俺の名前は久我虎徹
「高砂の兄貴…!クソッタレ、一体誰が!」
何者かの奇襲を喰らい、意識不明となった高砂の兄貴を心配する武闘派の極道だ。
「ふう…まさか高砂が奇襲を喰らっただなんてな」
闇医者の氷室が手術を終えて、こちらへやって来た。
「氷室…兄貴は…?」
「ああ、最善は尽くした。…一命は取り留めた」
それを聞いて、俺は「良かった…」と呟いた。
「ただ、背中の傷が二つにあり、それが深かった…。未だ意識は戻っていない」
「そうか…」
当然ながらこのことは俺たち、京極組の逆鱗に触れるものだった。
「高砂が奇襲を受けた!直ちに犯人を探し出し、徹底的に粛清しろ!」
『はい!』
こうして俺たちは報復に向けて、動き始めるのだった。しかし…
「久我の兄貴、現地聞き込みをして来たのですが、犯人の目撃者が1人もいません」
「マジか…サツは?」
「サツも全く手掛かりがないとの事でした」
一切の痕跡も残さない…何者の仕業なんだ?
「(高砂の兄貴は話せる状況じゃねえ…。クソッタレ、何一つ手掛かりがないなんて)」
全勢力を上げるも、犯人の影すら掴めなかった。
「虎徹ぅ…、犯人見つかった?」
「いえ…何一つ手掛かりが見つかりません」
「そうか…。だが、背中を切り裂かれてるって事は、完全にプロの仕業だろうな」
「なるほど、殺し屋…というわけですか」
一条の兄貴も会話こそ普通だが、纏ってるオーラは相当ヤバい…。
他の兄貴たちも、殺気立っている。
高砂の兄貴はやる時はやるが、舎弟へのヤキなどに関してはいつも庇う側だったりする…。狂人揃いの京極組の中で最も良心的な人なんだ。
「伝説の男、佐古を蹴り飛ばしてストレス発散だぁ」ドゴッ
「ゴベッ!」
「(まずい、組が荒れてる…!)」
そのせいで構成員全員の精神状態が一気に乱れてしまっていた。
中でも、仙石の兄貴は近寄れないほどに怒っていた。
「顔も見せず、奇襲か…センスがない。必ず見つけて地獄に落としてやる」
不用意に近づいたら、爆発するんじゃないかってぐらいに…。
そして、俺は親父から呼び出された。
「その犯人は京極組の全存在をかけて必ず見つけ出す。久我…お前が中心に立て」
「はい…その下衆どもはどこにいようが必ず見つけ出します」
大役をもらってしまった…組の運命を左右するぐらいの。
「(高砂の兄貴を襲撃したなら、ウチと全面戦争をする気満々って事だ…。ここら辺でいったら京極組は天羽組と引けを取らないレベルの武闘派だ。今ウチと正面からコトを構える組織があるっていうのか…?)」
俺は縋る思いで情報屋の風谷にコンタクトを取った。
「京極組、高砂の襲撃…。裏社会ではこの話で持ちきりになっている」
「その犯人に関して何か知ってる事はないか?報酬は弾む」
「すまないが、全く情報をつかめていない」
「そうか…」
いくら風谷のような情報屋でも、何一つ手がかりがない事件、キツイとは思っていた。
「…久我の旦那、犯人の情報はゼロだが情報屋として一つ言えることがある」
「なんだ?聞かせてくれ」
「武闘派京極組と…真正面からやろうって組織はこの周辺にはいない。今天羽組は半グレ羅威刃と睨みあっていて、いつ戦争が起きてもおかしくない…。花宝町の河内組も今は内部抗争でめちゃくちゃだ」
「なるほど…。」
「あるとするなら、最近村雨町にヤサを作った…天王寺組か」
「なに…天王寺組だと?」
「ああ、関東進出…それが彼らの長年の悲願だと聞く」
天王寺組…関西極道トップクラスの武闘派組織だ。最近村雨町に小規模な支部を作った事は聞いていた。
「まず天王寺組は東海の反社会組織を潰して関東まで辿り着いている。そして、奴らが喧嘩を仕掛ける時に一つ特徴がある…。喧嘩の前に天王寺組が狙う敵対組織の幹部が闇討ちされるんだ」
「何だって?」
「その実行犯は最後まで分からない…。ただ敵対組織が天王寺組が犯人だと言い出す。それに対して天王寺組は激怒。『大義ある喧嘩』と称して敵対組織を壊滅させている」
「なるほどな…」
だが、風谷は今回の件が天王寺組かは分からないと言った。
この情報を元に京極組は早速行動に出た。
「その情報だけでは天王寺組だとは決めつけられねえな。だが、今回の件を知らないかと聞くのはありかもしれん」
「分かりました。一旦相手の反応を見てみようということですね」
そこで京極組は正式に天王寺組に質問状を出すことにした。
「野島、これを出してこい」
「わかりました!」
疑われた時点でムカつくかもしれないが、それはそれで仕方がない。
それから一週間後、天王寺組から帰ってきた返事はこうだった…。
