「あの…どこに向かっているのですか?」
来て欲しい場所があると言われ、逃げられるような状態でもなかったため、アイスランドのそのような提案を疑問に思いながらも引っ付いてここまで来た。あたりは鬱蒼と茂った人気のない場所…というわけでもなく、私がいつも暮らしている街の大通りである。大企業の社長でもあり教会の神父でもある私に暴行したうえ拉致監禁。こんなことが世間に知れ渡れば連合会社の信用は株と共にみるみる崩れ落ちるに違いない。少なくとも良い結果はもたらさない。それならばいっそ殺して山にでも捨てるべきだと思うのだが。もしもそんなことをされたらたまらないので、ふわりと言葉を濁してそう質問した。アイスランドは、一瞬だけ嫌な顔になったが、すぐに笑顔に戻ってささやいた。
「イギリス、君は今どうして殺されないのかって考えてたんでしょ。」
そのあまりにも的を射すぎた発言に、思わずポーカーフェイスが崩れる。必死に取り繕おうとするが、アイスランドの視線を誤魔化しは出来ない。
キキーッ……
車が止まった。着いたのかと反射的に前を覗くが、ただ交差点で信号待ちをしているだけだった。ふう、と一息ついて席に座りなおす。よく考えたら、口を塞がれていないのもおかしな話だ。そんな面持ちでアイスランドを見たのとほぼ同時、彼の方向から手が伸びてきた。自分よりも遥かに隆々とした二碗が自身の首を掴む。
「う、ッ…!?」
安心して息を吐いてしまったから、その分余計に呼吸が苦しくなった。放してもらおうと空いている両腕で彼の上腕を軽く叩く。しかしアイスランドは一向に解放する様子を見せず、次第に意識が朦朧としてきた。信号は以前赤のままだ。流石に殺りはしないだろうが、そんなことを言える場合ではなくなっている。一所懸命に力の限りアイスランドを殴った。
「っは、ははは…!」
渾身の一撃だったのにも関わらず、アイスランドはへでもなかったかのように、高らかに笑い始めた。力を込めすぎて頭がおかしくなったのだろうか。現実逃避のためにそんなことを考えてみる。しかし状況は変わらない。私が締め殺されそうだという依然とした状態があるだけ。
「イギリス、これがお前のしたことなんだよ…!」
急に真剣な声色で彼が叫んだ。何を言っているのかわからない。そんな心の中だけの反抗の最中、うっすらと見えた彼の表情は憤怒であった。
「ちっさい教会のただの神父がでしゃばったせいで、どんだけのヤツが苦しんだかわかってんのか!?スペインだって、僕だって、お前さえいなけりゃボスにあんなこと言われは…」
今にも泣き出しそうに咆哮を挙げる彼は無様で、可愛らしくて、怒らせてはいけないとわかっているのに。自分の加虐心を逆撫でしてしまうのだ。
「はッ…!そんなの、貴方が馬鹿なのが悪いんでしょう?数え切れないほどの暴力沙汰を起こしている半グレ共が苦しんだって、誰が同情なんかするもんですかっ…!!」
小さいが根を張った声が車内に響いた。サディストであるイギリスの本性と、神父としての内情、それが詰まった一言はアイスランドを煽るには十分な要素である。言い終わったところで気づいたが、もう遅かった。彼の腕が此方に向かって勢いよく振るわれた。
「かはぁ”ッ…!?」
ぴちゃ、ぴちゃ。殴られた衝撃で口の中を切ったらしい。血が数滴垂れて、私のはだけたスーツと紺の座席を赤黒く染めた。不快な鉄の味が口内を侵食して、気持ち悪い。先ほどの首の締め付けと合わさり今にも気を失いそうだ。微かな視界を運転席のアイスランドに当てる。後部からでは見えにくいが、それでも表情くらいはある程度察せる。一瞬だけ覗いた彼の顔は、先程とは一変して憎悪の籠った笑みへと移っていた。また彼の腕が此方に振るわれ、そこで私の記憶は途切れた。
「はあ、イギリスッ…、本当…可愛い。殺したいくらい。」
「それで?スペイン。その神父をどうしたんだ。」
「普通におうちに帰らせましたよ、ボス。」
「はあ!?だったら何でウチのフロントにあんなにギャラリーが集まってるんだ!?」
「な、何ででしょう?」
「彼奴等、イギリスを帰せとばかり言って聞かない。そんなに言うならお前がなだめてこい、商談でボロ負けした負け犬。それだけなら目を瞑ってやったのに。これ以上騒ぎを大きくしたらお前を幹部から降格させるからな。」
「え”っ…、あっ、はい!!」
バタン!!
