。
「……座れと言っているんだが」
「あっ! では、お言葉に甘えて! 失礼しますっ……!」
私は、恐る恐る腰を下ろした。ふかふかなソファーは私を優しく包み込む。私は、思わず頬が緩んでしまうのを抑えられなかった。
あのままでは足が棒になるところだった。
「わー、このソファーふっかふかですね」
私は、少し大袈裟に言った。それは、リースの視線から逃れるためだった。
(ふげぇ……! 何でさっきからそんな私のことじっと見てるの!)
リースは、無言のまま私を見つめている。
何も可笑しな事はしていないはず…そう思いふと顔を上げると目の前に丁度鏡があり、そこに映った自分の姿に私は肩を落とした。
まだ、自分があのエトワール・ヴィアラッテアだと信じてなかった。もしかすると、エトワール似の誰か…若しくはヒロインかも知れないと淡すぎる期待を抱いていたのだが、今その期待も粉々に砕けた。
腰まで伸びた美しい銀髪にルビーの瞳の下半分は夕焼けのようにオレンジ色に彩られていて、まるでフランス人形のようだ。服装は白いワンピースなのかドレスなのか微妙なものだったが、気品があるように見える。
自分でも吃驚するぐらいの美人が鏡に映っていた。
しかしどう見てもエトワール、誰がどう見てもエトワールなのである。
「贅沢は言いませんから、せめてモブにぃ……」
モブであれば、攻略対象に近づけなかったとしても死ぬことはないだろう。
いいや、オタクなのだからモブでいいのだ。攻略対象と、しかもリースと喋れるなんて。私は彼の周りの空気になりたい……!
「先ほどから、何をブツブツと言っているんだ」
私は、ハッと我にかえった。
いけない、つい思考の海に沈んでいた。
そして、またリースの事を見ていたことに気が付き顔を背ける。リースは、私の行動を見て不思議そうな顔を浮かべたが特に追求してくることはなかった。
しかし、これ以上見られたら穴が空くと私は意を決して聞いてみた。
「な、何故先ほどから私を見ているんでしょうか」
私は、震える声で尋ねた。
リースは、少し考えるような素振りを見せてから口の端をあげてフッと笑った。
「久しぶりの再会だから、か?」
「え? いや、初めて会ったと思うんですけど……」
私とリースの間に沈黙が走る。
そして、暫くして彼は目頭を押さえながら大きなため息をついた。
「本当に覚えてないのか?」
「ええ、だってこれは乙女ゲームの世界で……ちょ、え、まさか……」
「ああ、そのまさかさ」
私は、サーッと血の気の引く音が聞こえた。
私は、リースの言葉を聞いて真っ青になった。リースは、私が転生者だと知っているのだ。
それだけじゃない。このリースから感じられる独特な雰囲気と口調、此奴は……
「朝霧遥輝ッ!?」
リースもといい、朝霧遥輝……
此奴は、目の前にいる此奴は、私の元彼だ――――ッ!
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