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#契約結婚
草原草原

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涙乃
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草原草原

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ああもう、この話すごかった……!御影さん、灯ちゃんの能力を最初から知っててビデオ会議にしてきたってとこ、ゾッとしたわ。しかも「みんな嘘ついてないのに数字が漏れてる」ってパズル、めちゃくちゃ気になる。夜の毛布と前髪のシーン、あれだけで社長の優しさが滲んでて泣きそうになった。まどかの情報も熱いし、続き、マジで待ってる🔥
翌朝の十時。社長室の大きなモニターに、知らない部屋が映った。
煉瓦がむき出しになった壁。古い木の梁。窓際に、観葉植物の大きな鉢。
その真ん中で、ノーネクタイの男が、片手を上げていた。
『やあ、鷹宮さん。おはよう』
御影さんは、画面の中で目尻に皺を寄せた。
『それから、灯ちゃんも。そこにいるんでしょう? カメラの外』
私は、社長の斜め後ろの椅子で、膝の上の手を握った。
カメラの画角には、入っていないはずだった。
「対面での面談を申し入れたはずだ」
社長の声は、いつもより一段低かった。
「なぜ、画面にした」
『だって、対面だと、君の秘書がいるでしょう』
御影さんは、楽しそうに笑った。
『僕、この前の仮面のパーティで、すっかり見られちゃったからね。あの子の前で喋ると、全部ばれる。だから、画面越し。悪いけど、こっちも商売なんだ』
私は、眼鏡を外した。
画面の中の顔を、見た。
何も、見えなかった。
目尻の皺も、口元の動きも、確かにそこにある。けれど、それはただの明るい光の粒だった。三浦さんのときと同じ。ニュースキャスターを見ているときと同じ。輪郭は、一本の線にも、二重にもならない。
この人は、知っている。私の目が、画面の向こうまで届かないことを。
パーティの、たった一晩で。
「提案書の数字は、どこで手に入れた」
『言えないよ。情報源は守る。それが、この商売の最低限の礼儀だから』
「盗んだのか」
『まさか。盗んでないよ』
御影さんは、両手を広げてみせた。
『向こうから、届いたんだ。僕はそれを、読んだだけ』
画面越しの「届いた」は、ただの音だった。
私は、膝の上で、眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。
読めません。
社長の背中が、わずかに動いた。それだけで、伝わったのがわかった。
『鷹宮フーズは、いい会社だよ。でも、鷹宮の中にいる限り、本当の値段がつかない』
御影さんは、画面の向こうで頬杖をついた。
『三十日、待つよ。いい返事をちょうだい。――灯ちゃん、またね』
画面が、暗くなった。
黒い画面に、眼鏡を外した私の顔と、社長の背中が映っていた。
*
堂島常務の部屋は、四十二階の角にあった。
扉を開けた瞬間、葉巻の甘い匂いがした。壁には、ゴルフコンペの優勝カップが三つ並んでいる。
常務は、大きな革張りの椅子に体を沈めたまま、私を下から上まで眺めた。
「ほう。坊ちゃんの嘘発見器ってのは、あんたか」
太い眉が、片方だけ上がった。
「パーティじゃ、うちの翔が世話になったな」
「……申し訳ありませんでした」
「謝るこたあねえ。あの馬鹿が悪い」
常務は、鼻から煙を吐くように、大きく息を吐いた。
「で、何の用だ。御影の件か」
社長は、扉の脇に立っていた。腕を組んで、何も言わない。
私は、眼鏡を外して、常務の正面に立った。
「堂島常務。御影キャピタルの御影代表と、お会いになったことはありますか」
常務は、太い指で机をとんとんと叩いた。
それから、大きな声で笑った。
「ねえよ。御影なんて若造とは、一度も会ったことがねえ」
三秒。四秒。五秒。
日焼けした大きな顔の、どこも引きつらなかった。瞬きも、口角も、鼻の膨らみも。
