テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
読み終えて一息。夕方に泳ぐ鳥を窓に捉えながら、予期せぬ学校名に思わず感嘆してしまった。此処でこの七ヶ崎高校の名前を出してくるとは。
当然この学校の踊り場に大鏡など存在しないが、舞台が此処というだけでその存在を一瞬でも想像してしまった。なんだか、してやられた気分だ。
「りっちゃん、騒がしくない? 大丈夫?」
声のした方へ目を向けると、クラスメイトの七種さんこと『ななちゃん』が立っていた。彼女は黒髪に長身と、加えてキツそうな顔つきが相まって初手では敬遠されがちだが、元来より穏やかな喋り方をする優しい女の子である。
一見警戒心の薄れそうな顔とは裏腹に、熱のない喋り方をする私とは何から何まで対照的な子だった。
「大丈夫。むしろ手伝わなくていいの?」
「うん、もう終わるもん」
先程まで図書室倉庫は、割と阿鼻叫喚の地獄絵図だった。壁際と部屋の真ん中に置かれた本棚は、老朽化が進んでいながら、なんとただ本の重みだけで固定されていたという代物だった。大きな地震でもきていたら、私たちは危うくベニヤ板になるところである。
とりあえず新しい本棚がくるまで、件の三台は倒れても問題のない隅に追いやられてしまったというわけだ。
「にしても、本棚の裏から蛇の抜け殻がでてきた時にはびっくりしちゃったよ」
ああ、それで余計に阿鼻叫喚だったのか。確かに普段見ないものがそこにあると驚きはするが、私は視界に入った別のものに驚きを隠せなかった。
「ねえ、ななちゃん。あの扉ってなに?」
「ああ、あれ? あれはねー、壁際の本棚どかしたら出てきたんだよ」
私の視線の先には、本棚に隠れて出てきたと思われる、他とは色の違う綺麗な壁と扉があった。図書室倉庫にまだ続き部屋があったのかと思われたが、それはどうやら違うらしい。
「男子が好奇心で開けたら、あっさり開いちゃったんだよね」
「小部屋でもあったの?」
「ううん、壁だった」
「壁ぇ?」
予想の斜め上をいく回答に、私はつい頓狂な声を出す。開いていた本に栞を挟むと、部屋の中心で屯する部員の脇をすり抜け扉の前までやってくる。彼女は先程の場所から私の様子を眺めているようだった。
扉はケースハンドル錠の利点を活かしながら、本棚の後ろに隠れていたのだと得心する。あっさり開かれた扉の隙間から中を覗くと、確かに。暗所特有の冷たい空気があるものの、そこには普通の壁が広がっているだけだった。「ね、壁でしょ?」彼女は楽しそうに笑む。
「こういう扉のこと、なんていうんだっけ。トマトじゃない、トマホークもなんか違う。ええと──」
「………トマソン?」
「そう、それ! りっちゃんはなんだか孫の手みたいだね」
痒いところに手が届くという意味なのだろうが、果たしてそれは褒め言葉なのか? まあ本人が満足しているならいいか、と先程の場所まで戻って腰掛ける。
彼女は、栞の挟んだ例の本の表紙と裏表紙を交互に見やりながら「これ面白い?」と聞いてきた。
「そうね。昔の部誌だから個人的には面白いかな。次読む? 私読むの遅いけど」
「じゃあ、次借りてもいい?」
「もちろん」
そもそも先輩に確認するつもりが、一回読み終えてからでいいだろうと先へ先へ伸びている状態だった。まあ大事な本ならあんなところへ無造作に置いているはずもないしな、とトマソン扉を眺めながら思う。
あのトマソン扉は恐らく過去の産物なのだろうが、そのままにしておけば好奇心旺盛な学生が開くだろうと見越して隠していたに違いない。現に今、私たちは好奇心に駆られて開けている。
「とりあえず、本棚と扉を先生に確認してから作業に移るみたいだよ」
「ふーん?」
私は彼女の言葉をぼんやりと聞きながら、他の部員が扉についてどうこう言っているのを横目で聞いていた。
44
18
#短編
水底 ずい
376
13ed1
130
コメント
1件
みぅです🤍読了しました〜 トマソン扉、めっちゃツボでした。「トマトじゃない、トマホークも違う」ってななちゃんとのやりとり、可愛すぎてにやにえました(笑)七ヶ崎高校の名前が出てきたのも、世界観が広がってちょっとドキドキ。蛇の抜け殻とか、本棚の裏から出てきた扉とか、古い学校の空気感がすごく伝わってきた…。この隠し扉、過去の遺物っぽいけど、まだ何かありそうで続きが気になります🌙