無数の骨が散らばる中で、一際大きい山盛りの骨の上に、全身が赤黒いオーラによって構築された女が出現し始める。
だが、その恰好はお世辞でも尋常とは言い難い。というのも、胸には革製のブラ、腰には下着代わりの役目を果たしているかも怪しいボロ布を纏っているだけであるからだ。頭部にはずた袋を被っている。
ただし、その右手は侮れない。人の並の大きさもある肉断ち包丁だ。刀身は黒く塗れていてこびりついた血が変色しているのが見てわかる。
顔に仮面をつけて、胸に穴が開いていることから最近話題の新種の人型モンスターだとわかった。
『あら。新しい「ごはん」が来たと思ったら、これまた可愛い子じゃない』
やや高めの女の声だ。しかも美声である。せいぜい20代半ば、あるいは後半か。ふくよかな外見のせいか、彼女にオペラ歌手を重なった。
初手、問答無用でキルゲ・シュタインビルドは神聖滅矢を放った。それをギリギリが躱した女に、アイリスディーナとロワンが攻撃を仕掛ける。
『元気ね、そういう子好きよ』
自らが切り裂かれることを厭わず、アイリスディーナに肉断ち包丁を差し向ける。肉断ち包丁の鈍い刃がアイリスディーナの肩を切り裂く。
「くぅ」
『ふふふ、。ははは』
『修練を積んでいるわね。美味しそうな血の香りで分かる』
「人間を食べるなんて悪食ね」
アイリスディーナは一旦下がり、代わりにロワンは互いに間合いを測り、赤い女は円を描くように横歩きする。迂闊に飛び込めない。
『人間って意外に美味しいのよ? 特にあなたみたいな若い女の子はお肉がぷりぷりして病みつきになっちゃいそう』
にやり、と笑顔を浮かべる。途端にロワンは弾けたように間合いを詰める。その踏み込みを赤い女は見抜けなかったのだろう。赤い女はロワン達に与えられた体の内外を霊子で強化する霊子兵装の内部から現れた霊子の刃であるゼーレシュナイダーによる一閃を避けきれず、腹を浅く裂かれる。
赤い女は木板の盾でシールドバッシュを仕掛けるが、ロワンはサマーソルトキックで手首を弾き上げて攻撃を反らし、着地と同時に神聖滅矢を放つ。高速で放たれたのは霊子の弓矢だ。それは赤い女の右肩を貫き、その威力でノックバックさせる。その間に再び神聖滅矢を連射する。青い矢は赤い女の全身に突き刺さる。
『あらあら』
「私の霊子収束率が低い……修練が足りないか」
矢を引き抜き、赤黒い光を血のように垂れ流しながら、嬉しそうに赤い女はずた袋の中で笑う。あれだけの攻撃を受けたのにそれほど弱りを見せていない。
今度は自分の番とばかりに赤い女は足下の頭蓋骨を蹴飛ばす。だが、ロワンそれに意識を取られることなく、肉断ち包丁を振り上げて突進する赤い女へとゼーレシュナイダーを振るう
火花が散る。肉断ち包丁とゼーレシュナイダーが接触したのは一瞬だ。元より耐久能力が低いゼーレシュナイダーで戦斧を正面から受け止めるなど愚の骨頂。そのまま受け流し、逆に赤い女の頭を狙う。だが、赤い女は体を後ろに反らして斬撃を回避し、逆に先程のお返しとばかり横腹へと蹴りを放つ。アンバランスな状態で放たれた軽い蹴りだったにも関わらず、大型の魔物の尾の一撃を浴びたかのようにロワンは吹き飛ばされて壁に叩き付けられた。
「おやおや、大丈夫ですか? 私がやりましょうか?」
「ごふっ、大丈夫、です」
赤い女が肉断ち包丁を両手で構え、大きく振り上げる。同時に『跳び込め』とロワンの本能が咆える。
放たれた突進の斧の振り下ろしに、あえてその間合いに入り込んだロワンは斧が脳天を割るギリギリで赤い女の脇を駆け抜け、その脇腹を左手で逆手に持ったゼーレシュナイダーで抉る。
叩き付けられた肉断ち包丁が床を弾けさせ、周囲の人骨が衝撃波で舞い上がる。その中でロワンと赤いは反転し合い、最後の攻防を始める……と思われるその後ろにアイリスディーナが背後から斬りかかる。
『お馬鹿さんね! 私に接近戦を挑むなんて!』
どんな捕食者だって自分のフィールドでは過信し、慢心する。自分の巣で蜘蛛は王の如く振る舞い、獲物を捕らえ、貪る。だからこそ、そこには致命的な隙が生まれる。
肉断ち包丁ではなく、至近距離戦での格闘戦の為に木板の盾を捨てた赤い女の左腕へと、神聖滅矢を突き刺す。