「『心当たりはありませんが、ご要望があれば事務所でお話しできます』とのことです」
「なるほど…。犯人かどうかは置いておいて、せっかくの機会だ。関西極道さんたちに挨拶でも行くか」
「そうですね。何の為に関東に支部を作っているのか…それについて聞くのもちょうどいいでしょう」
こうして俺たちは村雨町にある天王寺事務所の訪問を決めた。
天王寺組支部への訪問は、親父、仙石の兄貴、俺の3人となった。
「村雨町にヤサを作る分には俺らは関係ねえ…。敵対組織じゃないからな」
「もちろん理解しております」
現時点で犯人である手掛かりはゼロ…。まずは真っ当な態度で会話すべきだろう。
中へ入ると、6人の組員が待ち構えていた。
「どーも、早速ご足労いただいて。オタク、随分と暇なんですねぇ」
「組の一大事なんでね」
「(こいつら…親父に舐めた態度とりやがって)」
そいつは錦野と名乗ったが…
「お宅から質問状がきたって大阪本部から連絡あったんですが、まずなんの質問でしたっけ?」
心底舐め腐った態度だった。
「誰に口聞いてんだ、この野郎…」
どういう訳かコイツらは席に案内すらしない。一体なんだってんだ…?
「待て虎徹。今日は話を聞きに来ているだけだぞ」
「う…はい、すみません」
親父は冷静に奴らに質問を投げかける。
「ウチの高砂という幹部が後ろから刺されましてね。完全にプロの仕業でした。天王寺組さんを疑っているわけではありませんが、何か少しでも知っていることがあればと」
そこまで言った親父が、鋭い眼光を向ける。
「幹部が刺されるなんて、大変ですねえ。せやけど、全く分かりませんわあ」
すると錦野はニヤついた顔で答える。
その時、仙石の兄貴は、錦野の目の奥をじっと見ていた。
「お前、高砂さんの事件なんか知っとる?」
「知りませんねぇ」
しかし、奴らの回答はまるでバカにするようなものだった。
「アンタら、こっちは大事な仲間を刺されてんだよ…。仮に知らねえとしても、その態度はねえだろ」
「なんじゃ、三下、こら。ちっと刺されたぐらいでピーチクパーチク…ガキか、ボケ 」
その時親父がいきなりブチギレた。
「さっきからなんだテメェらその態度はぁぁ!ふざけるなぁ!!」
奴らの舐め腐った態度に我慢の限界が来たのだ。
「お前らの目は濁ってる…何か知ってるな?」
仙石の兄貴にそう言われると、奴らの態度が変わった。
「なんか急に怒りはったで。めちゃくちゃですなぁ。関東極道は」
「暴れられたら困りますわぁ。私らのこと殺す気やで、この人ら」
「おいおい、何を言ってるんだ?殺す気なんてねぇぜ」
「殺人鬼はそうやって懐に入って来て殺すからなぁ」
「確かに確かに。この人ら危ないわぁ」
この流れで確信した…。奴らはハナから、話す気など無かったんだ。
「(全員空気が一変した…。まさかコイツら…)」
「あんたら、京極組さんでしたっけ?事務所に来ていきなり襲われたら困るなぁ」
「なっ…!?」
そして奴らはとんでもない行動に出る。
「悪いけど、正当防衛です。死んでください…。濡れ衣着せられた上に襲って来たんじゃあ、しゃあないですよねぇ」
なんと構成員全員が一気にチャカを抜いたのだ。
「死に晒せ!極悪人どもが!」
「クソッタレがあっ!」
親父と仙石の兄貴に銃口が向く。
「親父、すみません!」
仙石の兄貴が光の速さで動く。
「ヒャッハァァア!」
「おらっ!」ドゴッ
「うおおっ!」
なんと仙石の兄貴は親父を横向きに押して、銃弾を躱させつつ…自分への銃弾も躱したのだ。
それとほぼ同時に、兄貴は近くにあったソファーを蹴り上げる。
「失礼します!」ドガッ
「むおおっ…!」
蹴り上げられたソファーが、親父の弾除けとなる。
そして、仙石の兄貴が奴らの方を向いた瞬間…
「お前らはセンスがない…。全員死ね」
辺りの空気が震えるほどの殺気が放たれた。
「ほうほう、人の事務所に乗り込んで武器持ってくるなんて狂気の沙汰やないか。これは殺さなあかんな」
「こっちは6人やで、目ぇ見えてますか?」
「目を見れば一目瞭然だ…。テメェらは、ウチの高砂の兄貴を刺したことに関与してる」
次の瞬間、仙石の兄貴が叫ぶ。
「よくも高砂の兄貴をやってくれたなぁああ!テメェらは全員地獄に落ちやがれぇええ!」
腹の底まで痺れ上がるほどの気合い…まさに、怒髪天だった。
それを聞いた奴らが一斉に仙石の兄貴に銃弾を打ち込む。
「やかましいわぁぁあ!!」
「死ね、ゴラァァァ!」
「オラよっ!」
それより一瞬先に兄貴は机を蹴り上げる!