輪郭は、一本の線のままだった。
ぶれない。
この人は、御影さんに会ったことがない。
「嬢ちゃん、満足したか」
常務は、椅子の背をきしませた。
「数字が漏れたんなら、経営企画のお嬢さんを疑いな。データを持ってるのは、あそこだけだろう」
扉の脇で、社長が組んでいた腕をほどいた。
「麗華には、もう話を聞いた」
「へえ。で、坊ちゃんの嘘発見器は、何て言った」
「君に教える理由はない」
常務は、喉の奥で笑った。笑いながら、灰皿の縁で、火のついていない葉巻を転がしていた。
部屋を出るとき、背中に声が飛んできた。
「嬢ちゃん。人の顔ばっかり見てると、そのうち、見たくねえもんまで見ちまうぞ」
*
午後、鷹宮フーズの浅井社長が、工場統合の説明資料を持って本社に来た。
柏木室長が段取りをつけて、社長室の白いソファに座らせた。浅井社長は、昨日よりも顔色が悪かった。
「昨日、エレベーターホールで、堂島常務とお話しされていましたね」
私が言うと、浅井社長は、組んだ指に力を込めた。
「……見て、いらしたんですか」
「何を、お話しされていたんですか」
浅井社長は、しばらく黙っていた。
それから、絞り出すように言った。
「堂島常務に、会社の先行きを、相談しただけです」
私は、彼の顔を見ていた。三秒、四秒、五秒。
太い指の節。白髪の生え際に浮いた汗。
輪郭は、一本の線のままだった。
ぶれない。
本当のことだ。
浅井社長が帰ったあと、私は、白いソファの前に立ったまま動けなかった。
麗華さんは、漏らしていない。
堂島常務は、御影さんに会ったことがない。
浅井社長は、常務に相談しただけ。
昨日の「何も知りません」は、確かにぶれた。けれど今日の言葉には、一つも嘘がない。
誰も、嘘をついていない。
それなのに、四十億という数字は、丸の内の煉瓦の壁の前で、買収者の口から出てきた。
「どこかが、抜けている」
執務机から、社長が言った。
「三人とも、本当のことを言った。なら、私たちの質問のほうが、何かを外している」
私は、黙ってうなずいた。
質問を外している。その言葉が、小骨のように喉に残った。
*
その夜、目黒川沿いの家のリビングで、私は資料を広げていた。
三人の経歴。フーズの取引先の一覧。先月末の経営会議の議事録。白いソファの上にも、ローテーブルの上にも、紙が散らばっていく。
社長は書斎に入ったきり、出てこなかった。
いつ目を閉じたのか、覚えていない。
肩に、柔らかいものが落ちてきて、目が覚めた。
毛布だった。客間のベッドの、生成りの毛布。
目を開けようとして、やめた。
すぐそばに、人の気配があった。紙とインクの匂い。
目を開ければ、何か言わなければならない。裏口の夜のことも、昨日のコーヒーのことも。何を言えばいいのか、私にはまだわからなかった。
毛布の端が、私の肩の下に、そっと押し込まれた。
ローテーブルの上の紙が、一枚ずつ揃えられていく音がした。
それから。
前髪に、指が触れた。
目にかかっていた髪を、指先が一本ずつ、横へよけていく。ひどくゆっくりだった。私が起きないように、息まで止めているのがわかった。
「……無理をするな」
低い声が、すぐ上から降ってきた。
私は、目を閉じたままだった。
だから、その声がどんな顔で言われたのか、私は見ていない。
また、だ。この人が一番やわらかい声を出すとき、私はいつも目を閉じている。
足音が、廊下の奥へ遠ざかっていった。
書斎の扉が閉まる、小さな音。
私は毛布を顎まで引き上げて、前髪に残った指の感触が消えるまで、じっとしていた。
*
翌朝、八時。一階の受付の前を通ると、まどかがカウンターの陰から手招きした。
大きなイヤリングが揺れている。声は、給湯室の噂を話すときの、低い声だった。
「灯。御影って人のことで、社長室、ばたばたしてるでしょ」
「……どうして知ってるの」
「受付は全部知ってるの」
まどかは、カウンターに身を乗り出した。
「ねえ、これ、役に立つかわかんないけど。堂島常務の秘書さんがさ、毎週金曜の夕方に、丸の内の煉瓦のビルに、届け物してるんだって。社用車じゃなくて、わざわざタクシーで」