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深夜1時。ひよりは、親友(悪友)で同人仲間の真帆から授かった「悪魔の助言」を反芻していた。
『いい? ひより。あの親バカ頑固親父を説得するのは時間の無駄。ここは早急に「既成事実」を作っちゃいなさい。明日にはお父様に「責任とってください」って言わせるのよ!』
(それだ……! 陽一さんの理性が鉄壁なら、こっちから物理的に城門を突破するしかない……!)
私は勝負下着の上に、キャミソールとショートパンツのセットアップの可愛いルームウェアを着て、深夜の廊下を忍び足で進んだ。陽一さんが寝ている客間に忍び込む。
扉を開けた先にあったのは、期待していた甘い空気ではなく、泥酔して「……うぅ……」とうなされるだけの、完全な「丸太」と化した男の姿だった。
「陽一さん……。起きてください、陽一さん……。今から既成事実、作りましょう♡?」
揺すっても、頬を突いても、彼はピクリとも反応しない。あまりの飲み過ぎに、指一本動かせないほど沈没していたのだ。
「……ダメだ。これじゃ、既成事実作れないじゃん……」
私がしょんぼりと肩を落として部屋を出ようとした、その時。背後の闇から、人影が現れた。
「あら、ひより。もしかして夜這い? 若いっていいわね。楽しそう」
ママだった。実はママは官能的な絵を専門とする女流艶画家なのだ。手にした画板を抱え、微笑んでいる。
「陽一さん、寝ちゃって全然使い物にならないの」
「ふふ、ならちょうどいいわね。……ねえひより。あなた、BL漫画で商業誌デビューが決まったんですって?ママが久しぶりに『男の愛で方』を教えてあげるわ」
「え?」
「あの子……逸材だわ。あの『受動的な色気』。眠っている時の、あの無防備な睫毛の影……。あの子を『艶絵』のモデルにしたくなったの」
ママの目は、おっとりとした昼間のそれとは違い、獲物を狙う鷹のような、鋭い芸術家の目に変わっていた。
「さあ、ライトを準備して。……理性が酒に負けて溶けている瞬間を、逃さずスケッチするわよ♡」
こうして、陽一さんが寝ている周囲に数台のデスクライトが設置されたのだった。ママは熟練の手つきで彼シャツを少しだけはだけさせ、鎖骨のラインを最も美しく見せる角度を調整した。
「いいわ、ひより。見て。この安らぎと苦悶が同居した表情。……これこそが、私たちが描くべき『真実』よ」
「ママ、すごい……。陽一さんの色気が、三倍くらい増して見える♡……」
――僕が目を覚ましたのは、その「異様な熱気」のせいだった。
「……っ、な、なんなんですか、これ!?」
悲鳴を上げて飛び起きると、そこには描きかけの大量のスケッチ。そして、僕を囲んで熱心にペンを走らせる親子がいた。
「あ、陽一さん、起きちゃった? 今いいとこなので、そのままの角度でいてください!」
「ひより、焦らないの。……陽一さん、大丈夫よ。なすがままにしていなさい」
僕は、そのスケッチの圧倒的な画風に既視感を覚えた。
「『北条 乱』……?」
かつて白石さんに連れられて行った春画展。そこで紹介されていた、男の「受動的なエロス」を描かせたら右に出る者はいないと言われる……。
僕がその名を呟いた瞬間、静香さんの筆が一瞬だけ止まり、口角が妖しく上がった。
「あら、春川さん。私の筆名をご存知なのね。……ええ。ひよりが絵の才能を受け継いだのは、私のこの血のせいなのよ」
「ママが描く男性の表情は、世界一なの。私もまだ、この筆致には届かなくて……」
白石さんが、心底尊敬の眼差しを母親に向けている。
「ママ、この表情……この、理性が負けていく感じ、こんな感じでいい?」
「いいわね。……春川さん、少しだけ、そのまま左を向いて。……そう、その角度。……素晴らしい。なんて無防備で、なんて残酷なまでに美しいのかしら……」
#ワンナイトラブ