吹き飛んだ机は、錦野を含めた前方3人の視界を遮り、弾も防ぐ。
「な!クソが!」 「うおお!? 」
「そこら辺にあるものは全て使いこなす…」
それを見た仙石の兄貴は、一気に奴らとの距離を潰した。
そして、兄貴のメリケンナイフが奴らに牙を向く!
「それがセンスなんだよぉおお!」
「ゴギャアアアッ!?」「ぐおおおっ!?」
「ガハァァア!!」
一瞬にして3人の顎をひしゃげさせ、命脈を絶ったのだ。
メリケンナイフは凶悪…。殴るにおいても刺すにおいても、致命傷になるように改良されているからだ。
今まで俺が見て来た中でも、1番と言っていいほどの動きのキレ…。
「す、すげえぇ…」
怒りで力が増幅している。
「さぁ、次はテメェらだ」
一瞬にも満たない素早さで、仙石の兄貴はチャカで凄まじい早撃ちを見せる。
「グエッ!」「ガハッ!」
「なぁっ…!?」
その銃弾は、二人の頭を撃ち抜く。
さらに背後から、メリケンナイフでそいつらの頸動脈も断ち切った。
「死んどけよ、ブサイクが」
「ギョォォォ!」「ゲバァアア!」
もはや、仙石の兄貴は竜巻のように暴れていた。
「へ、へへ… やりやがったな。天王寺組に手を出しやがったな、バカ野郎が…」
錦野は醜悪な顔で、こんなことを言い出した。
すると親父が、奴に質問する。
「お前ら、一体どういうつもりだ。何の為に高砂を刺したんだ」
「そんなん知らねぇなぁ!俺らに手を出したお前らは終わりだ!本部が大義を持って乗り込んでくるぞ!…死ね五十嵐!お前だけは道連れじゃぁぁああ!!」
バァン!と音がしたかと思うと、仙石の兄貴が弾いたチャカが、錦野のチャカを持つ腕の腱に命中した。
「ヒ、ヒィィィ!」
「本部だろうがなんだろうが、かかってこいよ。俺らは何がこようとセンスの塊だからな…親父、コイツ殺ります」
そして…
「オラぁ!ブ男は死すべし!」
「ギャァアァア!」
こうして仙石の兄貴はほぼ一人で、天王寺組の支部を壊滅させた。
天王寺組、村雨町支部壊滅は即刻本部に伝えられた。
「カシラぁ、村雨町の奴ら全員死んだらしいですわ 」
「酷いなぁ!誰がやったん?」
「京極組の人間らしいです、なんでも幹部が刺されたんをウチのせいにして事務所で暴れたそうです。ただの極悪人共ですわ」
「そらぁ、報復せなあかんなぁ…。大義は俺らにあるで、コレ」
これが天王寺組のやり方だった。
一方、事務所に戻った俺たちは今回の件を兄貴たちに報告した。
「一条の兄貴、高砂の兄貴襲撃の犯人はおそらく天王寺組で確定です。ウチと喧嘩して、関東進出を目論んでいると思われます」
「そうか…随分と舐められてるねえ」
そういう兄貴の顔はどこか、浮かなかった。
だが、その後すぐに
「虎徹ぅ、俺ちょっと大阪にイカ焼き買いに行ってくるわ」
「え、今からですか?(イカ焼きじゃなくて、たこ焼きじゃ…?)」
そしてこれが、関東と関西、二つの裏社会を震撼させる『極王戦争』の始まりだった…。