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リフェアリー
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妹の声が届いたのは、大剥離から三週間目の夜だった。
文房具屋の奥で、要は瑠衣の端末を借りていた。通信は、まだ生きている。電話もメールも、動く。ただ、誰も信じないだけだ。要も、妹に一度だけ返信した後は、何も送っていなかった。送っても、向こうで確かめられない。確かめられないものを送るのは、ゼロと同じことをするのと変わらない気がした。
端末に、音声メッセージが着信した。
差出人、土師ひかり。
要は、再生ボタンの上で、指を止めた。
「聞かないの」瑠衣が言った。
「聞く」
再生した。
『お兄ちゃん。ひかりです。返事がないから、心配してる。木曽は、まだ大丈夫。電気は来てる。水は井戸がある。米は、村の人が分けてくれてる。でも、隣の村との取引が止まった。隣の村の人が、うちの村の人を信じないって。うちの村の人も、隣の村を信じないって。みんな、誰も信じられなくなってる。お兄ちゃん、無事なら、声を聞かせて。声だけでいいから』
三十秒。
要は、もう一度再生した。
妹の声だった。語尾が少し上がる癖。「お兄ちゃん」の「ちゃ」が、少し潰れる。小学生の頃からの、ひかりの声だった。
「本物だと思う?」瑠衣が聞いた。
「わからない」
「声は、作れる。知ってるだろ。三十秒あれば、誰の声でも」
「知ってる」
要は、端末を見た。差出人は、ひかりの番号だ。でも、番号は記録だ。記録は、千二十四通りある。
「でも、内容が」要は言った。「隣の村と取引が止まった。誰も信じられなくなってる。これは、ひかりしか言わない。ひかりが見てる風景だ」
「それも、作れる。あんたの妹が、どこにいて、何を見てるかを知ってるやつなら」
「ゼロが、そこまでするか」
「わからない」瑠衣は言った。「ゼロが何をしたいのか、おれにもわからない。壊したいなら、もう壊せてる。でも、壊してない。増やしてるだけだ。何のために増やしてるのか、わからない」
要は、三度目を再生した。
『声だけでいいから』
声だけでいい。ひかりは、そう言った。声を、信じると言っている。要が、信じられなくなったものを。
その夜、要は眠れなかった。
文房具屋の二階の窓から、川沿いの御殿の明かりが見えた。三週間で、御殿は大きくなっていた。倉庫が二つ、三つ。旗が増えた。黒い作業着の男が、商店街の近くまで巡回に来るようになった。
商店街の台帳は、八十二行になった。つむぎは、百三十人の顔を覚えた。
遅い。でも、動いている。
要は、ひかりのメッセージを、頭の中で再生した。
隣の村と、取引が止まった。
木曽の村は、顔見知りの村だ。村の中は、記録なしで回る。でも村の外は、回らない。隣の村の人間の顔を、覚えていないから。記録で信用していたものが、消えたから。
ここと、同じだ。
要は、商店街の台帳を思った。三冊。顔。割符。一ノ瀬の知恵。まだ、商店街の中でしか動かない。隣の商店街とは、取引できない。
もし、これを、村と村の間に置けたら。
要は、起き上がった。
妹の声が本物かどうかは、わからない。確かめる方法は、一つしかない。
行って、顔を見る。
記録では確かめられない。声でも確かめられない。顔を見て、声を聞いて、手を握って、それでも確かめられないなら、もう何も確かめられない。でも、それは、記録で確かめられないのとは、別のことだ。
「瑠衣」
隣で寝ていた瑠衣が、目を開けた。
「木曽まで、どのくらいある」
「……は?」
「東京から、木曽まで。歩いて」
瑠衣は、端末を開いた。地図は、まだ動いた。地図も記録だが、山と川は動かない。
「中山道で、二百五十キロくらい。歩いて、十日か、二週間」
要は、地図を見た。東京。八王子。甲府。諏訪。塩尻。木曽。
江戸の商人が、割符を持って歩いた道だ。
「要さん」
階段の下から、つむぎの声がした。眠れなかったらしい。
「妹さん、無事だった?」
「わからない」要は言った。「確かめに行く」
(第10話「東京を出る」へ続く)
コメント
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第9話読んだ!妹・ひかりからのメッセージ、すごく重かった…「声だけでいいから」って台詞にグッときたわ。記録が信用できない世界で、声すらも本物か確かめられないもどかしさがリアルで。でも要が「行って顔を見る」って決めた瞬間、鳥肌立った。商店街で積んできた経験が、妹を助けるための行動力に繋がってるのが熱い🔥 次、木曽編楽しみにしてる!