テラーノベル
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ウグイスや雀の鳴き声で目を覚ました
「あぁ…」
喉に力が入らず言葉と言い難い言葉を発する。縁側から満開の桜が見え始め、ふきのとうも姿を表しつつある。カーテンがひらひらと空中で踊っていると、そよ風が頬を撫でた。春になったからと言ってもそよぐ風はまだ冷たいままだった。
「ちょっとかずやー!」
母だ。聞き馴染みのある声でどこか安心感を感じるが、今は聞きたくない。朝のアラーム代わりの母の声ほど五月蝿いアラームはないだろう。
「はーい!なにー?」
「ちょっと哲三さんの手伝いしてきて!」
「哲三って…」
「てつおじちゃんのことさ!ほれさっさと行け!!今年はたくさん野菜とれるってさ!」
哲三さんは従兄弟の祖父だ。毎日泥だらけになりながらも畑を耕している。昔は車掌さんだったらしい。武勇伝語りな変なおじさんだ。正直、畑の手伝いは好きではない。でもやるしかない。宿題もしないし友達もいないし、やることも特にないから半強制的に手伝わされている。
「おーい!かずや!!席んとこ空いてえんでトラックの後ろんとこ乗りねー!!」
「はーい」
てつおじちゃんの声を久しぶりに耳にする。懐かしい、昔は自分からてつおじちゃんの家に行っていた。畑の手伝いをすると毎回パイン飴を貰えた。それが本当に美味しくて美味しくて仕方がなかったのを覚えている。あの味はきっと永遠に忘れることはないだろう。そう思わせられるほどだった。
「あ!お兄ちゃんだけずるい!!なんであたしはトラックの後ろ乗らせて貰えんの!?」
「すずみちゃんにはまだ早いさ、それにまだ7歳やろ?あぶないあぶない」
てつおじちゃんが手を振って乗れないことすずみに伝えた。すずみは妹だ。やっぱり俺に似て可愛くないなと思う。田舎に住んでるからか、俺もすずみもここにいる全員顔が芋っぽくて西洋の人形のような顔ではない。カエルの子はカエルだ。仕方の無いことだと思う。可哀想に、まぁ俺もだけど。
「なんでなん!?おかしいやろ!!のらせてのらせて〜!!!!」
「おいすずみ、やめなさい。てつおじちゃん困ってまうやんけ…」
「お兄ちゃんばっかずるいねん!7歳ゆーてもお兄ちゃんも12歳やん!変わらんて!」
「お前みたいな好奇心の塊みたいなやつが後ろ乗ると落ちてまうねん。てつおじちゃんそれ心配しとるんよ、パイン飴持って帰ってきたるから泣くのやめてや」
今にも泣き出しそうな声で訴えかけるが、問答無用。もしすずみの不注意で走行中に落ちてしまったら誰が責任をとるつもりなのかこいつはわかってない。その後のことも。起こったあとじゃもう遅いんだ。これだから頭の使えないやつは困る。
「……わかった、絶対パイン飴貰ってきてな」
「わかったよ、てつおじちゃんもうええで」
「おう!すずみちゃんいい子にしててな!すぐ美味しい野菜とってくるでな!!」
「…うん」
春休みはどの休みよりも長く感じる。すずみの姿がどんどん小さくなっていき、家で隠れて見えなくなる。冷たい風を受けながら軽トラックは走る。道路には少し穴が空いていてコンクリートの破片がところどころ転がっている。
「そういえば、キャベツとか新じゃがとかもそうやが、タケノコもとっていかんとな。近所にも配らなあかんしな」
「新玉ねぎはありますか?すずみそれをスープにしたやつ美味しいゆーてよく飲んでるんですよ」
「そうなんやぁ…すずみちゃんも玉ねぎの良さがわかるなんてなぁ…大人なったなぁ」
昔は俺もすずみも玉ねぎが嫌いだった。だけど子どもの舌とは不思議なもので突然苦手なものが苦手じゃなくなる。俺はまだ玉ねぎは好きではないけれど、すずみは好んで玉ねぎを食べるようになった。なんだか、すずみの方が大人になった気がして焦りを感じる。苦手なものは極力克服したいものだ。
「あ、かずやんちの近くに新しい建物立っとったな。あれなんや?引っ越してきた人か?」
「あぁはい、多分…?」
「ほーかほーか、ならその人達にもお近づきの印で持っていかなあかんな」
新しい近所…冬休みの日にすずみと愛犬の散歩をしに行った時に工事中の建物を見つけたあれか…。わざわざここに来るなんて、何も無い陳腐な場所なのにな、変な奴らだ。本当に変なやつだ。
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