テラーノベル
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帰りの車の中は、終始無言。
沈黙。
でもどんよりとした気持ちにならなかったのは、時折り触れ、躊躇いがちに握りしめる暖かい手があったからかもしれない。
「優奈、腹は減ってないのか?」
雅人は家に到着すると、先に優奈を部屋に入れた後で靴を脱ぎながらそんなことを言った。
「え?」
「いや、仕事終わりのお前をそのまま連れてきたから」
「大丈夫だよ? てか、この状況でお腹空いたなぁどころじゃなかった……し」
苦しくて、言葉に詰まる。
背後から力強く回された腕と、その事実に。
「まーくん、えっと……疲れた、よね?」
こうして触れてくれることなど、小さな頃の記憶にしかない。だからなのだろうか。
自分から上に跨って迫る……だなんて荒技を実行済みだというのに。
動揺から声が裏返ってしまう。
「優奈。俺に、どうなって欲しいって?」
低く掠れた声が、暖かい吐息とともに優奈の耳に届く。
きっと、どさくさに紛れて放った雅人の両親宅での発言のことだろう。
(……よく、まああんな恥ずかしいことを真顔で)
あの雰囲気の中でだからこそ堂々と叫べた言葉だったけれど。
その言葉に対して何か返事があったわけでもないし、さらには”好きな女”発言も『私のこと好きなんだ?』なんて調子に乗りすぎた発言をしたが、それこそ真意不明のままである。
「私のものになって、まーくん」
振り絞った言葉に返ってくる声はない。けれど代わりに優奈の身体を包む雅人の腕に力がこもった。
「……い、痛いよ」
そう口にした優奈を抱き上げて雅人は廊下を歩き、たどり着いたリビングのソファーにソッと降ろす。
「優奈」
雅人の瞳はいつだって獰猛さと、相手を射抜き離さない強さを持ち合わせている。
しかし、今優奈を見るその瞳はどうだ?
弱々しく揺れて、何を請うというのだろう。
膝をつき、優奈を囲い込むように両サイドに手を置く。まるで退路を塞ぐようにして、距離を詰める。
「俺は、お前が思っているような男じゃない」
「どういう意味?」
聞き返すと、雅人は息を呑んで俯いた。しかしすぐに優奈へと視線を戻し、ゆっくりと口をひらく。
「優奈が、五歳の頃だったな。初めて会ったのは」
遠い昔を思い返すように。
深く息を吸ってから、ふぅ……と次は息を吐き出し、言葉を探しているのか。
ようやく見つけ出したかよう、ようやく口を開いてくれた。
「……可愛くて仕方なかったんだよ。優奈の感情全てが俺の支配下であることが、堪らなく嬉しくて」
「支配下?」
優奈にはイコールにならないその言葉たち。目をぱちぱちと瞬かせていると、雅人は眉を下げて小さく笑い声を発した。
まるで己を嘲笑うかのように。
「俺が黒だと言えば、お前も黒だと笑う。俺が白だと言い換えればお前もそうだと頷く。お前に優しかったお兄ちゃんは、そんな優越を得るため。そして自分の存在価値をそこに見出して安堵するため……その為にお前を猫可愛がりして俺に縛り付けていただけにすぎない」
「それの何がいけないの?」
あまりにも雅人が悲壮感たっぷりに話す。その意味がわからず軽く優奈が返すと、今度は雅人が何度も目を瞬かせた。
何を驚くことがあるのかと、優奈の方も戸惑ってしまう。
「何がいけないかって?」
「うん」
「……お前の、俺への気持ちは俺が俺のために取った行動で作られたものだろう。作為的なものだ」
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