「てかさ、お前今から南戻るんでしょ。 遅くなったらまた残業だ面倒だ騒ぐだろ? 早く帰りなよ」
坪井の言葉に「えー」と非難めいた声を上げ、そのまま続けた。
「私辞めたパートさんの返却物とか、ずっと忘れてたし返しに来ただけなの。ね、立花さん、八木さんから催促きてたもんね? だからほかに用事もないし仕事も残ってないし直帰できるよ」
「あ、そうなんだ?」
営業所とのやり取りは八木が担当してくれることが多く、真衣香は何となくしか頭にないがとりあえず頷く。
軽く相槌を打ちながら応えた坪井を、咲山は数秒黙って見つめて。
その熱のこもった……ように見える視線に坪井が気がつき、目がしっかりと合った後。
ゆっくり、確かに咲山が言った。
「うん。だって彼女……できてるとか聞いてなかったから、涼太のこと待つ気でいた。今日一緒にいたい気分だったんだもん」
「あ、マジで。うーーん」
困ったように坪井がその声に反応を返す。
「いつものとこ、行かない? 今日は、別に立花さんも一緒でも〝私は〟構わないし」
チラチラと真衣香を見ながら話す咲山に対し、坪井は特段動きを見せず答えた。
「こいつ多分よく知らない奴と飯とか飲むとか苦手だし、ごめんな、やめとく」
「えー。そうなの?立花さん」
サラリと断った坪井へ言葉は返さず、代わりに咲山は真衣香に問いかけた。
咲山の笑顔の奥に敵意が見えた気がしてしまって、真衣香はモヤモヤと複雑な気持ちを抱く。
そんなふうに思ってしまう自分と。
そして、咲山と坪井の割り込めないように感じる二人だけの空気のせいだろうか。
……羨ましいなんて。
思ってしまったことを、認めたくはないくらいには恐らく嫉妬しているんだろうと真衣香は思った。
小野原との間に感じた気持ちでもなく、それはもっと独りよがりなような。
認めてしまいたくない、けれど抗えない醜い感情のように思えた。
そうするとどういった原理か。
目の前の綺麗な人が、更に、綺麗に光り輝くのだ。
「だ、大丈夫です。是非ご一緒させてください」
圧倒されていたくなくて。
負けていたくなくて。
真衣香は思わずそんな答えを口にしていた。
「え!? いや、この人に気使わなくていいよ、立花」
真衣香の答えに驚きの声を上げたのは、坪井だった。
「ちょっと、この人って何よ涼太」
「あー、もうややこしいから黙ってろって、夏美……」
無意識だと、名前で呼んでしまうのだろう。
また、夏美。と慣れた様子で呼ぶ声。
繰り広げられる会話。
それらが、真衣香の心臓をまるで染め上げていくように締め付ける。
この、身動きのとれないような、重苦しい感情の正体は何だろう。
こんな感情は知らない。
(……やだな、好きって気持ち、もっとキラキラしてたのに)
恋って、どうやらいくつもの側面を、持っているみたい。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!