「__畜生、こんなの無茶だろ。」
俺は、スペイン。知らないものはいないであろう、超大企業の連合会社の幹部だ。だが、そんな俺の素晴らしい肩書は今にも瓦解しかけている。原因は、最近調子にノってきていた教会のクソ神父だ。あいつが神父の癖に経営なんかに手を出して成功しなければ、ボスがあんなに俺に厳しくすることは無かった。それに、こんな無茶をさせることも。なんと、1週間以内にクソ神父と商談をして此方側に有利な条件でそれを成功させろと。無理に決まっている、俺が得意なのは現場仕事なのに。元々現場での指示の明確さを買われてここまでのし上がってきた。だが、取引に関しては新卒と比べてもビリッケツだ。商談なんかは、フランスとかそこらへんに頼めば良いのに。ボスには幹部の能力くらい把握して置いて欲しいものだ。俺だけに興味が無いのかもしれないが。なんか、虚しい。でもそんなビリッケツな俺でも期待に応えられず最悪の場合降格!なんて沙汰になってもらっては困る。俺の「幹部」という肩書は、絶対に奪われては駄目なのだ。と、自分で自分のケツを引っ叩いて何とか商談まで持っていた。そこまでは良かった。いや何も良くないが。
結果は、やはりいつもの俺。“ビリッケツ”。
相手の提示してくる資料や取り巻くような言葉に何も反論することができず、仕舞いには嘲笑されてしまうほどだった。けれど何故かそこからの記憶がない。何か自分の中で切れたような音がして、それから…。
気づいたら、先程まで自分を煽っていたクソ神父が俺の前で泣き崩れていたのだ。状況が全くわからなかった。ただ、自分の中にゾクゾクと快感に似た感情が湧き上がっていることだけが本能でわかる。俺は、その感情に任せて、クソ神父目がけて罵声を浴びせた。
「は、いい気味だぜ。俺らが、この街で1番の組織なんだ!教会なんかが出しゃばって良い訳ねぇだろ、身の程を知れよ!お前のせいで俺らは酷い言われようだ!身を持って知りやがれ、クソ神父が!」
そしてさらに泣きじゃくる脆弱な青年を足蹴にし、部屋を出た。
だが、アイスランドと共に本社に向かっていた車内で、流石にまずいのでは、ということに気づいた。クソだが、一応神父。大企業のトップ的存在。そいつを、暴行、監禁も含まれるか?彼奴があそこから逃げてポリ公なんぞに駆け込んだら。いやポリに行かなくても教会の仲間にそれを告げ口されたら、連合会社の信用共々俺の人生は終了だ!
「アイスランド。」
「はい、何でしょうか。スペイン様。」
「ここで降ろせ。俺は少し戻る。」
「何か忘れ物ですか?そういえばイギリス様はお送りしなくても?」
「あ、あいつは迎えが来るらしいから。忘れ物だ、先に帰ってろ。」
アイスランドにも、なるべく知られないようにしなければ。これは俺の中の事件で終わらせないといけない。クソ神父も、生かしておくことはできないな。謝意なんて全くないが、心の隅っこで敬礼だけでもしてやろう。
「ここでいいのですか?」
「ああ。ありがとう、アイスランド。行ってくるな。」
「はい、行ってらっしゃいませ。
……………ふふ。」
少し時系列が捩れ気味ですね。最後まで読んでいただきありがとうございました!
コメント
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溶けたァ(。°꒷꒦⎞ 神作品すぎるよぉー