合計にして7本。それらが肘を合わせた左腕にあらゆる方向から突き刺さる。
唖然とする赤い女はまともに動かなくなった左腕を垂れ下げ、1歩後ろに下がったロワンへと右手の肉断ち包丁を振り下ろす。だが、ロワンはまだ十分近距離でありながら、そのまま背後へバックステップをする。同時にアイリスディーナと交代した。ゼーレシュナイダーで以ってミルドレットの喉を貫く。
アイリスディーナは重心を前方に傾け、赤い女の喉を貫いたままに彼女を押し倒し、更に胸まで一気に引き裂く。だが、その時点で彼女の膝蹴りが腹に炸裂し、アイリスディーナは軽く5メートルは宙を浮いた。
アイリスディーナが着地すると同時に赤い女は緩慢に起き上がり、肉断ち包丁を構えようとする。
『ふ、ふふ、ふふふ! ほんと、うに、活きの良い、子ね』
だが、赤い女の手から肉断ち包丁は零れ落ちる。そのまま前のめりに倒れた赤い女を見て、ゼーレシュナイダーで噴出した霊子を収束させながら二人は彼女に歩み寄る。
『ぼう、や……とってもぉ、良いわぁ。今度会った時は……」
「次なんて、ない」
全てを言い切らせるより先にアイリスディーナは赤い女の首を刎ねる。途端に赤い女を構成していた赤黒いオーラは霧散して消え去った。
「さて、ここからどうしましょうか」
ミルドレットと戦った縦穴の底、そのすぐ傍には木造建築の立体迷路に続く横穴がある。せめてギルド拠点の場所程度のマップデータを提供してくれれば目星を付けて移動できるのだが。
愚痴を零しても何も変わらない。武器を回収し、何はともあれ横穴から再び立体迷路に戻る。
何やら壺の中で黒い水に浸って気持ち良さそうな病み村の住人が3体もいたが、攻撃する意思が無いようなので無視する。やがて木造建築の土台を担っているのか、苔生した大樹の太い枝が現れた。
まだまだ底は見えず、松明の光だけが点々と輝いている。枝を渡る最中に血を撒き散らす羽虫に襲われたが、神聖滅矢で仕留めることができた。だが、落下しそうになった為、今後は優先的に撃破するべきかもしれない。
渡った枝を逆走して戻ったオレは下に続く梯子を見つけて下りる。やや開けた場所には多量の死骸が転がっている。
松明の灯りにして、痙攣する新鮮な『肉塊』を骨の包丁で捌く病み村の住人を発見する。
一撃で喉を裂き、黙らせてから始末する。ゼーレシュナイダーを抜いて忍び足で近寄り、病み村の住人を背後から喉を斬り裂く。赤黒い光が散る喉を押さえた病み村の住人は、想像通り悲鳴をあげない。その隙にオレは病み村の住人の右目に狙いをつけて突きを放つ。
だが、それよりも先に病み村の住人の陰で何かが蠢き、アイリスディーナのゼーレシュナイダーを弾いて突きの軌道をズラす。
同時に繰り出されたのは3連撃の突き攻撃だ。胴体を狙いつつも、最後の1発だけは右腕の肘を狙った攻撃であり、アイリスディーナは霊子防壁で防御して何とか防ぎきる。
「さすがか。少しはできるようだな」
転がる松明の光で照らし出されたのは、痛々しい程に棘だらけの甲冑に身を包んだ騎士だ。
その右手に持つのは刀身にびっしりと、刃の機能に支障がでるのではないかと思う程に棘がついた片手剣。
その左手に持つのは表面に棘が付き、防御の為よりも攻撃の為に存在するような盾。
「今の内に逃げろ。ヤツは私が相手をする」
病み村の住人を労わるように、騎士は病み村の住人の間に立つ。まるで感謝するように病み村の住人は何度か頭を下げ、背を向けて暗闇へと逃げ去っていく。
「【裏切りの騎士】ランスロットだな?」
「いかにも。そういう貴様は……光の帝国の処刑人キルゲ・シュタインビルドとその付き人か」
「貴方を殺すのが命令でしてね。殺してるです。殺されるもします」
「その言葉、そっくりそのまま返すとしよう。この毒と瘴気に満ちた地にすら不要だ。この地の肥やしとなれ」
「来なさい、醜き者」
そして、キルゲ・シュタインビルドの巨大なゼーレシュナイダーとランスロットの棘の直剣が激突した。
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