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#短編
水底 ずい
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『櫻の樹の下には屍体が埋まっている』
そんな小説を書いたのは誰だったか。そもそも原作すら知らないのに、この一文はいったい何処で知ったのだろう。知り合いか、それとも噂のひとり歩きか。
「で、実際どう思う?」
昼食後の満腹感から眠気を覚え始めた頃、僕はクラスメイトのキノちゃんに話しかけられた。彼はひとつ前の席に座り、顔だけをこちらに向けている。
「何が?」
食後ということもあり、会話など殆ど聞いていない。どうやら無意識に頷いていたようだが、そもそも何を話していたんだっけか。
「お前話聞いてなかったろ。だから、櫻の木の下には屍体が埋まっているのかって話。あり得ると思う?」
「ああ、誰某さんが書いた小説の一文ね。あー、そうだな。まあどちらかと言えば、都市伝説に近い気もするけど」
会話の流れをどうにかこうにか思い出す。確か、花見云々から派生したんだったな。彼は少々不服そうな顔をしたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。「いや、実はさ」そう前置きをすると、歯の見える、妙に歪んだ顔で話し始めた。
「校舎裏の丘に紅桜があるだろ。ほら、こっからもギリ、見えないか。その桜の下には屍体が埋まっているっていう話」
「まさか!」
思わず自分の発した声の大きさに驚いた。ちらりと周囲を見やるが、昼下がりということで教室はそれ以上に沸いている。まったく、とんでもないことを言うものだ。確かに学校の裏手には地名に因んで七本の桜が植わっているが、その中に一本だけ紅に近い桜が咲いている。毎年驚くほど綺麗に咲くので、地元では紅桜と呼ばれ親しまれている。
「実際、あの辺りで何かを埋める男を見たって噂。どう? 確かめたくならねえ?」
へえ? と一瞬反応しかけたが、さも興味なんてありませんといった態度に、キノちゃんは「なんだよ、つれねえな」と大きく溜息をついた。
*
──帰宅後。
物置からスコップを自室に持ち込み、明かりはそうだな。携帯のライトで十分だろう。夜が更けるのを静かに待ち、家族とも普段通り過ごした。問題は翌日が土曜日ということで、いつもより家族が寝静まるのに時間を有したことか。思ったよりも遅い時間になり、春とはいえ、深夜の空気がひしひしと肌に刺さる。
校舎裏にある丘とは学校側が有している、一見山のように見える丘のことだ。大した高さはないが、鬱蒼とした木々が立ち並んでいることから、頂上に辿り着くには少々時間のいる丘だった。その道中にあるのが、目的の紅桜である。
スコップを携え丘を登ると、首元にじわりと汗が滲み始める。躓かないよう足元に光を当てるが、これがなかなか骨の折れる作業だった。
がさり。
突然の物音に心臓が大きく跳ね上がる。丘とはいえ、鬱蒼とした木々ばかりなのだから、獣がいてもおかしくはない。むしろ、獣以外の何かがいてもおかしくないことに寒気を覚える。すべてが昼間とは違う姿に、何故こんなところにいるのかひどく後悔した。何かと目が合うことだけは避けたい。むしろ、獣と鉢合わせる方がまだマシかもしれなかった。
誘導標識に沿って歩くと、荒い息遣いの向こうに、月に照らされた紅桜を見つけた。傍には木で作られた立て札が刺さっており、それにはうちの学校の卒業生が寄贈したことが辛うじて読めるくらいの薄さで記されていた。
紅桜は他の桜の養分でも吸っているのか、圧倒的な存在感を醸し出している。花の重さでより枝垂れた枝は、首に纏わり付くようで気持ちが悪い。土を掘る男がいなくて良かったと喜ぶべきだが、今からそれになることを考るとなんとも名状し難い。
手元のスコップを一瞥すると、辺りに誰もいないことを確認し、幹から少し離れた場所を掘り進めていく。傍から見れば、明らかに不審者だ。
「俺が死体埋めたみたいで嫌だな……」
そう呟くと、ガッと堅いものが刃先に当たる音がした。土から目が離せなくなり、息は急激に荒くなった。ぞわぞわとした感触が一瞬で体を駆け巡り、嫌な汗が背中をつうっと流れ落ちる。
「え……」
思わず焦燥の声が内側から出てきた。唾を飲み込む音が、耳の中で反響する。音のした辺りを震える手で慎重に掘り返していくと、そこにはなんてことない、紅桜の太い根があるだけだった。
「なんだよ……」
ほうっと心の底から安堵する。考えてもみれば、これだけ大きな桜である。地上に見えている根以外、地下にも太い根があって然るべきだ。そもそもこんな場所なのだから、根どころか、大きな石塊があってもおかしくはない。
焦りと緊張感が一気に抜け落ち、それと同時に何かの気配や紅桜への薄気味悪さも方方に散っていった。
「あほらし。帰るか」
「あれえ? キノちゃん、もう帰るの?」
「え?」
突如頭に物凄い衝撃が疾走った。夜闇に響く鈍い音に視界は一瞬白くなり、文字通り星がばちばちと見え隠れする。自分で掘った数十センチメートル程の穴に顔面から突っ伏すと、視界の端にいるクラスメイトが鼻歌まじりに覗き込んでいる。額から垂れる鉄臭い匂いに殴られたのだと分かると、耐え難い痛みが襲ってきた。
「キノちゃんが掘り返してくれないと、此処まで来たのが徒労に終わるんだけど」
「は? いや、え? え、なんなのお前……」
言いたいことが山程ありすぎて、全く言葉にならなかった。馬鹿みたいな言葉しか繰り返せない。
「いやあ、さすがに屍体掘り起こされると困っちゃうんだよ。思わずぶん殴っちゃったけどさー、早計だったよね。ごめんごめん」
「あ……?」
「キノちゃんのことだから、噂確かめに掘り起こしに来るんじゃないかなとは思ってたんだ。ほら、櫻の木の下には屍体が埋まっているのかって話してたでしょ。でもせっかく埋めた屍体掘り起こされちゃ、こっちとしては堪んないわけ。ま、今更屍体が一個二個増えたって関係ないか」
奴はそれだけを言うと、手に持っていたスコップを振り上げる。普段と変わらない表情に、少しだけ上がった口角。紅桜の向こうの大きな月と、スコップの刃先が自分の顔に落ちてくる瞬間を忘れはしない。
きっと──、あの桜は来年も綺麗な紅を咲かせるのだろう。
コメント
1件
わあ、もうこの展開…背筋がゾッとした…!最初は「紅桜の下に死体が埋まってる」って都市伝説っぽいノリだと思ったのに、まさかキノちゃん本人が仕掛け人だったなんて…。しかも「キノちゃんのことだから掘りに来ると思ってた」って、全部計算済みだったんだね。最後のスコップが振り下ろされる瞬間、一気にホラーになった…。あの紅桜、来年も綺麗に咲くんだろうなって思うと、余計に怖いよ。水底さん、この不気味な余韻の残し方、めちゃくちゃ好みです…!